女神の苦悩
いかづち1
世界の管理者
女神の仕事は世界の管理だ。世界に破滅をもたらす害悪を排除するのが彼女の使命だ。
彼女には制約がある。決して表に出ないこと。表に出てしまっては手を差し伸べてしまいたくなるから。自分の存在を悟られないこと。期待されてしまっても全て救えるわけでは無いから。個人の願いに耳を傾けないこと。誰かの願いは誰かの幸せを奪いかねないから。この制約を破れば彼女は世界の管理者たる女神の力を失うことになる。それはすなわち世界から管理者がいなくなることを意味する。
「魔王討伐のために力を与えた勇者が暴走しますか。圧政が続き大地がやせ細って資源不足で残りの資源を巡って勇者が作った王国と反乱軍で戦争。どちらが勝っても戦争で消費した資源が致命傷になって滅亡は免れないですか。」
女神は未来の世界の危機を知らせる観測データを手に取ってつぶやく。
「となると早めに勇者には退場していただかないといけませんね。新たな王には資源を活かすノウハウが必要ですか。となると大地に恵みを与えられるエルフに頑張ってもらうしかないですか。」
女神は勇者の王政を終わらせられそうな人物のリストからエルフの血を引く者を探す。
「地方に住む人間とのハーフエルフですか。この人物に勇者に匹敵するカリスマ性を授けましょう。」
女神は新たに生まれてくる子供にギフトを授ける。これで新たに生まれてくるハーフエルフの少年は恵み豊かな国を作る力を手に入れた。
「あとは彼が勇者の国と決別する理由が必要ですか。彼の住む村の近くを彼が物心つく頃に飢饉に陥るように設定しましょう。国からの救済は無く彼が力に目覚めるまで苦しい状況が続き、彼は英雄扱いされる。これで問題は解決ですかね。」
こうして女神は破滅への道を1つ解決する。
「次は東の果ての村でデスパレードの発生ですか。それにより東の大都市が壊滅、大量の難民が発生することで治安が悪化。各地で景気が悪くなり、経済状況が悪化して反乱が多発。統治者無き時代を迎え人類は衰退。」
次の観測データを見た女神はうんざりした顔をする。自ら首を絞めてどうするんだという気もするが基本的に目先の利益しか考えない人類ならこうなっても仕方ない。
「しばらく東側に実力者が出てませんでしたか。ある程度魔物が間引けるように実力者を何人か準備しなければいけませんね。」
デスパレードが発生しないように戦闘に恩恵のあるギフト持ちを果ての村の周辺に3人ほど生み出す。これでデスパレードになるほどの魔物が溜まる前に対処できるはずだ。同時に東の大都市の東側に小さいダンジョンを生み出す。これで東側で冒険者たちが活性化し、ダンジョンが攻略されたあとは稼ぎを求めて魔物たちが駆逐されていくはずだ。
「大嵐を引き起こす戦略級魔法の開発により豪雨災害が多発、文明が滅亡。バカじゃないの?」
新たに出てきた事案を目にして女神は人間の愚かさに呆れる。勇者は女神が力を与えた存在が暴走した結果であり、外から干渉した結果だ。力を持てば人間が判断を誤るのはしょうがない部分もあり、干渉した側が彼らを責めることはできない。しかし、自ら終末装置を作り上げてしまうのは話が違う。
「なんで自分たちの力で自分たちの世界を滅ぼしちゃうんですかね。」
人類を愛する女神は悲しそうにつぶやく。この仕事をしていれば人類が暴走することはわりとよくあることだ。人間は危うさを持つから愛しいのだとも思うのだがそれでも自ら滅びの道を歩もうとすることには悲しさを覚えずにはいられない。
「とりあえず、この魔法の開発者たちには流行病で亡くなってもらうしかありませんか。」
世界を救う立場のはずが世界を守るためとはいえ、命を奪う立場になることはとても不本意だ。それでも多くの人を守るために彼らには犠牲になってもらわないといけない。
「すみませんが世界の犠牲になってください。」
女神は断腸の思いで彼らを亡き者にする準備を整える。何度目になるかわからない命を絶つ決断。この罪悪感を忘れないように、もう二度とこのような決断をしなくていい世界を作ろうと心に誓って。
「わたしは優れた神ではないのでしょうね。」
仕事を終えた女神は一人つぶやく。毎日多くの問題が観測され、その解決に奔走する日々。自分が管理する世界はとても不完全だ。もっとうまくやれたんじゃないかと女神は考える。
もしも完全な世界なら管理者など必要ないのだが女神はそれに気がつかない。彼女にとって管理者がいることが当たり前だから。神だって完全では無いのだ。
「過ぎたことを考えていてもどうしようもありませんね。これからはもっとうまくやる。今までの失敗を活かしてもっとうまくやってみせる。」
それでも女神は前を向く。もっとよりよい世界を目指して。それが管理者の仕事だから。
これが女神の日常。人知れず世界を救う世界の救世主は何度目かわからないくらい世界を救う。
例えそれで自分が救われなくても愛する世界のために。
女神の苦悩 いかづち1 @ikaduchi1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます