10ー1 刺客 1

10 刺客


 倭州南部、陽浪州。

 温暖な気候と豊かな海洋資源によって潤っている、南部でも有数の州である。

 ここの太守である金象は、稀代の名手として謳われていた。

 というのも、倭州随一の大国である泰の侵略を押し止めた一手を打ったのが、金象であったからだ。

 彼の打った策とは倭州を二分した策である。

 南部の有力州の太守であった金象は、南部の総意をまとめて西部の各州と同盟を組んだ。

 これによって倭州の南西部は一丸となり、巨大な勢力になったこととなる。

 その動きを見た泰は、それまでの破竹の勢いを衰えさせ、戦況は停滞、また戦線を延長されたことになり、戦の継続が困難となったのである。

 結果として泰は侵略を中断、国力回復を優先させた。

 一強であった泰の勢いを挫いた策を打った金象は、内外から名手として一目置かれる存在となったのである。

 現在、鎮波姫は彼の治める陽浪州へとやって来ていた。


****


 陽浪州の南部に位置する州都にて、太守の館に有力な太守と鎮波姫たちが集まっていた。

 理由はもちろん、神火宗に対抗するための作戦会議である。

「神火宗は現在、倭州西岸を中心に布教活動を行っている様子。布教開始当時よりも勢力を広げてはいますが、まだまだ対処は可能でしょう」

「泰の様子も、こちらを静観する態度です。国力回復に努めるつもりでしょうな」

「西部の州では神火宗に対する禁止令を各州で発布しております。神火宗の勢力の増強を防ぎ、また神火宗に対して攻勢をかける題目ともなりえましょう」

「よろしい」

 太守からの報告を受け、金象はパチン、と手をたたく。

 神火宗を叩くための前準備は整ったというわけだ。

「では諸侯、地図をご覧いただきたい」

 金象に言われ、テーブルの上に広げられた地図を覗き込む。

 そこに図示されていたのは倭州西部を大きく描いたモノである。

 金象はその地図の上にいくつかピンを刺した。

「今刺した目印の場所が、西部の勢力が探し出した、神火宗の拠点です。全部で十八個。これらを同時に攻め、全てを制圧します」

 刺されたピンの場所は、西部を中心に南部にまで及んでおり、神火宗の活動が広がっていることをうかがわせる。

 同時に、それらを全て調べ上げた諸太守の尽力と、まとめ上げた金象の有能具合が実感できた。

「この戦で完全な勝利を得ることが出来れば、神火宗の力は戦において大した効果を及ぼさない、と示すことが出来、我々の勝利となります。……が、逆を言えば全てで勝利できなければ神火宗にとっては追い風になりましょう」

 鎮波姫たちの勢力の目的は、神火宗の撤退である。それには民の関心を神火宗から離させなければならない。

 倭州の人間は総じて強さを重んじる。

 神火宗に興味を示したのも『魔術師』という新たな力が目新しかったからに過ぎない。

 それが戦に影響を及ぼさないと誇示できれば、神火宗の勢いを完璧に削ぐことが出来る。

 ただし、これが少しでも苦戦したならば、魔術師に可能性を見出した倭州の民は、神火宗に大きく傾くだろう。

 これはそういう、オールオアナッシングの戦いである。

 また、神火宗の勢いを削げず、西部が浮足立てば、泰に付け入るスキを与える事となる。

 そうなれば今度こそ倭州は泰に飲み込まれるだろう。鎮波姫にとっては、倭州統一は別に懸念事項ではないのだが、他の太守にとっては死活問題だ。

 これらの目標をすべて達成するために、太守たちは死力を尽くす心積もりであった。

「攻撃する神火宗の拠点の割り振りは、近い州の太守殿にお任せします。余りを我ら南部の州と鎮波姫様が担当することとします。異論はありませんな?」

「おう」「良いだろう」「わかった」

「懸念される事と言えば、西部の太守にも神火宗に傾倒する人間が出ていることでしょうか。もしかしたら、州の軍が神火宗の援軍につくかもしれません」

 今回の作戦、参加しなかった太守もいる。

 金象は倭州の南西部に広く協力を呼び掛けたのだが、それに対して全く反応を返さなかった者は、おそらくすでに神火宗に懐柔かいじゅうされているのだろう。

 その州からは今回の作戦に対して反発があるかもしれない。

 神火宗の拠点襲撃がバレれば、それを阻止するために州軍が動く可能性もある。

「援軍が来る前に拠点を潰さなければならない、ということだな」

「そういう意味でも、この作戦は速さが非常に重要となります。各々がた、お忘れなきよう」

「じゃあ誰がどの拠点を担当するか、決めるとするか!」

 こうして作戦会議は滞りなく進んでゆく。

 その様子を見ながら、鎮波姫の後ろに控えていた白臣はふむと唸った。

「噂通りのやり手ですな、金象殿というのは」

 白臣に耳打ちされ、鎮波姫も静かにうなずく。

「ここまでの作戦の立案も、拠点の割り出しも、金象殿が指揮を執ったそうで。名手と呼ばれるだけはあります」

「しかも戦場に立てば千の兵士にも匹敵するとか。頭も切れて腕も立つとなれば、倭州男児の誉れですな」

「ええ、本当に。南部では英雄扱いでしょうね」

「姫様が婿を迎えるならば、ああいう殿方がよろしいですな」

「……白臣?」

 鎮波姫が睨むのに対し、白臣は老獪ろうかいな笑みを浮かべる。

 これまで幾度となく、白臣は鎮波姫の婿の話をしてきていた。

 確かに姫も年頃である。婿候補の一人や二人くらい抱えていてもおかしくはない。

 だが、鎮波姫本人はそんな話はまだ早いと思っているのだ。

「今は作戦会議中です。ふざけた話は止めるように」

「ほっほ、そうですな。では後ほどといたしましょう」

 まだ話題を引っ張るつもりか、と辟易しながら、鎮波姫は残りの作戦会議に参加するのだった。


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