5-3 対抗する手段 3

 それはもう、ウキウキであった。

 不用心に森へ入り込んできた二人の旅人を見つけ、野盗たちは鴨がネギを背負ってやってきたと思ったのだ。

 見かけから判断して金持ちであるかと言われれば、確実に否である。だが、旅人の片割れは女だ。ある程度自分たちで遊んだ後に身売りでもしたなら、ちょっとした小遣い稼ぎになるだろう。

 ならばやつらを襲う理由は充分にある。

 こちらは六人、相手は二人。そして女の方は眠りこけた。

 火の番をしている小僧は、見るからになよっとした風体である。

 楽勝すぎて、隠れていながら小さく笑いが漏れてしまいそうなぐらいである。

 すでに包囲も完了し、後は合図とともになだれ込むだけ。

 こんな簡単な小遣い稼ぎがあろ――


 目の前に火が灯る。

 比喩表現ではなく、眼前に火のついた枝が放り込まれた……いや、投げつけられたのである。

 野盗の一人は、それを回避するために大げさに動いてしまう。

 周りの茂みが音を立て、これだけで潜伏していた意味は相当薄れてしまっただろう。

「チッ、気付いてやがったか!」

「合図なんか関係ねぇ! かかれぇ!」

 すでに相手がこちらの存在に気付いている事を悟り、野盗は各々のタイミングで焚火に目掛けて強襲をかける。

 手に手に持った武器を掲げ、火の粉を巻き上げる焚火の周りへと押し入ったのだが……。

「お……?」

「女だけか? 小僧は?」

 寝息を立てる女が一人いるだけで、ちょっと目を離した隙に小僧の方がいない。

 逃げ出したのだろうか? それならば女だけさらって、こちらもこの場を離脱するだけなのだが、雰囲気がおかしい。

 野盗たちに向けた敵意が、ひしひしと感じられるのだ。

「俺たちを窺っているのか……!?」

「たった一人で、六人を相手にするつもりかよ、舐められたもんだ!」

「来るなら来いよ!」

 イキる野盗たちは、森の闇に向けて威嚇を始める。

 たった一瞬で立ち位置は変わったが、しかし野盗たちの数的有利は不変だ。

 ここで小僧が襲い掛かってきても、無傷で返り討ちにするだけの自信はあった。

 だが、

「ふげぶっ……ッ!!」

「お?」

 野盗の内の一人が、奇声を上げてその場に倒れこんだ。

 その顔を見ると、血を吹き出し、大きな空洞を空けていたのだ。

「なっ!?」

「石弓か!?」

「ち、違う、これは……あがっ!!」

 もう一人、身体の中心に穴が空く。

 吹き出た血はとめどなく流れ、その野盗もほどなくして絶命する。

 瞬く間に、二人。

「こ、こいつは……」

「魔術師だ。神火宗だったのか、チクショウ!」

 石弓にしては連射が利きすぎるし、そもそも石弓ならば傷口はもう少し小さいはず。

 それが人間の身体に大穴を空けるとなれば、これは間違いなく魔術である。

 よくよく見れば、女の方も神火宗のローブを纏っている。

 となれば小僧の方も神火宗である可能性は充分あるだろう。

「どうする、二人やられた!」

「ここで引き下がれるわけがねぇだろ! ヤツを殺すんだ!」

「焚火の近くだと狙い撃ちにされるぞ、森へ入れ!」

 明るい場所でたむろしていては良い的である。

 野盗たちは転がり込むようにして森の中、焚火の明かりが届かない場所へと入り込み、その身を隠した。


『わかるか、ルクス。これが力の使い方だ』

「ひ、人が……二人も……」

 闇にまぎれた中で、ルクスは完全にビビっていた。

 自分が放った魔術は、軽々と人の命を二つ、瞬く間に奪ったのである。

 それが、恐ろしかったのだ。

「ぼ、僕がやったんだ……」

『やつらは野盗だ。これまで幾人もの人々を殺め、生活を脅かしてきた。そして今、善良な民であるお前たちをも殺そうとした。ならば、やつらが殺されるのも、当然の報いだ』

「で、でも……」

 それでも善良な民であったルクスにとって、他人の命を奪うという行為は想像以上に重たくのしかかったのだ。

 たとえ相手がどんな悪人であれ、殺人は殺人である。

『割り切れ、ルクス。この先の旅路では、この程度のことは腐るほどあるだろう』

「そんなに、この世の中は荒んでいるんですか……?」

『私も歴史には疎いがな、人のさがというものは知っている。弱いものを見つければ、人というものは容易く他をしいたげるぞ。それが他人にバレないとなればなおさらな』

「そんな……」

『今のお前ならばわかるはずだ。闇にまぎれた野盗のむき出しの感情が。やつら、怖気づくどころかお前を殺してやろうと躍起やっきになっているだろう』

 ルクスが視線を回すと、そこかしこから赤黒いオーラが見えている。

 あれらは全て、野盗の放つ殺気が魔力となって可視化されたものである。

 そのすべての殺意が今、ルクスに向けられている。

『もう一度言うぞ、ルクス。割り切るんだ。ここで割り切れなければ、そう遠からず、お前も、あの女も死ぬ。殺されて、食い物にされて、無残に捨てられるんだ』

「ミーナ様も……!」

『今ならばまだ言い訳はできるだろう。あの二人は私が殺ったのだと。だから、次からはお前がやるんだ。覚悟を持って、確信を持って、お前が放つその意思で、やつら四人を殺すんだ。それが出来なければ、明日の朝日は拝めない。あの女もずっと薄暗い場所で男とまぐわう商売道具にされる』

「そんな……」

『嫌ならば行動しろ! ルクス、お前にはそれが出来るのだから!』

「う、う……」

 脅し文句が帯びた現実味が、ルクスの声帯を震わせる。

 そして、力んだ足が地面を蹴りだした。

「うあああああああああ!!」

 精一杯の叫び声と共に、ルクスはありったけの力を込める。

 同時に額に浮いた瞳が輝き、一瞬で周りの野盗が放つ殺気を睥睨へいげいする。

 まるで照準を定めるかのように、獲物を前に舌なめずりするかのように、哀れな子羊に憐憫れんびんをかけるかのように。

『ここからではやつらのオーラが被って見づらいな。ルクス、もっと移動しろ』

 額の瞳がギョロリと動くと、全身の力が込められたルクスの両手が魔力の光を帯びる。

 その光はまるで闇に垂らした血のように、赤黒い。

 森の中を支配する闇に溶け込んでしまいそうな、深く、暗い色。

 その光は瞬く間に変形し、無数のやじりを形成し始める。

「僕は、僕の意思で!」

 地面を蹴った反動で、ルクスの身体が宙を舞う。

 だが、それは単なるジャンプではない。

 ルクスは自分の身長すらも軽々と越え、木の枝に頭をぶつけそうなほど高く跳んだのだ。

 その跳躍力はおよそ常人とは思えないほどであった。

 ここからならば、野盗の位置も見間違えない。

『いいぞ、ルクス。やつらもこちらの行動を把握しきれていない。今なら確実に殺れる』

「僕は、人を、殺すッ!!」

 視界良好、敵との間に遮蔽しゃへいなし。

 絶好の位置取りとなったその場から、ルクスはその両手を勢いよく前に突き出した。

 瞬間、その手に収まっていた光、そしてその光から顔を出していた鏃が、本当に石弓にはじかれたかのように、殺人的な速度をもって、一斉に射出される。

 比喩ではなく、百を超える魔術の矢が放たれ、野盗たちへと殺到し、その身体を容赦なくズタズタに引き裂く。

 彼らの断末魔が聞こえる間もなく、その一瞬だけで全ての片が付いたのだった。


****


「う……ん?」

 バチリと火の粉がはねたタイミングで、ミーナが眠気まなこをこすった。

「あ、私、寝ちゃったか」

「あ、ミーナ様、起きましたか」

「ルクスくん、ごめんね。ちょっと寝ちゃったみたい」

 ルクスがかけてくれた布をまくりつつ、ミーナは伸びをして起き上がった。

「ミーナ様、もう少し休んでいてもいいんですよ?」

「そうはいかないよ。交代で火の番をやるって言ったでしょ?」

「それはそうですけど……」

「だから、今度は私が火の番をするから! ルクスくんもちょっと寝た方がいいよ。なんか、疲れた顔してる」

 ミーナに指摘されて、ルクスは自分の顔を撫でる。

「疲れてるように、見えますか?」

「うんうん、疲れてるように見える。ちょっと寝た方がいいって、さぁさぁ」

 ミーナに背を押され、ルクスはベッドロールの方へと足を向ける。

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」

「そうそう、素直が一番よ、ルクスくん」

 実際、疲れていたのだ。

 先ほどの戦闘といい、そのあとの処理といい、ミーナを起こさずにそれらを全てこなすのは相当な重労働であった。

 疲れが顔に出ていても仕方がないだろう。

「ミーナ様、何かあったら、すぐに起こしてくださいね」

「何かって……何かあるの?」

「何が起こるかわかりませんから」

「うん? まぁ、わかった」

 ルクスの言葉を受け、ミーナは首を傾げつつ、それでも頷いた。

 きっとミーナはルクスのやったことなど、知らないままだろう。

 ひっそりと埋葬された野盗たちの死体を掘り起こされない限りは。

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