続 3話

 

 アイドル体育祭、最終的にはディアラブがいた赤でもなく、クーピードゥの黄色でもない、青組が全員大玉転がしにて逆転優勝をした形で終了した。

 

 ただ、そんな勝敗はもはやどのグループも、ファンも少しも気にしておらず、楽しいファン感謝祭になったと思う。

 そして、何よりも伶匠的には、もう一つ嬉しかったことがあった。

 

「学さんの手作り……!」

 

 その手には使い捨ての弁当箱と、海苔が巻かれた大きい三角おにぎりと卵焼き、ウィンナーが入っている。そう、これはお弁当。

 しかも、ディアラブメンバーがそれぞれ作った弁当で、この大きいおにぎりは学が握ったものだ。

 この弁当は、元々ディアラブのファンである「トゥラブ」のお昼休憩用として作られたもの。

 

「ううっ、うれしい」

「よかったですね、レイ兄さん」

 

 カナデは呆れ顔でレイを見つつ、自分たちの作ったランチボックスのサンドイッチを食べる。

 ファンのお昼休憩用の弁当を用意したのは、クーピードゥも同様。サンドイッチとチューリップ唐揚げ、ポテトサラダのランチボックスを、レイも一緒に作っていたのだ。

 

 それを、伶匠は学と自分のを交換して、手に入れたのだ。

 

 帰りの車の中、伶匠は思ったよりも大きいおにぎりを頬張りながら、その味を噛みしめる。胡麻とおかかの味が海苔の風味と混ざり合う。

 

(学さんに、おにぎり美味しかったって伝えよう)

 

 そう決心をしつつ、残りのおかずも平らげていく。

 

 さて、思いで溢れる体育祭から二ヶ月後、伶匠はマネージャーと共に今ディアラブの所属する事務所に訪れていた。

 クーピードゥの小さな事務所とは違い、ディアラブが所属する事務所は中堅。建物も設備も、伶匠がパッと見た範囲でも、 比べ物にならない程充実していた。

 

「伶匠! あ、マネージャーさんもお待ちしておりました」

 

 辺りをキョロキョロと見渡す伶匠を、待ってたとばかりに駆け寄ってきたのは、勿論ここに呼んだ張本人である学だ。

 

「学さん、今日はよろしくお願いします」

 

 かっこよくシックに黒尽くめで服を決めてきた伶匠、そして、ホワイトデニムのジャンバーとパンツに白のタンクトップを着て、アクセサリー少し多めに着けた学。

 

「ああ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 お互い畏まっての挨拶。なにせ、今日は挑戦的で最高な仕事をしに来たのだから。いつもの、遊びとは違う。

 

 今日一日で、

 

 気概だけではない、見た目もまた違う。

 

 天使のような伶匠が悪魔のような服を。

 悪魔のような学が天使のような服を。

 

 今回の曲名は、「怪物」。

 天使も、悪魔も、人から見たら怪物だ。

 その怪物の叫びと、怪物になってでも、この音楽に食らいつく姿を書いた歌。

 

 

 たしかに見慣れないせいか違和感はあるが、新たな魅力として開花する手前だと、二人は確信していた。

 

 そして、準備をして、レコーディングスタジオに入る。中には動画サイトに投稿するメイキング用の機材を調整スタッフが既に降り、皆一様に伶匠に挨拶の言葉をかけた。その後、後ろのソファでレコーディング前の確認を始める。

 

「とりあえず、俺のラップについては事前でレコーディングしたのが入ってる。仮歌はうちの事務所で一番上手いやつにに頼んだけど……」

「色々アレンジとか考えてきたんで、そっから調整しようかなあって」

「さすが、歌に関しては確実に伶匠のがセンスあるから頼るわ」

 

 伶匠が何度も聞いたデモテープ。

 自分のぱーとを自分以外の人が歌ってるなんて、伶匠の心のなかでメラメラと嫉妬の炎を燃やしてしまったが。

 

 それでも、この曲が成功すれば、もっと学と居れるようになるのだ。

 

「伶匠、始めるぞ」

「大丈夫です」

 

 曲が流れる。賛美歌のような美しい曲調に悪魔のコード? 音列を混ぜ込み、不穏という厚みをもたせた伶匠のパート。絶妙なバランスの上に成り立った音たちは、作るのを手伝った伶匠でしか曲を掴み取るのは難しいだろう。

 

 聴こえたやつ、全員魅了してやる。

 

 収録用のマイクスタンドの前、目つきを変えた伶匠は、すぅっと、空気を吸った。

 

 二人で何度もリテイクした。伶匠もまさか自分がこんなにも欲深いなんて、と一人で驚くくらいには学にもレコーディングのリトライを促した。

 そして、学もまた何度も伶匠に「もう一回」を言い続けた。

 

 そして、レコーディングは終わり、次のMV撮影の本番に向かう。事務所と同じビルのためエレベーターを上がり、最上階にある撮影スタジオへと向かった。

 そしえ、受付を通り、撮影スタジオに入ると、既にヘアメイクや撮影スタッフ数人が準備を終えていた。

 

「すごいですね、学さんの事務所。スタジオまであるなんて、」

「まあ、うちの事務所的にはここも一つの儲け要素だからな……」

 

「おはようございます! レイさん、マナさん、ヘアメイクお願いします!」

 

 入口にいた二人に気づいたヘアメイクの女性が、挨拶をしながらこちらに呼ぶ。たしかに、話し込むほど時間はもうあまりない。

 

「伶匠、行くぞ」

「学さん、勿論です!」

 

 それから少しして髪型と化粧を直した二人の撮影が始まった。白いもや模様があるグレーバック、その前に互いに向かい合わせで置かれたマイク。二人はそれぞれの位置へと立った。

 

 いつもなら二人にある身長差は、伶匠が厚底とシークレットブーツを履くことで、5センチ差まで縮まっている。

 

「伶匠とこうして目が合うの不思議だな」

「これから伸びて、それが普通になるんで楽しみにしててください!」

「ああ、楽しみにしてる。」

 

 思わず出てしまっただろう素直な学の言葉に、伶匠は少しだけムキになって返した。まだまだ、大きい身長差、それは伶匠にとって一つの壁。今一度眼の前の人を見る。マイク越しでも、目の前に学の顔がある。

 

(このまま、マイクごと押し倒せば、キス出来そう)

 

 そう、このまま、マイクもマイクスタンドも、それごと前に倒れてしまえば。

 

 

「撮影スタートします」

 

 ハッと他人の声で、伶匠は現実に戻された。

 開始の合図を出したのは、今回のミュージックビデオを担当する監督だ。

 

「はい」

「はい、お願いします」

 

 二人は監督に返事をすると、監督の声によりカウントが始まる。

 

 3、2、1

 

 カンッ。カチンコが鳴った。

 

 

 何度も、何度も、リテイクする。最終的にはマイクスタンドを取っぱらい、マイクと二人だけの世界。

 

 二匹の怪物が、一つの音楽を貪り、奏でる。

 

 学のラップには怪物であることを喜ぶライムを、学の歌には怪物になってしまった悲哀と狂気を。

 

 俺たちが、怪物だ。と、世界に知らしめるために歌い続ける。

 

 学はその圧倒的な伶匠の歌声に、魅了され続ける。天使のような声と言われているが、この歌ではすべてを魅了する別の怪物のようだと思う。そんな彼をこの曲で魅せつけることができることを、学は心の底から嬉しい。

 

 時間ギリギリまで続いた撮影は、最後のシーン撮りのみ。最後、怪物同士がお互いの検討を称え合って終わるシーンだ。

 

 最後のワンフレーズを、二人で歌い、その後はそれぞれが思うままに。それが良くなかったのか、良かったのか。

 

 既に喉から血が出そうなくらい歌い尽くした伶匠の脳は、酸欠気味であった。そして、学も連日の曲の調整や仕事で疲れが溜まりに溜まっていた。

 

 ワンフレーズ、バックに歌もない二人の斉唱。スタジオに荒々しくも力強く響く。

 

 終わる、あと少しで終わってしまう。

 

 伶匠は、その終わってしまう焦燥感からか、正直何も考えず本能のまま容赦なく抱きしめに行く。

 そして、学はその伶匠を受け止めた。抱きしめて終わると思っていた。

 

 しかし、その次の瞬間学の唇を、伶匠の柔らかな唇が奪ってしまった。スタジオのスタッフも急転直下の事態に誰一人も動けない。

 

 そして、一番最初に動いたのも伶匠で、まだ硬直している学から顔をゆっくりと離した。

 

「学さん、大好きです。これから覚悟しててください」

 

 熱に浮かされたままの言葉なのか、学はあまりのことで分からなかった。

 けれど、それにしては伶匠の表情は、随分腹の決まった男の顔をしている。

 

 短いキスの時間、でも、伶匠にはやってしまったことに対して、腹を決めるには丁度良い時間だった。

 

 学はそんな伶匠の本気を感じ取ったのだろう。思ったより柔らかく微笑むと、抱きしめ返す。

 

「覚悟も何も、俺はずっと伶匠が好きだぞ」

 

 

 

 

 

 二人が作り上げた「怪物」。

 歌唱力も、ラップも、トラックメイクも、全てがとんでもない「怪物」になった。

 そして、なによりもMVのラスト、「二人がキスするかしないか」で終わる衝撃に、世間は賛否両論あれど大反響である。

 

 まさに「次世代の怪物」となった二人は、今。

 

「学さん! 俺、171センチになりました!!」

「おおー……たしかに、伸びてるな」

 

 学の家とも言えるディアラブ所属事務所の作業室に来た伶匠。事務所の壁の一つには、伶匠の身長を記録する線がいくつか既に刻まれている。

 

『怪物』のヒット以來、伶匠はまるで所属タレントのようにこの事務所に来ては、学とのユニットの仕事をしている。ユニット名は特に決めていないが、巷では『怪物』または『レイマナ』と呼ばれているので、それがユニット名になるだろう。

 

 勿論お互いが所属するディアラブも、クーピードゥも順調な活動をしており、比較的安定期に入ってきたところ。

 

 その前に立った伶匠に、学は一番最近付けた線と見比べた。

 

「絶対に学さんの視界に入るくらいには伸びます……! あと、筋トレもしてます……!」

 

 まだ小さい力瘤を作った伶匠。元が細いから筋肉を着けるのは難しそうではあるが、それでも筋肉を着けようと努力している。

 

「ははは、俺は今のままの伶匠でも好きだぞ」

「いえ! 目標は学さんをお姫様抱っこするんです! 18までには、絶対に、大きくなるんです!」

 

 18歳。それは、二人で決めたことだ。なにせ、まだ伶匠は未成年であるから。それまでは、この微睡みのような関係を続けようと二人で決めていた。

 

「なるほどなぁ、そしたら、100キロ近くは持ち上げられるようにならないとな」

「100キロ……いえ、もう、がんばります」

 

 意気込む伶匠の頭を、学は優しく撫でる。そして、伶匠は堪らず学の身体を抱きしめた。

 

 

 

 end

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