3-2 旅は道連れ 2

『ぎゃあああぅ!!』

「……ッ!!」

 ひときわ大きな鳴き声が背後から聞こえる。

 武器を大上段に構えた獣人が、ミーナ目掛けて飛びかかってきたのだ。

 全くの背後、死角からの襲撃に対し、ミーナの反応が遅れる。

 ミーナが振り返った時には、すでに獣人は攻撃態勢に入っていた。

 防御すら間に合わない。

「……ッ!!」

 何とか頭ばかりは庇うように、反射的に腕を掲げる。

 次に訪れる衝撃に備えて、ミーナは身体をこわばらせる……のだが。

『ぐゃぅ……ッ!?』

 獣人の放ったのであろう、妙な声が聞こえた。

 そして、つい先ほどまで武器を構えていた獣人が、道に倒れ伏すのが見えたのであった。

「……な、何? なにが起きたの!?」

 見ると、獣人の身体の中心にぽっかりと穴が開いている。

 傷口からは瘴気が溢れ出しており、それが抜け切ると獣人の体は煙のように消えていった。

「死んでる……!? いったい、誰が!?」

『ぎゃああう!』

『うぐるるるるッ!!』

 予期せぬ横槍に、獣人たちもミーナから注意をそむけた。

 自分たちを殺しうる何かが、近くにいる。ミーナよりも脅威度の高い敵を認識して、そちらへの対処を優先したのだろう。

 獣人たちの視線の先からは、複数の足音が聞こえてきていた。

「はぁっ!!」

 次の瞬間、風を斬る冷ややかな音が鳴り、獣人へと降りかかる。

『ぐゃ……ッ!!』

 一瞬、キラリと光ったそれは、獣人の毛皮を断ち割って眉間に深々と突き刺さる。

 それは強弓によって放たれた矢であった。

「我らがベルエナの領内で、これ以上、魔物の狼藉ろうぜきは許さん!」

「全員、かかれぇ!!」

「「「おおおおッ!!」」」

 雄たけびとともに颯爽と登場したのは、複数の騎馬兵。

 鉄の鎧を身に着けた彼らは、間違いなくベルエナの自警団であった。

 自警団の騎兵は獣人たちに殺到すると、ミーナを包囲していた獣人たちを蹴散らすように倒していく。

 その手に持った剣で、槍で、獣人たちは瞬く間に劣勢に陥っていた。

『ぎゃああう!』

『ぐゃああうッ!!』

 旗色悪し、と見た獣人たちはすぐに踵を返し、瘴気の霧の方へと走っていった。

「深追いするなよ。こちらに何の利もない」

「わかっています」

 自警団たちは獣人を追いかける事もなく、ミーナへと近寄ってくる。

 何せ魔物は瘴気から無限に湧き出てくる。獣人くらいの小粒をいくつ潰したところで、状況の好転にはつながらないだろう。

「大丈夫ですかな、若い僧侶様」

「あ、はい。ありがとうございます……」

「我々がベルエナへとお連れしましょう。どうぞ、馬に乗ってください」

「はい……あ、いえ、連れがいるんです! ここに来る道すがら、荷馬車を見かけませんでしたか!?」

「ええ、見ましたとも。そちらも自警団で保護しております」

「良かった……」

 どうやら御者もルクスも、自警団に保護してもらえたようだ。

 ならばミーナに憂いもない。

「すみません、よろしくお願いします」

「ええ、こちらへ」

 騎兵のうちの一騎に乗せてもらい、そのままベルエナへと向かう事となった。

 最大限の緊張がほぐれた所為か、ミーナはどっと疲れを覚え、もう一歩も動く気になれなかった。

(それにしても……)

 少し後ろを振り返り、先ほどの光景を思い出す。

 ミーナに飛びかかってきた獣人と、弓によって眉間を射抜かれた獣人。

(弓に射られた方は矢が突き刺さっていた。でも、一匹目は確かに、胴を貫通されていた)

 自警団が放ったのであろう矢は、獣人を確かに仕留めた。だが、矢は獣人を貫通するほどの力を持っていなかった。

 では、一匹目は?

 胴体にぽっかりと穴を空けられた獣人。その原因は一体何だったのだろう?

(あの時、確かに強力な魔力を感じた。あれは、おそらく魔術……ッ!)

 思い返してみれば、あの時、強力な魔力が感じられた。ならば、獣人を仕留めたのは強力な魔術だったのだろう。

 だが、見る限り自警団に魔術師はいなさそうだ。

 ……であれば、誰が?

(ボゥアードが近くにいる感じはしない。そもそも、あの男が私を助ける理由もない。でも、他にあれほどの強力な魔術を操れる魔術師なんて……)

 神火宗の僧侶、しかも高位の人間であれば強力な魔術を操ることは可能だろう。だが、それほど強力な魔術を扱える人間が、そこいらをふらついているとは考えにくい。

「あ、あの、自警団の方に魔術師はいらっしゃいますか?」

「我らにですか? 町の方には防衛の任についている魔術師隊はおりますが、我々の部隊には編成されませんでしたな」

「そうですか……」

 ならばなおさら謎だ。

 一体、誰だったのだろうか……。


****


 ベルエナの外壁の周りでは、多くの人間がキャンプを行っていた。

 いたるところで火が焚かれ、そこで暖を取るために人々が肩を寄せ合っている。

 集まっているのはベルエナより西部にあった村や集落の生き残りだ。

 ベルエナまで逃げてきたものの、ベルエナ側でも易々と壁内へ入れるほどの許容量はなかったのだろう。

 それでもベルエナが貸し出してくれたテントやベッドロールはありがたく、また難民のために開かれている炊き出しなどは彼らの傷ついた心も身体も癒してくれた。

 ミーナがキャンプへたどり着くと、そこで一度、降ろされた。

「神火宗の僧侶様をこのようなところで待機していただくのは心苦しいですが、ベルエナにも事情があります」

「いいえ、わかっています。命を助けていただいただけでも感謝しています」

「ご理解、痛み入ります。では、我々はこれにて」

 ミーナを連れてきてくれた自警団と別れ、ミーナは周りを見渡す。

 すると、すぐにルクスを乗せた馬車を見つけることが出来た。

「ルクスくん!」

 荷台をのぞくと、未だに意識の戻らない――それでも安らかな寝息を立てているルクスを確認できた。

「ちゃんと送り届けたわよ」

「あ、御者さん! ありがとうございます!」

 荷台の陰から姿を現した御者に、ミーナは深々と頭を下げる。

「やめてよ。私だってアンタに助けられたようなもんだもの」

「いいえ、私は何も……」

「いや、アンタがあそこで降りてなきゃ、獣人たちも避難所に近づきすぎてたと思う。そうなったら混戦になってたかもしれないわ」

 自警団も訓練はしているものの、獣人たちがキャンプに近づけば、周りの人間は混乱するだろう。

 混乱した難民たちを避けながら戦闘をするのは、きっと骨が折れるはずだ。

「ったく、アンタも無茶するわね。今後、命がいくつあっても足りないわよ?」

「ええ……でも、あそこではそうするべきだと思ったので」

「無鉄砲は良いけど、この子のことも考えてあげなよ」

 そう言って、御者はルクスのおでこを撫でた。

「この子は、アンタがいないとダメなんでしょ?」

「……はい」

 ルクスの家族が、難民としてこのキャンプを訪れている可能性はある。

 だが、もし生きて出会えたとしても、別れは最悪の形であった。

 合流出来たとしても、以前と同じように家族に戻れるかどうかは甚だ疑問だ。

 そうなると、ルクスにとってミーナは唯一と言っていい身内となるだろう。

 ミーナがルクスを守らなければ、彼は天涯孤独の身となる。

 神火宗の僧侶として、いや、それ以前に一人の人間として、ルクスを見捨てるのは人道に外れると思った。

「だったら、アンタももっと自分の身を大事にしな」

「……肝に銘じます」

「よろしい。……んじゃ、私はこれで失礼するわ」

「もう行ってしまうんですか?」

「そりゃそうよ。私はこんな危ないところに長居するつもりはないわ」

 御者はおそらく、行商人か何かなのだろう。

 本当に道すがらに出会っただけなので、身の上話はほとんどしなかった。

 彼女の素性はわからないが、移動のための手段があるのならば、危険地帯を脱出することを考えるのは当然であると言えた。

「いつか、このご恩をお返ししたいのですが……」

「必要ないわ。またどこで会えるかもわからないしね」

「せめてあなたのお名前だけでも教えてくださいませんか? 私はミーナ、この子はルクスと言います」

 御者台に乗る女性は、二人の名前を聞いて一つ頷き、ミーナに対して手を差し出す。

「ミーナとルクス、ね。……私はテレニア。いつかまた出会えたらお酒の一杯でもおごってもらおうかな」

 テレニアと名乗った女性の返答を聞き、ミーナは笑顔で頷きながら彼女の手を握り返した。

「はい! よろこんで!」

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