隼谷
久我宗綱
隼谷
大劇場を裏手に抜けて少し坂を下る。閑静な住宅街を少し歩くと、招待状に書かれた住所にたどり着いた。
コンクリ打ちっぱなしの家の道路に面した壁には無機質なドアと呼び鈴がついていた。
呼び鈴を押すと、まるでラッパのような甲高い音が鳴り響く。だが誰も出てこない。帰ってもいいのだが、もう少し呼んでみる。
七度目にやっとドアが開いた(よく数えていたものだ)。そして一人の男が出てきた。すらりとした体躯で、いたちのような目をしていた。
「すみませんね、今食事をしていたものですから。お待ちしていました」
男は私の見せた招待状に目をやり、呟くようにそう言った。
「お約束の時間にはまだ少しあるようですから、待合室の方にお通しいたします」
男は私の反応も待たず廊下を歩き始めた。仕方がないので着いていく。突き当たりに三つあるドアの右にドアが開いており、そこに入れということなのだろう。
通された部屋には柔らかそうなソファと事務机があり、壁には絵が飾られていた。
「そちらにお掛けになってしばらくお待ちください」
男はそう言うと自分はデスクに座り、電話機を睨み始めた。
ソファにゆったりと腰掛けると、ちょうど絵が目に入る。どこかで見たことあるような、見たことのないような絵。
「この絵って何ですか?」
「どの絵ですか?」
「ほら、この泉の横で赤い服を着た女性が木片に何か彫ってる絵です」
「それはですね」
男の言葉に被せるように電話が鳴った。男は電話の向こうに対して何度か頷き、受話器を置くとこちらに向き直った。
「お待たせしました。ではこちらへどうぞ」
私は男に従い、次の部屋に入った。
通された部屋には柔らかそうなソファと事務机があり、壁にはまた絵が飾られていた。
「そちらにお掛けになってもう少しお待ちください」
男はそう言うと自分はデスクに座り、電話機を睨み始めた。
ソファにゆったりと腰掛けると、ちょうど絵が目に入る。どこかで見たことあるような、見たことのないような絵。
「この絵って何ですか?」
「どの絵ですか?」
「ほら、この泉の横で緑の服を着た女性が木片に何か彫ってる絵です」
「それはですね」
男の言葉に被せるように電話が鳴った。男は電話の向こうに対して何度か頷き、受話器を置くとこちらに向き直った。
「お待たせしました。ではこちらへどうぞ」
私は男に従い、次の部屋に入った。
そこには一人の女性が立っていた。彼女の右手には何やら手紙があり、どうやら私と同じ招待客のようである。
「では行きましょうか」
男はそう言うと壁の凹みに手をかけ、横にガラリと引いた。その先には階段があった。
階段を降り始めた男に女性が続き、その後ろに私が着いていく。そして、ひたすら階段を降り続けることとなった。
ここに来てからどのくらい経っただろうか。上を見ても下を見ても全く同じ階段が続くので、距離感というものを失ってしまう。
「あの、まだ着かないんですかね」
返答はない。
「もっとかかるようなら私帰りたいんですけど」
思わず心の声が口をついて出てしまった。
すると前を歩いていた女性がくるりと振り返り、光のない目でじっとこちらを見つめてきた。
「もう戻れないんですよ」
そう、もう戻れないのだ。階段は深く深く続いていた。
隼谷 久我宗綱 @kogamunetsuna
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