寝取られりました。

青猫

寝取られりました。

「はい、撮るよー!ほら。健、笑って!」


パシャっといつものシャッター音が鳴り響く。

茜は写真を撮るのが大好きだった。

思い出を見返すことができるから。


「……これ、俺の顔、映ってないんだけど……。」

「え?……ホントだ、またやっちゃった!」


俺と茜の身長はだいぶ差がある。

だから、茜が写真撮ると、いつも俺の顔が見切れちゃうんだ。


「俺が撮るよ」

「ありがと~!健!」


パシャリ。いつもの流れで今度は俺がシャッターを切る。


「うん。ばっちり撮れたよ、茜」

「ありがとう、健!」


俺たちは、笑いあっていた。

……一か月前までは。




「茜さんが子供を庇って事故に遭いました!」


それを聞いた瞬間、呼吸が一瞬止まった。

慌てて搬送したという病院に駆け込んだ。

でも……。


「まだ、病院に到着していない!?」

「救急車はどこに行った!?」

「連絡は取れるのか!?」


茜の乗っていた救急車が突然消えてしまった。

影も形も残さずに。


正直、俺は自分の耳を疑った。

まさかこんな形で茜と会えなくなるなんて、思ってもみなかったから。


そこから一か月の間、俺は、茜の両親は、懸命に茜を探した。

救急車の失踪は瞬く間に全国ニュースになり、たくさんの人たちが手伝ってくれた。


しかし、茜や救急車はついに見つかることは無かった。

だんだんとこの事件も薄れていき、とうとうボランティアの活動もほとんどなくなってしまった頃。

茜から突然メッセージが来た。




「これ、どうすればいいんだろ……」


俺は大きくため息をついた。

ため息の原因は、俺の手の中にある四角い端末。

そこには、茜と顔の見えない知らない男が抱き合っている写真と、「幸せに暮らしてます!」

という茜からのメッセージがあった。


「無事だったのは良かったけど、もしかしなくても俺、捨てられたってことかな……」


写真の中の男は、顔こそ見えないが、決して俺や俺の知り合いではないことは確かである。

そもそも、ここまで親しく抱き合うのって、恋人か、家族だけだろ。

写真の中の男はがっしりとしていて、俺のふにっとしたお腹とは比べ物にならない。

あと、男の着ている服は、まぁまぁカラフルな服で、俺がいつも着ている白や黒の単色より、ずっとオシャレである。

茜も男と似たような服を着ている。


「……まぁ」


俺は、写真の中の茜を見つめる。

茜は、凄く幸せそうな顔をしている。

なんか、純粋で、こっちの気の抜けるくらい幸せそうな顔だ。


そんな顔を見てたら、なんか妬みとか、恨みとかそういう負の感情がスゥーっと抜け落ちていく。


「茜が幸せそうだから、いいかな……?」


知らぬ間に別の男に寝取られていた、というシチュエーションは聞いたことがあるが、まさか自分がそんな目に遭うなんて思っても見なかった。


こういう時、絶望するか、復讐するかが定石なんだろうけど俺は、まぁいいかな、って気分になった。


俺って思ったより薄情だったのかな、と思いつつ、茜からのメッセージに「二人で幸せになれよ」と返信した。


少し寂しくも、でも本当に無事で良かったと思いつつ、俺は家を出た。




途端、目の前が真っ白になった。


「おわ!?」


何が起こったのか全く分からないまま、しばらくしてようやく前が見えるようになってきた。

そこは家の前ではなく真っ白な空間で、目の前には老人がぽつんと立っていた。


「いやはや、申し訳ない……」


老人は軽く頭を下げると、俺の今の状況を説明し始めた。



「……ということなのじゃ」

「……なるほど」


……どうやら俺は死んでしまったらしい。

いざ突然死んだといわれると、かえって頭が冷える。

そしてそれはどうやらこの老人、いわゆる神様の手違いというか巻き込まれてしまったというか、そういう事らしい。


まるで定番の異世界転生もののストーリーみたいであるが、俺も例にもれず、異世界に記憶を残したまま、転生させてくれるという事だ。


残念ながら、元の世界で生き返れるということは無いらしい。


「わかりました。その話、お受けいたしましょう」

「ありがとう、青年よ」


神様は軽い礼をすると、持っていた杖で地面をたたく。


「それでは、最後に君に何か贈り物をしよう。こちら側のミスであるからな」


神様は杖を俺の胸に当てて何やら文言を唱えている。

文言を唱え終わると、説明をし始めた。


「青年よ。君に与えたものは「強い体」だ。これならどんな環境であっても生きていくことができよう。」

「……ありがとうございます」


俺がお礼を言い終わると、意識が遠のき始めた。

どうやら、転生が始まるらしい。

意識が消える直前、神様が再び礼をしているのを見た。



——そして、転生してから21年が経過した。

ちょうど俺が前世で亡くなった年齢である。


俺は今、俺が生まれた村で農作業をしている。

この世界では科学があまり発達していないようで、基本的に農民の人口が多い。

俺の今生での両親も例にもれず、農家だった。


……まぁ、前世の俺の両親とほとんど一緒だったが。

何が一緒かって、何から何までだ。名前も、容姿も、家族関係も、好きな物も嫌いなものも性格も、全部一緒だった。


俺だって、名前も顔も何も変わってない。

こんなことってあるんだな、と思った。

唯一違ったのは、父と母の職業が農家だったことぐらいだ。

まぁ、この世界に会社員はいないよな、とか思いつつ、俺は両親の後を継ぐために手伝いなんかを頑張った。


俺は前世ではインドアだったが、今世ではアウトドア派になった。

……そりゃあ、ゲームや漫画が無いから、家の外で元気に遊ぶしかないわな。

おかげで体も引き締まったと思う。

前世での憧れだった細マッチョだ。


15歳の時に神官さんが来て、スキルの鑑定もしてもらった。

たまに凄いスキル持ちがいて、なんか王宮に召し上げとか、そういう話があるらしい。


俺は「身体強化」と言われた。

でも鑑定結果の書かれた紙には「究極の肉体」とか書かれてて、神様って凄いな、って思ったりもした。

……あんまり騒ぎにならないように、隠蔽してくれたんだなって。

そんなわけでまぁ、この年になるまで、浮いた話もなく、平和に暮らしていた。

自分で一人で暮らせる家をゲットした時の快感は一入だった。


そんな21歳のあくる日の事。


いつものように畑の様子を見に行った後で、ちょっと暇な時間があったから散歩をしていた。


そしたら、道に血まみれの女性が倒れてた。

びっくりした俺は慌てて女性の元へ駆け寄る。


そしたら、さらにびっくりした。


「茜!!?」


その女性は前世での元恋人である、茜だったのだ。


俺は急いで茜を近くにあった自宅に連れて帰った。

「究極の肉体」の力で全く重さなんて感じない。

いや、それ以上に軽い。


俺は茜をベッドに寝かせる。

茜はどうやら何かに引かれたみたいに全身ぼろぼろだ。

このままじゃ、生命にかかわる。


本当に「神様、ありがとう」と心から思った。


俺の持つスキル、「究極の肉体」は、どうやら自分の体を超強化するスキルらしい。

そしてその影響は単純なパワーだけに収まらない。


「『ヒール』!」


俺は呪文を唱えて魔法を使う。

まぁ、異世界とくれば魔法だ。

しかし、俺はスキルのおかげもあって、魔力も、その扱い方も一流のそれと変わりないレベルになっている。

村にすんでいるからこそ、あまり大それた魔法は知らないが、簡単な物なら使うことができる。

それも非常に高いレベルで。


茜の傷は瞬く間に癒えていき、茜の顔色もよくなってきた。

どうやらもう大丈夫みたいだ。


俺は一息つく。

しかし、なんで茜がここにいるのだろうか。

俺の両親と同じようにそっくりさんというか、別世界の茜なのだろうか。


前世でのあの写真が頭をよぎる。

が、すぐに考えを変える。


「今は目の前にいる茜だ。他の事を考えるのは後でもいい」


俺はひとまず茜が目を覚ました時の事を考えることにした。



それから翌日。

そういえば茜にベッドを取られたままだったことを思い出した俺は椅子に座って朝日を迎えることとなったが、農作業はきちんとしないといけない為、早めに家を出て高速で畑仕事を済ませて帰ろうと思ったのだが……。


「健~~!!」


家に入った途端に対面した茜にギューッと抱き着かれている。

……あぁ、懐かしいな、この感覚。

そう思いながらも状況を整理したいため茜を椅子に誘導し、ご飯を作る。

前世からご飯は俺担当だったが、今世ではさらに両親に農作業などと同様みっちりしごかれ、さらにおいしくなっている、と思う。


俺は茜に朝ご飯を出し、茜の話を聞き始める。



「で、子供を助けようと思って、体が動いちゃって!そこから意識が無くなっちゃったんだけど……」

「……なるほど」


茜から聞いた話をまとめると、どうやら茜はあの交通事故の日に意識を失って今に至るという。


「で、健は何をしてるの?ここはどこ?ていうか、健、やせたでしょ!」

「いや、多い、多い!質問が多いから!一つずつ説明していくから!えっと……」


ひとまず、俺の方も状況を説明する。

神様の手違いによって異世界転生したこと。

今はこの村で農業を営んでいるという事。

とりあえず、写真云々についてはまだ話してない。茜はまだ今の状況がよくわかってない。ここで写真の話をしても混乱させるだけだろう、と思ったからだ。


「てなわけだ」

「すごーい!じゃあ、神様にチートとかもらったわけ!?」

「あぁ、勿論!」


ちなみに茜はまぁまぁ二次元に詳しい。しかし、友達も多かったりして流行り廃りにも詳しいオールマイティだ。


「どんな!?」


茜はグイっと顔を寄せてくる。


「それはだな、『究極の肉体』って言ってとりあえず強い体が手に入るスキルだ!」

「へぇ~そうなんだ!」


そこまで話し終わると、茜はお茶を飲みふうっと一息ついて、つぶやいた。


「……でもよかった。」

「何がだ?」

「健がいてくれて」


茜はニッと笑った。


「私、事故に遭ったときにね、真っ先に健の事が思い浮かんだの。あぁ、もう健と一緒に写真は撮れないんだなって。で、途方もなく悲しくなっちゃったの。もちろん、子供を助けたことは後悔してないよ。でも、あぁ、もう終わりなんだって思って。でも……」


茜は椅子から下りると、俺にぎゅっと抱き着いてきた。


「でも、こうしてまた話をすることができてうれしい!健、大好き!!」


そう言われたとき、俺は茜を抱きしめ返そうとして、でも、少し躊躇してしまった。あの写真の茜の笑顔、あれはとても幸せそうだった。

今の茜はそんな人がいるとは思えない。けど、もしあれが、もっと先の未来からの物だったら?

俺は茜を幸せにはできないのかもしれない。そう思うと、腕を動かせなかった。

でも、茜のこの姿を見て、笑顔を見て。


……あぁ、好きだなぁと思ってしまった。


せめて、あの男の元に行くまでは。

俺の元で笑っていてほしい。


「なぁ、茜」

「何?」

「……心変わりしたら、言うんだぞ」

「?絶対するわけないじゃん!」



それから一か月。

茜は結局俺の家に住むことになった。

行く当てがない以上、どうしようもない。

そして、俺の農作業を手伝ってくれた。

農業って重労働だから、無理はしなくていいよとも言ったんだが、


「健と一緒にいるためだもん、頑張る!」


と頑張っていた。


そうして一か月が過ぎ、俺たちは村の教会に来ていた。


……いや、結婚するとかそういう事ではなくて、神官さんにスキルの鑑定をしてもらうためだ。

スキル鑑定できる神官さんは月一しかうちの村に来ないのでこのタイミングしかなかったというわけだ。


神官さんにスキルを見てもらったところ、彼女のスキルは「強化」であると言われた。

渡された鑑定用紙を見ると、「超強化」と書いてあった。

おいおい、こっちもかよ、と思いつつ、茜は自分も何かしら凄いスキルがあることに喜んでいた。


家に帰ってから実験を行うと、どうやらモノや人をパワーアップさせるスキルであるらしいことは分かった。ただその代わりにエネルギーの消費が著しくなるというスキルだ。


「ね!じゃあ、もしかしてこれにも使えるんじゃない!?」


そう言って茜が取り出したのは茜の携帯だ。

交通事故に遭ったときに持ってたものがそのままポケットなどに入っていたらしく、携帯も若干ぼろぼろではあるが無事だったらしい。

今まで電波がつながらないからほとんど使用せず、バッテリーも少しだけ残っていた。


「いくね!『超強化』!あ!すごい!5Gだよ5G!」


どうやら異世界でもネットが使えるようになったようだ。


「これでお父さんとお母さんに連絡できるかな……?」


そう言って茜は通話のアプリを起動して両親と連絡を取ろうと試みた。


「……!!もしもし!お父さん!お母さん!」

『茜!茜か!?』


なんと、通話アプリで異世界を超えることに成功した!


「ごめんね、心配かけちゃって!」

『本当に無事でよかった!今どこにいるの!?』

「えっとね……」


ちょっと茜は口ごもったが、すぐに答える。


「かなり遠い場所で、帰るのが難しいの。携帯を充電できる場所も無いから、連絡も取れないかも。でも大丈夫、心配しないで!こっちはすっごく元気でやってるの!また、連絡ができたら連絡するから、それまでは元気でいてね!」

『……あぁ、……わかった』

「ごめんね、携帯の電池が切れそうだからもう切るね。またね!!」

『……うん。わかったよ。またね』

『風邪ひかないようにね』


そう言って茜と両親の通話は終わった。


「うぅ……」

「……良かったな、ちゃんと話ができて」


茜は少しばかり、感傷に耽っていたようだったが、すぐに気を取り直したようだった。

そして、再び携帯を操作し始めた。


「?どうした?まだ何かしたいことがあるのか?」

「うん!ちょっと待ってね……」


しばらく操作をすると、突然茜が「写真撮るよー!」と言っていつものツーショットの姿勢に入る。

俺も慌てて入ると、パシャっと懐かしい音が響く。

続けて茜は何かしらのメッセージを添えて送信した。


「何をしたんだ?」


俺がそう聞くと茜は笑って答えた。


「ほら、前世の健にも『大丈夫だよ!』って送ってあげたの!」


そう言って茜は携帯の画面を見せてきた。

そこには顔が見切れた男と幸せそうな茜のツーショットと「幸せに暮らしてます!」というメッセージが俺に送られている画面があった。


「……俺の顔、見切れてるぞ」

「あれ?あっ!またやっちゃった!」


そんなやり取りをしているとすぐに携帯の電源が落ちてしまった。


「あちゃー、これで限界だったね」


茜は屈託のない笑顔で言う。


俺はその笑顔につられて笑顔になる。


「そうか、俺にあのメッセージを……」


茜、すごく幸せそうな顔だったな。

まるで、あの時に送られてきた写真のよう……。


と、ふと重大な事実に気が付く。

幸せそうな茜の笑顔、隣にはすらっとした体形の男。



「いや、俺から茜を寝取ったの、俺じゃねえか!!!?」

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