第4話:かわいい女の子と一緒に歩いたらこれはもうデート

 例えるなら、中の活気はさながら祭のように賑やかであった。

 とにもかくにも、わいわいと騒がしい。

 都会でもなかなか目にできない光景とあって、一颯の瞳はいつになく輝く。


 人が多いのはもちろん、それよりもゲーム内では明確化されていない世界がすぐそこにある。


 いわばここは、観客側には明かされることのない舞台の裏側である。



(これが城郭都市ヴァルハラ……! 設定資料集でもここまで多分明かされないぞ)



 さっきまでの不安は、この陽気さにすべてかき消された。

 幼児のようにはしゃぐ年頃ではないが一颯は、魂の高揚をどうしても抑えられなかった。



「団長様~こっちですよぉ」

「あ、わ、わかっ……た……です」

「もう、さっきからどうしたのですか団長様~。いつもならとっても凛々しくて頼もしいのにぃ」

「あ、いや、それは、その……ですね」



 ゲーム内の団長プレイヤーの人格は、正義感あふれる男である。

 曲がったことを何よりも嫌い、相手が誰であろうと己が信念を貫く。

 プレイして日が浅くはあるが、一颯の眼にはそのようにして認識されていた。


 イクスがそう不思議そうに指摘するのも、現実の団長プレイヤーを前にすればそれも致し方なし。


 よもや自身の団長が、こうもあがり症だとは思ってすらいなかったろう。

 咄嗟に――



(このままだと俺、愛想尽かされたりする?)



 一颯はこのあまりにも恐ろしい仮説に、全身の肌がぞくりと粟立った。

 城郭都市ヴァルハラは、あくまでも架空ゲームの世界に過ぎない。


 現実世界への帰還ログアウトも現状不可能となった今、自力でどうにかする必要がある。


 ひとまず、助けが来るなどという考えは当てにしない方がよかろう。一颯はそう判断した。



「と、ところで他のみんなはどうしてるんだ?」



 なんとかして、話題を切り出した。



「他のみんなももちろん元気ですよ~。早く団長様に逢いたいって言ってましたからかぁ」

「そ、そうか! い、いやぁ俺も早くみんなに逢いたいなぁ」



 我ながら、あまりにも不自然すぎる。


 自己嫌悪に苛まれた一颯はおずおずと見やった先、イクスは絶えずにこにこと微笑んでいる。



「よかった……」



 と、ホッと安堵する一颯。


 イクスは不可思議そうにきょとんした顔で「何がよかったんですかぁ?」と、その口調は相変わらずおっとりとしている。



「いや、大したことじゃない……です」

「そう、ですか~……ねぇ団長様ぁ?」

「んぐ」


 と、ぐぐもった声を一颯がもらしたのは、彼の顔全体を大きな胸が包み込んだから。


 板金鎧プレートメイル越しなのに、何故柔らかさと温もりを感じるのか。


 非科学的事象ではあるが、女性から抱擁ハグされる経験が皆無である一颯にそちらに気を回せるだけの余裕など皆無であった。



(イクスって、こんなにいい香りがするのか)



 科学的に、異性の体臭を好む場合、番となる確率が極めて高いという研究結果が実証されている。


 これに則ればイクスと一颯、両者の相性はこの上なくよいものことを意味する。

 イクスは、間違いなく美人の類だ。それも飛び切りの、である。

 彼女ほどの美女がよもや人型凡庸決戦兵器などと、果たして何人が思うだろう。


 それはさておき。



「イ、イクス! さすがに恥ずかしいからここではちょっと」



 一颯の慌てようを、イクスはあからさまに楽しんでいるようだ。



「ちょっと~……ということはぁ、ここじゃなかったらよろしいのでしょうかぁ?」

「いや、だからそう言う意味でもなくて……! と、とにかく離れてくれ」



 公衆面前での乳繰り合いだけに、周囲からの視線も痛々しい。


 他所でやれ、なんて言葉が今にも聞こえそうだと解放された一颯は心底そう思った。



「――、あれは」



 ふとした光景が、一颯の眼をぎょっと丸くさせた。



「団長様どうかされましたかぁ?」

「いや、あれは……なんだ?」



(あんなもの、ゲームの中じゃ一度だって登場してないぞ……!)



 人間社会に溶け込むにしては、あまりにも雑な変装だと言わざるを得ない。

 ただし、行き交う人々の中で誰もソレについて言及する素振りは微塵もない。

 寧ろ友好的に会話すら交えるものだから、さしもの一颯もこれには酷く驚愕した。

 肉体から恰好は、人間そのものである。

 顔は、人間のものとは大きく逸脱していた。

 顔よりも少し大きめのモニターに、人間の顔だけが表示されている。

 はっきりと言って、これは異様と言う他なく一颯もつい彼を見入ってしまった。



「あれは……他の団長様ですねぇ」

「他の団長?」

「はい~。団長様の多くはあぁやって義体を用いて活動していらっしゃるんですよぉ」

「そ、そうだったのか……ですね」



 これもまた、一颯には知らない情報である。



「団長様は基本指揮こそしますけど戦闘面は主に私達戦銃姫ヴァルキリーの役目ですので~。だからいつでも替えが聞く様に、あぁやって遠隔操作をしてるんですよぉ」

「なる、ほど……」



 設定上の話ではあるが、人間はヘルヘイムには勝てない。

 そのための義体と言う設定も、一颯は差して違和感なくすんなりと受け入れた。

 しかし――



(俺は、あの義体って奴はどうも好きになれそうにないな……)



 これは、一颯の信条である。


 女子を死地に送り自分だけがのうのうと安全な場所にいるなど、一颯のプライドが許さない。


 戦場を共にするのであれば、共に立ってこそはじめて真の仲間だと言えよう。

 何があっても義体だけには頼らない。一颯はそう己の固く誓った。



「と、ところで……ですね。あの、ど、どれぐらいで着きそう、です……?」



 彼是一時間ぐらい、一颯は未だヴァルハラの中を彷徨っていた。

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