第50話 現実



『いよっ!! "私の"狂人く~ん!! 聞いたよ聞いたよ~? 早速やらかしちゃったんだってぇ~?』



 黒い高級車で颯爽と表れた黒岩薙獲。

 余程急いだのか、停車時のブレーキ音が凄まじかった。


 彼女は車から降りると、両手を高く振りながら小走りで駆けて来る。



『お、お前に用があるらしいな。じゃあ俺達は下がってるわ』


『ま……またねぇ、ヒトリっち』


「えぇ、そうですね。早く逃げて下さい」



 そして自衛隊員達と山口さん、そしてミルキーさんまでもが彼女が近付くと入り口から離れて行った。


 その気持ちは痛いほど分かる。

 この前に少し会っただけで、彼女がどんな存在かは十分理解できたからな。


 だから犠牲になるのは俺一人でいい。

 そして彼等が無事に入り口から離れると同時に、狂った女が遂に辿り着く。



『うっわ、キモイ虫が死んでる。へぇ、これが蝶の限定種? 確かに他じゃ見た事ないなぁ』



 入り口の外へ運び出された蝶の死骸に気付くと、黒岩薙獲はジロジロそれを眺めた。


 だが、数秒程で不意に興味を失い、また此方に視線を向ける。



『へっへ、やったじゃ~ん。超人化したんだってぇ? 今夜は赤飯でも奢ろうか?』



 まるで甥が受験に合格した時に訪ねてきた叔父さんみてぇな口振りだな。



「奢るならA5ステーキ肉を此処に居る人数分下さいよ」


『おーけーおーけ!! いいよぉ、お姉さんが奢っちゃる!!』



 少し離れた所でそれを聞いた自衛隊員達が『マジ!?』『やった』と小声で騒ぎ立てる。大声を出さない辺り、まだ理性が働いてるみたいだ。


 それはともかくとして、この人は此処に何しに来たのだろう?



「黒岩さんはどうして此処へ? 蝶の回収ですか?」



 俺の言葉を聞くと黒岩薙獲から笑みが消え、陽気な雰囲気が殺気を帯びたソレへと変貌した。


 思わず一歩下がろうとするも、体と脳が困惑して動かない。



『は……? チエって呼びなよ』



 ガチ切れ寸前の調子で言われた。

 瞬時に瞳孔が開いてるし、とても正気に見えない。


 俺は慌てて訂正する。



「ち、チエさんはどうして此処へ?」


『理由の第一は純粋にお祝いに来た、理由の第二は蝶の値段交渉と回収、理由の第三が政府と君との契約を世間に発表する際の口裏合わせ、第四は今後に向けての話し合いだね』



 チエさん、そう呼ぶと直ぐに正気に戻った。

 急に落ち着くなよ、怖いよ。何処に地雷があるか分かんないよ、この人。



「優先度に少し疑問がありますが。まぁ、理由は分かりました」



 色々やる事があるんだ。

 何だか、ダンジョンの探査より疲れそうで内心ゲンナリする。



「と言うか、少し……いや、かなり性急すぎません? 俺が超人になったばかりだってのに、総理が記者会見するやら、チエさんがお祝いに来たりとか……」



 少しは休ませて欲しい。

 激戦の後でかなり疲れてるんだからさ。


 家族サービスで行った遊園地の帰りに車を運転してるお父さんみたいな気分だぞ。


 けれどそうした俺の疲れにも構わず、黒岩薙獲は『ケラケラ』と悪魔みたいに笑いながら口を開く



『くくく……! それだけ衝撃的だったって事さ。身体能力の向上と異能の目覚めが同時に発現した例は今まで確認されて無い。まぁ、あくまで日本では……と言う話だけどね。GD9に属する他国が自国の戦力を隠す意味合いで、そうした特殊な成長をした超人を公表してない可能性はあるから』


「そんな事するんですか? GD9は良好な関係だと思ってたんですが……」


『今は良好だけど、何時険悪になるかは分からないだろ? そもそもGD9の間で戦争が勃発すればアタシ達超人は間違いなく召集されるだろうし。そうした警戒はしておくに越した事は無いっしょ』



 そこ等辺の話は壮大過ぎて付いてけないな。

 とは言え、そうなってくると一つ疑問が出てくるぞ。



「だったら、何で日本は俺が特殊な成長をした事は素直に発表するんですか?」


『そりゃ奥多摩の事は何時までも隠し通せないからだよ。地震の頻度も少なくなってきてるから、奥多摩の完成も近い。だから今はまた少し世間で此処が注目され始めてるんだよね。だったらもう、全てバラしちゃおうって決めたのよ。新種の事とか、君が限定種を仕留めた事とか、特殊な成長をして、そうしたと政府が契約してるってね』


「んん……俺が知ってる日本政府と、何かイメージが違いますね」



 もっとこう事なかれ主義と言うか、そうした大胆な事はしない国だと思ってたよ。


 そうした俺の疑問の声に対し、黒岩薙獲は『パチッ』と一つ指を鳴らしながら答えた。



『その理由は君に発現した「自己再生」の異能が後押しになったのさ。アレは凄いよ、マジで生存能力が高まるから。日本政府も君が特殊な成長をし、更には自己再生の異能に目覚めた。それを聞いて君が容易に死なないと確信して、賭けに乗る気になったって訳だね』


「そんなに凄いんですか……? 自己再生って」


『そんなに凄いんだよ。ダンジョンの深部を探索する時は自分のチームに他者を治す癒し手の異能持ちを入れるか、自己再生能力を有した奴を前に出し、そいつを盾兼囮にする様な戦い方をする事が必須に近いからね。現実にはゲームみたいな即効性のからさ』


「あ、やっぱりそういうのって無いんですね」



 ダンジョンでは様々な新素材が発見されている。


 けれど、そうした素材を利用して『ポーション』的な物が作れたと言う話は聞いた事が無く、ちょっとした医療薬程度の開発に成功したとの話しか聞いた事が無いのだ。


 そうした回復アイテムの開発に成功したとしても、GD9が秘蔵して探索者だけに使用してるのでは? と世間では疑われていたのだが、今の黒岩薙獲の話を聞く限りでは『そんな便利な回復アイテムは無い』らしい。


 つーか、そんな便利なアイテムがあったのに、政府が惜しんで俺に支給されてない事実があったらブチ切れるわ。


 そして、黒岩薙獲は俺の反応に頷いてソレを肯定した。



『うん、無いね。だから癒し手と自己再生の異能持ちは探索者の必須キャラとして引っ張りだこになるねぇ。大金をチラつかせた引き抜き行為とか横行してるし』


「つーか、って話も初めて聞いたんですが」



 話を聞く限りでは他人の傷を癒せる異能らしいが、世間でそうした異能を駆使した医療行為が行われてるとは聞いた事が無い。


 俺が世間知らずと言う話ではなく、これは明らかに隠されてる部類の情報なのでは?


 と言うか、さらりと俺の前で機密を色々と暴露してんな、この人。


 そして俺の問い掛けを受けても隠す事もせず、また彼女は口を開いた。



『そりゃ、そんな異能があるって知られたら世界が大騒ぎするだろ? それに癒し手だからと言って医療行為を押し付けられる可能性があるし、癒し手なのに何もしないで過ごしていたら、世間に非難される恐れもある。そして何より、医者達の飯の種を奪う事に繋がる可能性が高いからねぇ。そうした面倒を避ける為に、癒し手と言う異能の存在は秘匿されているのさ』


「……まぁ、自分にしかできない事だからやれ。って言われる事の辛さは俺にも分かりますし、その話は理解できますよ」



 俺だって似た様な立場だ。

 この奥多摩で新種を狩れるのは俺しか居ないから、色々と面倒な事になっている。


 その事を思えば、癒し手の異能持ちが秘匿されるのは当然の事だろうと思う。


 人の命も大切だが、善悪だけで語れる問題じゃないんだろうな……コレは。


 しかし、お偉いさんだけが癒し手の存在を知ってるって事は、何かしらのトラブルが起きれば自分達だけに癒し手の力を利用しそうだが……。


 まぁ、そこ等辺に深く切り込んでも得しない話なので、スルーしておこう。


 だが、『癒し手』と言う存在の話を聞いて更に疑問が一つ湧いたので、それを聞いておく。



「だったらその……此処に癒し手の人が派遣されてても良かったのでは? そうしたら俺が怪我をした時に傷が治せたんでしょ?」


『それは無理だね、何故なら傷を癒すには傷口に触れる必要があるから。だからなのさ。接触して異能を発動させるアクティブ型だね』


「あぁ……そうなんですね」



 俺はその言葉を聞いて心底安堵した。


 政府が渋っていたとか、俺を見放していたから癒し手を派遣してなかった、と言われるよりはマシだからだ。


 この奥多摩ダンジョンは俺以外の侵入者を拒むし、癒し手による治療は不可能だったと言う話である。


 一旦話が落ち着くと、俺は少し気後れしながらも黒岩薙獲に向けて頭を下げた。



「えーと、チエさん。その、貴女のアドバイスが蝶との戦いにおいて役に立ちました。……だから、本当にありがとうございました」



 あの時、彼女の言葉が脳裏に浮かんだ。

 それが起爆剤の一種となり、俺の怒りと共に反撃の開始を告げる切欠となったのである。


 なので俺は素直にお礼を言い、そして頭を上げた。

 すると黒岩薙獲は半笑いで少し頬を赤く染め、口角の端をヒクヒクさせている。



『やっば……ときた』



 言って、黒岩薙獲は唇から零れそうになった唾を啜った。


 と言うか、ジュンときたって何だよ。ときたとかじゃねーの?


 彼女は熱に浮かされた視線でジーっと俺を下から上まで眺め、ポツリと呟く。



『惜しいなぁ、境界線さえ無ければ私がもっと凄いお祝いを個人的にしてあげたのに』


「良かったです、境界線があって」



 だからマトモな目をしてねぇよ、この人。

 もし俺が此処から出れたとしても無事に済む気がしない。出ない方がいいのかもな。


 黒岩薙獲は『はぁ~』と深い溜め息を零し、何とか気を取り戻した。



『えーと、まずは蝶の回収ね? 死体を運ぶトラックと回収人員はあと少しで現地に到着するから、パパッと今の内に値段を決めようか』


「チエさんはこの蝶ってどの位の価値があると思います?」


『んあ? いや、知らないよ。私が仕留めた訳じゃないし。まだ何も調べてないからねぇ。だから其処は君のプレゼン次第だよ? どんな相手だったとか、目立つ特徴とか教えてよ』


「目立つ特徴……は特に頭が良かった事ですね。えっと、前に山口さん達にも話したんで既に聞いてるかもしれませんが……」



 其処から俺は蝶との出会いから最後までを語った。


 ――まず初めて相対した時は此方の遠距離攻撃に警戒し、去った。


 ――二回目の遭遇では、砂地の殺し場を利用している時に現れ、通路の奥から砂を巻き上げてきて妨害してきたが、何とか隙を見出して此方がダメージを与えたんだったな。


 そして決着を見た最後の三回目だ。


 階段を下りて直ぐのT字路で奴は俺が使用してたガラス片を全て回収し、俺がそれに気を取られてる間に蝶が天井から奇襲を仕掛けてきて、接近戦での最終決戦が始まり、とても不利な状況になったこと。そして後ろに下がり続けていると、十字路に蝶が仕掛けたと思われるガラス片が敷き詰められており、絶体絶命のピンチとなった。が、其処で俺がチエさんの言葉を思い出し、そして己の怒りを原動力にして攻勢に出て、一気に懐の中に飛び込みながら奥の部屋まで追い駆け、トドメを刺したのだ。



「とまぁ、こんな感じで苦戦した相手です。正直、とても厄介でした」



 俺がそう語り終えると、彼女はニヤニヤと笑みを浮かべていた。



『へ~ほ~ふ~ん? アタシの言葉が打開の切欠になったんだぁ? いやぁ、正直師匠の真似事なんて初めてだったけど、ちゃんと君の助けになったんだねぇ。良かったぁ、恥ずかしがらずに押し掛けておいて』


?」



 恥と言う概念がこのに存在したのか?


 思わぬ言葉を聞いて黒岩薙獲を凝視していると、彼女は照れた様に笑って俯いた。



『だって変じゃん? 一回しか会ったことないのに、相手を気に入ったからって変なお節介焼くなんてさ。アレでも緊張してたんだぜ?』



 時折男口調が混じるな、この人。


 正直とても意外だったが、実際にこの人のお陰で勝てたのだから感謝しても仕切れない。



「そう、ですか。まぁ、でも本当に助かったんで……ありがとうございます」


『……うん』



 後ろ頭を掻きながら感謝を告げると、黒岩薙獲は小さく返事をして押し黙る。


 場の雰囲気が妙な方向へ向きつつあるのを感じ取り、俺は何だか居た堪れない気持ちになった。



「それで、その……結局あの蝶のお値段は如何ほどになりますかね?」



 すると黒岩薙獲はパッと右手を前に差し出し、指を広げて見せた。



『五千万』


「ごしぇんまん!?」



 虹色魚×5の値段だと!?

 いや、確かに強敵だったけど、インフレが激しすぎじゃないか?



「ご、五千万って何を根拠にそんな値段にしたんです? って言うか、まだ交渉もしてないですよ?」


『根拠と言うか、理由としては明らかに第一層から出る敵のレベルじゃないってことがまず理由の一つ。いくら限定種とは言え、遠くから妨害したり、此方が仕掛けた罠を利用したり、とても普通のモンスターじゃない。こうした知恵が回る敵は本当に厄介だよ。それを一人で仕留めた君の苦労は計り知れない。だからまぁ、五千万が妥当かなって』


「そ、そうですか? と言うか、そういうのを全部一人で決めていいんすか?」


『アタシは迷宮庁のだよ? それに政府からも余程吹っ掛けられない限りは相応の値を出していいと言われてるしね。それに実際にダンジョンへ潜ってたアタシが付けた値だ。誰にも文句は言わないし、から』



 何とも頼もしい言葉だ。

 それに彼女の浮かべる表情は先程とは違い、とても真剣だ。茶化してる訳じゃないだろう。


 俺は別にこれ以上の値を期待する訳でもないので、その額に同意した。



「じゃあ、その……五千万でお願いします」


『うん、りょうか~い。振り分けはどうする? 君の口座に全部入れる? ご両親の口座に幾らか入れる?』



 そうか、俺が稼いだお金は両親に残す為でもあるのだ。


 これ程の額を俺が稼げたと知れば、両親も少しは安心するだろう。


 いや……むしろ『アイツ、奥多摩で何をやってんだ!?』と心配させるかな?


 そうした考えを浮かべつつ、俺は家族に受け渡す額を答える。



「あ~……じゃあ半々でお願いします」


『多すぎる。それでも送りたいなら、ご両親の分は五百万ぐらいにしときな』


「えっ?」



 俺の提案は無視され、黒岩薙獲はそう言った。

 彼女はとても真剣な表情で話を続ける。



『理由の一つとしては税金対策。あんまり高額を送るとそれなりの贈与税が発生しちゃうよ?』


「税金!? 税金が掛かるんですか!? ってか、贈与税って……」


『あぁ、でも探索者が素材売買とかで手に入れる額は既に迷宮庁を通し、そうした税の処理は済ませてるから安心しな。なにせ探索者は命を危険に晒して化け物と戦う職だからねぇ。みみっちぃ確定申告とかをやらせてたら国が批判を受けちまうし、探索者達の意欲を削ぐ形になる恐れもあるから、そこ等辺の難しい処理は全て迷宮庁で終わらせておくのさ』



 その言葉を聞いて俺は心底安堵した。

 未成年なのにそこ等辺の処理をするのかと思うと気が滅入る所の話じゃないからな。



「そ、そうですか。そりゃ良かった。けど、稼いだ額を家族に受け渡しすぎると贈与税は発生してしまう、と?」


『家族っーか、まぁその他の人諸々に受け渡すとそうなるね。まぁ、金を使うなら自分で使う方がやり易いだろうね。家を買うとかさ。私も都内にデケー家を建ててるよ。まぁ、あんまり帰ってないけどさ。金の力はすげーぞぉ?』



 そう言って片手で銭のマークを作り、『いっひっひ』といやらしく彼女は笑う。



「いや……家なんか買える状況じゃないですし、俺」



 俺は何とも現実的な話が出てきたなとゲンナリする。


 じゃあ、俺が今まで稼いだ額……と言うか、家族に振り込まれてたお金にも税金が発生してるのか?


 両親はそれに手を付けてないみたいだし、贈与税が発生しても支払えそうではあるが……ってか、支払ったのは俺だから、俺が払うのかな?


 そうした疑問が気になり、俺は直ぐに問う。



「じゃあ、俺の両親に支払われてたお金も税が発生してるんですか?」


『いーや? それは政府との仮契約の際に既に税が免除される様になってた。けど、君が自分の探索資金から金を渡せば、そうした贈与税が発生しちまう。って事だね』



探索資金、とは俺が政府との契約を結んだ際に開設されていた口座の金の事だろう。


ともかく、俺は何か面倒な手続きが必要なさそうでとても安心する。



「あぁ……政府にもそうした温情があったんですね」


『そりゃそうだよ。てか、何も言わずに高額渡して、後で税金の請求で君の家族が破産してたら世間受けが悪い所の話じゃないだろ~? まぁ、一部の性格の悪い奴等は喜ぶかもしんないけど』



 最後に言われた不穏な台詞は聞き流そう、あまり聞きたくない話だ。



「理由の一つと言いましたが、俺が家族にお金を送らない方がいい他の理由があるんですか?」


『あ~……まぁ、あんまり羽振りが良くなると見覚えの無い親戚とか来るようになるって感じ? だからご両親にほいほい金を渡してっと、変な奴等に付き纏われるようになっぞ。君は此処から出られないし、周囲には自衛隊の警戒網があるから別だけどさ。ご両親にはもうそんなに警備も付いてないし』



 更に現実的な話が出てきて驚愕する。

 大人しく俺に探索だけやらせてくれよ、嫌になってくるわ。


 とは言え、現実拒否しても現状は変わらない。

 俺は参った様に額に手を当てながら黒岩薙獲に尋ねる。



「でも、俺は既に数百万程を両親へ送ってて……。それにもし俺が死んだ時の為にも満足な額は渡しておきたいんですが。あ……! 事前に遺書とか残して置けば大丈夫なんですかね?」



 俺がそう問いを投げ掛けると、黒岩薙獲は不快そうに表情を歪めた。



『はぁ~? 君は死なねーよ、だから遺書なんか要らない。君の強さはアタシが保障する。あの蝶だって倒したじゃん。それに別に今まさにご両親が困窮してる訳じゃねーんだろ? だったら金の大半はヒトリ君が持ってて、君が其処から出たら家族の為に使ってやれよ』


「そりゃ理想として言えばそうですけど……」



 そんな俺の消極的な態度を見て、黒岩薙獲は瞬時に声を荒げた。



『理想じゃねーよ!! 現実になるんだよ! 君がそれを叶えるんだろう?! 一体どうしたんだよ?! こんだけハチャメチャな事をやっておいて今更マトモな振りをすんなよ!!』


「いや、そんな何処ぞの熱血男みたいに騒がれても困るんですが。あと、俺はマトモです」



 一体、俺の言葉の何処が気に入らなかったのだろう?


 そう困惑している間に彼女は次々と話を進めていく。



『決めた、今後は全て稼いだ額はとりあえず君が持っておけ!!! 君は装備の調達、情報、生活費にも金を使うんだから幾ら金があったって困らないだろ?』


「えぇ……?!」


『覚悟決めてんだろ? 其処から出るってさ。だったら変に保険掛けんなよ! ふざけんなよ、マジでぇ……!』



 黒岩薙獲は食い縛った歯の隙間から息を荒く零しながら大層ご立腹な調子だ。


 正直、何でそんなに彼女がカム着火インフェルノしたのかが分からないのだが。


 だが、それだけ俺の活躍に期待していると言う訳だろうから、無下にはできない。


 結局、俺は彼女の提案に頷く事にした。



「分かりましたよ……。じゃあ、それでお願いします」



 すると黒岩薙獲は『ふにゃり』と表情を崩した。

 彼女はパンと両手を叩き合わせ、ニコニコと花咲く様な笑みを浮かべる。



『うん、それでいいんだよ!! ご両親にはちゃ~んとこっちから君の事情を話しておくからさ、色々と金が必要なんだってな。だから心配すんなって、な? お姉さんに任せとけって! 家族が心配なら警察に言って警備も増強させとくからさ、ね? ねっ?』


「そ、そうですか。ありがとうございます……」


『なぁ~に、君と私の仲だろぉ?! 遠慮すんなって!! あはは!!』



 俺のお礼の言葉を聞くと心底嬉しそうに彼女は笑った。先程までの不機嫌ぶりが嘘みたいだ。


 こういう時はこの人の態度が凄く頼りに見える。凄い変人でもあるけど。


 色々と現実的な話は出てきたが、あまり気にしすぎ無い様にしないと駄目だな。


 この奥多摩を制覇するには、超人化しただけでは難しい。


 要は俺の気の持ちよう、やる気、そして戦い方で全てが決まるのだから。



 ――しっかりしないとな。



 そう気持ちを切り替え、俺は今後のダンジョン攻略に思いを馳せた。



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