第5話:不安は続くよどこまでも

 先行するイクスの足取りがのんびりで、心なしかふわふわとしている。


 行き先がまるで定まっていないかのような、そんな錯覚に少しでも苛まれてしまったから。


 一颯はおずおずとイクスに尋ねた。



「もう団長様ったら~。そんなに緊張してどうしちゃったんですかぁ?」



 肝心の質問への回答はなく。

 くすくすと忍び笑う姿はそれだけで一級の美術品のようだ。

 イクスからの指摘に一颯は「いや、その」と、しどろもどろにしか返答できない。



(このあがり症め――)



 どうにかして、さっさと克服したい。

 なんとなくながらも一颯は、その答えがすぐ目の前にあるような気がした。



「イ、イクスみたいなき、きれいな人が一緒だと、き、き、緊張するってもんだ……ですよ」

「――、まぁ団長様ったらぁ。うふふ、ありがとうございます~」

「お、おう……」と、振り絞るようにしてなんとか。



 ところで、と一颯は本来の質問に意識を集中させる。

 またの名を、逃げとも言うが。



「そ、それより俺の基地ってどこに……」

「このヴァルハラにはありませんよぉ。もう団長様ったらぁ、そんな大事なことも忘れちゃったんですかぁ?」

「え、い、いやぁ……ここ最近忙しくって。頭がなんだかぼんやりとするんだ。だからちょっと物忘れっていうか、その……ま、まぁそんな感じ……です」



 知っているわけがあるまい。

 ここはゲームの世界であり、中のことは中の住人が一番熟知していよう。

 作中にでも辺境の土地、という曖昧すぎる表記しかなかった。



「ふふふ、大丈夫ですよ~団長様。これからはずっ、ずぅっとイクス達といっしょにいるんですからねぇ」

「そ、そう、だな……ですね」

「ごめんなさい団長様~。団長様とこうして“おでかけ”できるのが嬉しくて、つい遠回りしちゃいました~」

「あ、そ、そういうこと……でしたか。そ、それだったら別に――」

「ねぇ団長様ぁ?」



 ずいときれいな顔が眼前に迫る。


 エメラルド色に煌めく瞳に吸い込まれそうな錯覚を憶える一颯は、ごくりと生唾を飲んだ。



「さっきからどうしてそんなに他人行儀な接し方なんですか~? 私とっても悲しいです~……」

「あ、いや、その……こ、これはイクスが嫌いとかそう言うんじゃなくて……!」 

「じゃあいつもみたいに私のこと、ちゃ~んと、イクスって呼んでください~」

「うっ……」



 イクスのジトっとした目つきは明らかに不服である。

 抵抗がまったくない、わけではない。

 ゲームのキャラクターと言えども女性にはなんら変わりなし。

 どうしても極度に緊張してしまう己を、一粒の小さな雫が一颯を突き動かした。

 頬を、思いっきり自分で殴ったのである。

 肉を鋭く弾く音に、今度は違った意味で周囲からの視線が一颯へと集束した。

 ジンジンと痛む頬に、よっぽど強く殴っていたので口端からは血がつっと流れる。


 だが――



(これでいい……気合も入ったし)



 手の甲で乱暴にぐいと血を拭う一颯に、イクスが激しく取り乱した。



「だ、団長様どうしていきなり自分を殴ったりなんかしたんですか~!」

「あはは、いや、ごめん。なんでもないんだイクス」



 さっきまでとは打って変わって、流暢な言葉運びに一颯も満足気に口元を緩めた。

 原作としての自分にはまだほど遠くはあるが、幾分かはマシになったろう。



「……団長様ぁ」



 両手を包む彼女の手は、およそ兵器には似つかないぐらい柔らかくて優しく温かい。



「私……いいえ私達は団長様あってこその私達なんです。ですから、絶対に無茶だけはしないでくださいねぇ?」

「それはもちろん。でも、それを言うんだったらそっちもだ」

「……私達は戦銃姫ヴァルキリー、兵器ですから大丈夫です~」

「兵器だろうと関係ない。それに俺はそんなもの認める気は更々ない」



 作中上の、と付け加えて――戦銃姫ヴァルキリーの扱いはお世辞にも好待遇とは呼べない。


 何故なら戦銃姫ヴァルキリーは人の形をした生物兵器であるから。


 敵側の科学技術をふんだんに搭載された彼女らを、怪物と侮辱する輩も少なくはない。


 団長という立場にあるプレイヤーはさぞ、彼らの冒険に憤ったこと相違あるまい。

 かく言う一颯も、その内の一人なのだから。



「――、どうして団長様は私達をこんなにも大切にしてくださるんですかぁ?」



 その問い掛けは、おっとりとした口調とは裏腹に真剣みが色濃く孕んでいる。

 知れたことだ。

 一颯は自身に向けられた視線をまっすぐと見返して、やがて口を静かに開いた。



「付喪神……八百万の神って言葉、聞いたことがあるか?」

「いいえ」と、イクス。



 知らなくて当然なので、彼女の回答には差して意味などない。

 知らない体で一颯もわざと尋ねている。



「俺の故郷……日本って言う国は結構独特な文化を持っていてな。トイレや田んぼ、時にはたった一つの米粒にでさえも神様が宿っているって、そう考えてきたんだ。そして付喪神も然り――モノには長い年月を費やすことで魂が宿ると、俺達の祖先はずっと信じてきたんだ。今でもその名残っていうか、物には魂が宿るって信じている奴は結構多いかもしれない」

「えっとぉ……つまり、どういうことなんですか~?」

戦銃姫ヴァルキリーは確かに人間じゃない、だけど俺達人間と同じ魂が宿っていると、俺はそう思っている」



 兵器とは名ばかりで彼女達は笑うもするし、食事も普通にする。


 人間らしくあれ、とそう設定プログラムされていたとしても一颯の眼には、単なる兵器として戦銃姫ヴァルキリーを映らなかった。



「だから俺は、その……人間っていうか、戦銃姫ヴァルキリーとか、そう言うの関係なしに大切な仲間だ」

「団長様ぁ」



 心なしか頬がほんのりと赤い。



「私、やっぱり団長様のところに配属されて本当に幸せです~。これからもずっと、ずぅっとお傍にいさせてくださいねぇ」

「そ、それはもちろん……!」



 最初にきたSSRをどうして売却することができようものか。



(……というか、ちょっと待てよ)



 一颯はハッとした。



「……イクス以外にもいるん、だよなぁ」

「はい? どうかされましたか団長様ぁ?」

「あ、いや別に。な、なんでもない……うん」



 一颯が所持する戦銃姫ヴァルキリーの数は、ざっと50は超えている。


 全キャラクターコンプリートにはまだまだ程遠いが、それでも大所帯なのは違いあるまい。


 イクス一人に対して、この様である。

 いきなり大所帯に男一人ぽつんと配属される現状は、一颯に不安と緊張感を植え付けた。

 きちんと団長らしくできるだろうか。

 自信など皆無であるし、だが行く当てのない一颯に拒否権などあるわけもなく。



「さぁ団長様そろそろ行きましょう~」

「あ……えっと、うん……」



 ぐいぐいと手を引くイクスの足取りが実に軽快であると言うのに、対照に一颯は酷く重々しい。



「うふふ~みんなも早く団長様に逢いたいって言ってましたから~、これからいっぱい私達に構ってくださいねぇ」



「あ……うん……」



 余裕のない一颯には、そう答えるので精一杯だった。

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