5ー1 対抗する手段 1

5 対抗する手段


 ベルエナはアガールスの中でも西部に位置する町である。

 西部の村々から仕入れた生産品を国内の中央部へと輸送するための、重要な商売の拠点ともなる都市であった。

 だが、アガールスの中で数えても、中規模程度の町であると言えよう。

 何せ、その立地が田舎に近い場所にあるのだから、発展のスピードも緩やかであったのだ。

 アガールスの中央部へ向かえば向かうほど、さらに発展し、規模の大きな都市がいくつも立ち並んでくる。

 それは都市発展のグラデーションとも言える光景で、これからルクスとミーナが東へ移動するたびに大きな都市を順々に目の当たりにしていくだろう。

 ただし、その旅路はとてつもなく長い。


 フレシュの村からベルエナまでは、ゆっくり徒歩で進めば丸一日、馬を使えば半日程でたどり着ける程度の距離であった。

 ベルエナ領における各村の位置関係は、どれもフレシュと大差のない程度であっただろう。

 どこの村からでも、ベルエナまでは一日歩けばたどり着けるような距離感だ。

 だが、都市と都市との関係はまた違ってくる。

 都市同士の距離はお互いの利益の尊重や、無用ないざこざを避けるためにもかなり距離が離れている。

 至近距離に同規模の都市があれば、当然のように競争や食い合いが発生するだろう。

 良い競争相手となり、事業が成長するだけならば良いことであろうが、足の引っ張り合いが発生すると不利益ばかりである。

 それ以前に、アガールスという国が成立する前にはアガールスの内でも領同士で戦争が頻発していた。その最中で滅亡していった都市や領がいくつもあったのである。

 その生存競争で生き残ったのが、現在も存在している領や都市であり、結果的に都市間の距離が相当開いてしまったわけである。

 何が言いたいかと言うと、ベルエナから隣の領の最寄り都市であるエメリエまで、馬を使っても四日の距離があるということである。もう少し突っ込んで言うと徒歩で移動するならさらに倍率ドン、ということである。


****


「うーん、どこかで乗合馬車でも拾えるかと思ったんだけどなぁ」

 整備された街道を歩いているミーナは、晴天の下、そんなことを呟いた。

 石畳が敷かれていても明らかな消耗が見られる街道は、往来が多いことを示している。ベルエナに通じている街道であることを考えれば、物資輸送用の荷馬車の通行が多いことは自明の理であるが、その他にも旅人が利用する馬車なども行き来しているはずなのだ。

 ミーナはそれに乗り合わせる事が出来れば、旅程をかなり縮める事が出来るだろう、と踏んでいたのだが、しかし、その乗合馬車が一台も通らないのである。

「ベルエナから逃げ出すために出発する馬車があると思ったんだけどなぁ」

「逆に、ベルエナがあんな様子ですから、物資や人間の行き来に規制がかかったのかもしれませんね」

 ミーナの甘い計算に、ルクスが推察を立てる。

 ベルエナは今、緊急事態真っ只中である。そんな状況を乗り切るのに物資や人手はいくらあっても足りないだろう。

 さらに言えば事件が収束した後、復興の事を考えると、もともとの領民である難民たちを外の領へ流出させるのは避けたい。

 流石に少人数で脱出する人間まで規制は出来ないだろうが、馬車などで大量に流出するのは防いでいる可能性はなくもない。

「そうなると、やっぱりエメリエまでは歩きで行くしかなさそうね……」

「エメリエって、隣の領の都市ですよね? 馬を使っても四日って聞きましたけど……」

「そう。歩いていくとちょっと時間がかかりすぎるわ。途中で人里に寄ったとしても、野宿は何度かこなさないと行けないかも」

「野宿の準備はしてあるんですか?」

「ベルディリー様から餞別せんべつを渡されてるけど、その中に一応、最低限の準備があるわ」

 ミーナの背負っているバッグの中には、ベルディリーから渡された物資が入っている。

 保存食や野宿の準備など、ベルエナでも必要なものもあるだろうに、ミーナに渡してくれたのだ。

「でもやっぱり、エメリエまで持つような量じゃないのよね。途中で買い足したり、補充は必要になると思う」

「お金はあるんですか?」

「まぁ、それなりに……とは言っても、胸を張って心配ないとは絶対に言えないけどね」

 旅をする僧侶であったミーナには、それなりの路銀があった。

 それも各地で奉仕活動を行った結果、謝礼として受け取ったお金であり、普通に労働をして得た賃金よりはかなり少ない。それを何とかやりくりして、これまで旅を続けてきたのだ。

 出費を抑える知識や技術は持っているが、ルクスと同行している事で、単純に考えて出費は二倍である。それを考えると心配もあるだろう。

「出費を抑えるためにも、その辺で食べられる野草をとったりとか、魚を釣ったりとか、獣を狩ったりとかしないといけないかもしれないわ。その時はルクス君にも容赦なく手伝ってもらうからね」

「は、はい。役に立てるかどうかわかりませんが、頑張ります!」

 ルクスぐらいの年頃ならば、普通に狩りやそのまねごとは経験しているはずである。

 実際、フレシュの村の子供たちは、そのほとんどが近所の森で小さな獣を追い回して、狩りの真似事を行っていたり、実際に害獣の狩りに参加している。

 ルクスはこれまでの特殊な環境ゆえに、それらの経験をことごとくスルーしているため、今回の旅で狩りをするなら、それが初めての体験となるだろう。

「僕にも出来るでしょうか……」

「うーん、狩りは難しいかもしれないから、とりあえず食べられる野草の選別くらいは出来るようにしておこうか」

「そ、そうですね」

 ミーナから知識を得ることが出来れば、野草を見分けることぐらいは出来るようになるだろう。まずはそこから始めるというのは、悪くない。

「そんなわけで、私たちはちょっと街道を外れます」

「……え?」

 急な話題の変更に、少し虚を突かれてしまった。

「私たちが抱えている問題は二つ。エメリエまでの路程が長すぎることと、財政問題よ」

「それはわかります」

「この問題を一挙に解決する策というのが、道を外れることです!」

 高らかに宣言しつつ、ミーナは簡易の地図を開いてルクスへと見せた。

 そこに描かれていたのはベルエナからエメリエまでの、極々簡略化された地図である。

「ベルエナからエメリエまでは、街道を歩くととても湾曲してるのがわかる?」

「確かに、大きく北に曲がっていますね」

「これは、この辺りに森が広がっているからなの」

 街道が大きくカーブを描いた内側には、森が存在している。

 安い地図ではそのあたりはあまり描かれたりしないものの、実際、現在地からでも森は視認できる程度である。

「このまま街道を辿っていくと、この曲道の所為でとんでもなく時間がかかるわ。でも、この森を突っ切ることが出来れば、大幅な時間削減につながるのよ」

「で、でも森は危なくないですか? 迷ってしまうかもしれません」

「まっすぐ進むだけだもの、大丈夫でしょ」

「ミーナ様……本当にそれでちゃんと旅が出来ていたんですか……」

 これまでも楽観的な部分は見せてきたミーナだが、これほどまでに危機感が薄いとかなり心配になってきてしまう。

 今、この場に彼女がいるということは、これまでの旅路は無事に過ごしていたのかもしれないが、今後はどうなるかわからない。

「少し時間がかかっても、街道をそのまま行った方が安全だと思いますけど……」

「……きっと、それはそうでしょう。でもね、ルクスくん。私は旅の安全よりも、あなたのことが心配なの」

「僕のこと、ですか?」

「あれから、あなたの身体には何の変化も起きてないけれど、第三の目以外にも何か別の影響がないとも限らないでしょう?」

 ボゥアードがかけた魔術の影響。それは今現在、それほど猛威を振るっているわけではない。

 ルクスの身体に及ぼした影響は、今のところは第三の目の発現ぐらいであろうか。

 それだけでも相当な変化である。だからこそ、これ以上の変化や影響が出てくる前に、出来るだけ早く馬軍領域へたどり着いておきたいと考えたのだ。

「本当なら馬車に乗せてもらうのが一番手っ取り早いんだけど、そうも言っていられないもの。ここは徒歩でも出来るだけ早く、馬軍領域へつくべきなの」

「……すみません、ミーナ様がそれほどまでに考えてくださっていたなんて、僕は考えもしませんでした」

「ううん、良いのよ、ルクスくん。安心しなさい! 森だってパパっと抜けられるわ! なんせ、この地図でもそれほど広いわけではないもの!」

 ミーナの広げる地図を見ても、森は大きく北部に張り出してはいるが、それほどの厚みはないようだ。

 これならば、それほど時間をかけずに突破できそうだと感じる。

「わかりました。ミーナ様を信じます」

「よし、じゃああの森へ出発!」

 こうして二人は森へと向かって街道を外れた。

 二人の絆はより強固になり、お互いに信用を確かなものにする。美しい信頼関係がそこにあったのだ。

 惜しむらくは、その地図が安物であることを失念していたことであろうか。


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