第6話:おっとりとした子がキレるとめっちゃ怖い
広大な平原がどこまでも続いている。
ヴァルハラのような活気はもうどこにもなく今は、ただただ心地良い静寂が流れるのみ。
ピクニック日和と言っても過言ではない、そんな中を歩く一颯とイクスの足取りは非常にのんびりとしたものであった。
「いい天気だなぁ」
暑すぎることもなければ、寒すぎることもない。
大変すごしやすい本日の気候は、本当にここがゲームの中かと一颯を混乱させる。
ここは、何もかもがリアルすぎた。
肌を優しく撫でる風の感触も、鼻腔をくすぐるイクスの甘い香りも、そして右手を今もぎゅうっと手を握る優しい温もりもすべてが。
(本当に、現実世界にいるかのような……いや、本当に現実世界みたいだ)
物は試しと触れた脈も、しっかりと感じる。
一颯はこの感覚がとても不思議でならなかった。
「――、どうかされましたかぁ? なんだか顔色が悪いようですけど~」
不安の
「え、あ、いや……! ななな、なんでもない……よ」
「本当ですか~?」
「ほ、本当だって……うん……」
訝し気な視線を前に、しどろもどろに答えた一颯を見やれば説得力などまるでない。
今は余計な思考はするべきではあるまい。
一颯はわざとらしい大きな咳払いを、一つ。
「――、こほんっ! え、えっと……そ、それで? 俺達の基地ってこの先にあるのか?」
「はい~。私達がいる基地――ジークルーネはヴァルハラから南西の方角にありますぅ」
「あっ」と、一颯。
(そう言えば、そんな名前だったっけ。俺が入ったサーバーって)
これは全
ヴァルハラを守護するための前哨基地なのは確かだが、意外と都会的な面もあったりする。
基地の中には娯楽品を扱うショップを始めとして、アミューズメントパークすらも設けられているぐらいだ。果たしてこれを、基地と呼称してよいものかは微妙なところであるが。
「でも、楽しみだ」
一颯は、歴とした軍人ではない。
現実世界ならば猶更のことであるし、そもそも【
例え兵器であろうとも、人間と同じように生きている。
なればこその配慮として、娯楽があっても一颯は意を唱えない。
彼女らのためによくやってくれた、と一颯はすこぶる本気で称賛した――誰の功績によるものかはまったく知らないのだが。
「――、あれは」
一颯が表情を著しく険しくしたのは、ヴァルハラかだいぶ遠ざかってからのことである。
どこからともなく現れたそれは、異形の一言であっさりと片付く。
何度も目にしてきた怨敵を忘れるほど、一颯はまだ
ヘルヘイム……ライフルと思わしき形状をしたそれも同様に異形であった。
「も~せっかく団長様と二人っきりのデートを楽しんでたのにぃ……――鬱陶しいなぁ」
戦闘中でさえもイクスのおっとりとしたキャラがブレることはない。
生死を賭した場においてはいささか緊張感がなさすぎるのではないか。
かく言う一颯もその思考へと至った、一人であった。
実戦であれば間違いなく彼女のようなタイプはすぐに死ぬだろう、とも。
そうならないのは、あくまでも【幻想の
また
「あはは~! み~んな、バラバラになっちゃってくださいね~!」
もうずっと目にしてきている笑みなのに、敵を眼前とした今は狂気が色濃く孕んでいた。
しかし、そんな笑みを浮かべる時でさえもイクスの美しさは損なわれない。
「こ、これがゲームの……いや、【幻想の
一颯の立ち位置は団長である。
団長は前線に立つことなく、安全な背後より的確な指示を飛ばしてサポートする。
それが己の役目だと一応の理解はある一颯だが、
(……これ、俺圧倒的にいらなくないか?)
指示がなくともイクスは的確に敵を仕留めている。
見た目は
けたたましい銃声が鳴った、と認識した頃には敵の命が一つ。
胴体であれ頭部であれ、直撃した瞬間に吹き飛ぶ光景は正に凄惨であった。
「うっ……」と、見ている一颯ですらもたまらず激しい嫌悪感に苛まれるぐらい。
「うふふ~団長様とのデートを邪魔する悪い悪~いヘルヘイムさんには、たっぷりと私がお仕置きしちゃいますねぇ」
「いや、もうそれお仕置きの領域超えてるから……なんならやりすぎちゃってるぐらいだから」
一発の銃弾がヘルヘイムを跡形もなく吹き飛ばす。
完全に手持ち無沙汰な一颯は、ふと視界の隅に映るそれに思わず不敵に笑う。
「……物は試しってな」
幸いなことに、そのヘルヘイムは大型のナイフらしき物体を手にしている。
銃撃戦だけでなく、あえて近接戦闘に持ち込む敵キャラクターも【幻想の
一颯はすらり、と腰から得物を払った。
「さてと、それじゃあ人生初のエイリアン狩りとしゃれこみますか」
正眼の構えから、力任せの縦一文字を迅速かつ正確に斬り落とす。
耳をつんざく金打音が鳴って、すぐに、すぶりという音は耳に酷く不快感を与える。
敵を淘汰するのに派手な見栄えも、敵の威勢を削ぐ発声も、それら一切は不要の長物だ。
如何にして敵の攻撃に対して正確に見極め、的確な技を出すか。
大鳥の剣士は、主に後の先を得意とする。
斬り落としてからの運剣でそのまま敵手を刺突で仕留める――双龍、と大層な名前こそつくこの技だが、
「おぉ……」と、一颯。
心臓を穿たれたことで、糸が切れた人形よろしくその場に崩れたヘルヘイムを見やる一颯の瞳は、いつになくキラキラと輝いている。
剣を振るう者として、遅かれ早かれ何かを斬る時は必ず訪れる。
そういう意味では一颯が何かを斬ったのは、今日が
(データと言ってもさすがは
にしゃり、と不敵に微笑んで周囲を
「――、それで? 次の相手は……」
敵影の姿はどこにもなかった。
さっきまであれほどドンパチとした銃声も水を打ったようにしんと静まり返っている。
答えはすべて、イクス自身が物語っていた。
「よくも私の団長様を傷付けようとしてくれましたねぇ……」
「イ、イクス……?」
明らかに様子がおかしいのは一目瞭然である。
「この罪どうやって償うつもりなんでしょう~是非聞かせてほしいものですねぇ」
笑顔なのに、瞳に宿るその感情は憤怒一色だった。
心なしか背後には不動明王の幻覚さえも見えてしまうぐらい、イクスの底知れぬ怒りに一颯自身が思わず気圧されてしまった。
「イ、イクス、もういいって……」
一颯と対峙したヘルヘイムは、とうに事切れている。
如何に高度な文明と超人的な身体能力であろうと、一颯の太刀は心臓を射抜いている。
誰の目からも即死なのは疑う余地など微塵もなくて、だがイクスの足は執拗に何度も頭部を踏みつける。
肉を弾く音がだんだんと骨が砕け、それらがぐちゃぐちゃと混ざる音に、とうとう一颯が根をあげた。
「も、もういいってイクス! いくらなんでもやりすぎだ!」
「お言葉ですが団長様~このヘルヘイムさんは団長様を襲ったんですよぉ?」
「そ、そりゃ敵だから仕方がないだろ……! 奴さんだって人間を殲滅しようと必死なんだし、それに今は戦争中なんだろ……?」
「ですけど許していいものではありません~。なのでぇ、このヘルヘイムさんにはもっとお仕置きが必要なんですぅ」
「お、俺なら全然大丈夫だから! そ、それよりもほら、早く基地に俺行きたいな~! 他のみんなにも逢って色々と話したいこともあるし!」
「う~ん……それじゃあ早く行きましょうか~」
すっかり返り血を浴びて、白かったドレスアーマーを朱に染めるイクスだが、そんな姿でさえもやはり彼女は美しい。
(イクスって……こんな奴だったっけ?)
幻想の撃鉄少女-バレットガール-~団長様なんだから私のハートを撃ち抜きなさいよね!~ 龍威ユウ @yaibatosaya7895123
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