30ー1 足止め 1

30 足止め


 アラドのルヤーピヤーシャ訪問というのは、本人らが思っているよりも大事であった。

 これまでの歴史でアガールスとルヤーピヤーシャのトップが会談することなど、ほとんどなかった出来事なのである。

 それがひょんなことから発生し、しかもアガールスの筆頭領主が自らルヤーピヤーシャの地を踏み、マハー・パルディアへとやってきた。

 そんな珍事に際して、様々な企みが現れるのも無理からぬことであった。

 アラド一行の旅程の遅延、神槍領域への侵入者、そして、これからマハー・パルディアでも。

「計画変更ってどういうことだ」

「そのままの意味だ。狙うのはアラドラド・クレイリウス」

「こっちにだって作戦というものがある。一朝一夕で暗殺なんて出来ないんだぞ」

「わかっている。だからこちらからも手を回そうというのだ」

 暗がりで行われる密談で、不穏な言葉が行きかう。

 計画、暗殺、手回し。

 それらの標的がアラドになっていることを、アラド本人は当然、まだ知らない。


****


 昼間を過ぎた頃合いのマハー・パルディア。

 昼食を終えた民衆が、昼からの予定をこなすためにあっちこっちへ移動している最中、アラドたちは宿へと戻ってきていた。

「これで一応、俺たちの仕事は終わったわけだ」

 部屋へ戻ったグンケルが伸びをしながらそんなことを呟く。

 アラドたちがルヤーピヤーシャにやってきたのは、紅蓮帝と謁見し、抑戦令が堅持されることを約束させ、戦の再開を防ぐことである。

 紅蓮帝からはその言葉を引き出し、その意思も確かめた。あの様子であれば、抑戦令は守られるだろうし、戦も当分再開することはあるまい。

「しかし、困ったのは倭州への移動手段だ。光塵の件をダシに取引するつもりだったが……」

「上手くかわされましたな」

 頭を抱えるアラドと、その隣で憮然ぶぜんとするワッソン。

 道中で鎮波姫と『倭州への渡航手段を得る』と約束したのだが、どうやらその約束は果たせそうにない。

「こうなったらスコットジョー卿に頼んで、ジョット・ヨッツをもう一回出してもらうしかないかな」

「私用で鉄甲船を動かすのは難しいと思いますが……」

「クレイリアの金庫から金を出すってのも無しだぜ。フィムフィリス殿に殺されちまう」

「それは……確かに」

 鎮波姫の身柄を確保するために、軽々しく金を出すと言ってしまったアラドであったが、そのあとフィムに凄い形相で激怒されてしまった。

 それは当然のことで、鉄甲船を運用するコストというのは、思っている以上にかかる。

 その倍額をポンと出すなんて言葉は、普通軽々しく出てくるようなものではないのだ。

「だからって鎮波姫との約束を破るなんて、俺には出来ないぞ」

「だったらどうするんです?」

「それを、神槍領域に帰る前に考えなきゃいかん」

「アラドが策を練る? いつも直感で動いているようなヤツが?」

 半笑いのグンケルに対し、しかしアラドは反論の余地もなかった。

「ワッソン、何か良い案はないか?」

「常道で考えれば、倭州とは現在も交易船が出ているはずです。鉄甲船を動かすのが難しいのであれば、倭州側の船を利用する、あたりでしょうか。鎮波姫さんと永常さんを乗せる分には、それほど身銭を切らずに席を用意できるかと」

「そうだ。そういえば倭州側は鉄甲船を持ってないんだよな」

 鉄甲船を初めて見た鎮波姫と永常の様子を見るに、倭州には存在していないもののようだ。

 であれば、倭州はどのように海を渡っているのだろうか?

「鎮波姫さんの話では、倭州と魔海公と呼ばれる存在の結びつきは強い様子。もしかしたら海魔を統べるという魔海公との契約で、倭州の船は海魔に襲われないのかもしれませんね」

「じゃあ、運賃も相応に安くならないだろうか?」

「それは倭州側の船頭に話を聞いてみないと何とも……」

「アガールスの筆頭領主が、女一人送り届ける運賃に一喜一憂とはね」

 悩むアラドを見ながら、グンケルも苦笑を浮かべるしかなかった。

 実際のところ、船での移動は海魔の脅威以外にも多く存在している。

 海は天候に大きく状況が左右され、海難事故の報告例はいくつもある。

 アスラティカの東岸に船らしき残骸が流れ着いているのを発見するのも、珍しくもなんともないのである。

 それを考えれば、命がけで長距離航行している倭州の交易船が破格の値段で客を乗せるというのも望み薄であろうか。

 さらに付け加えれば、アラドたちは今のところ知らない話であるが、倭州からの船も全く無くなっている。鎮波姫が征流殿にいない影響で、倭州の船も海魔に襲われるようになっているためである。

「まぁ、明日ここを出発して神槍領域にたどり着くまで数日はかかるんだし、それまでに名案を思いつくことを祈るんだな」

「グンケル……お前、他人事みたいに……」

「実際他人事だし」

「くそぅ、紅蓮帝の側近はあれほど敬っていたのに、俺の家臣はどうしてこんななんだ!」

 薄情な部下を持って、アラドは今になってジャルマンドゥが羨ましくなるのであった。

 グンケルもワッソンも『アラドと紅蓮帝は比較対象にすらならない』と思っても口に出さなかったのが、せめてもの恩情であろう。


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