第7話 デカイはヤバイ
俺が謎の鳥人間の死体を渡すと直ぐに山口さんは車に乗って何処かへ去って行った。
何時もは出掛けてもその日には必ず帰ってきてたのだが、彼が戻ったのはその二日後である。
俺は当然と言うべきか、初戦闘の疲れやらストレスやらで参っており、山口さんが出掛けている二日間の間は、入り口にある生活スペースで筋トレしながら大人しくしていた。
山口さんは戻ってくるとすぐに俺の居る生活スペースであるダンジョン入り口の壁際近くに寄ってきて、向こうから話し掛けてくる。
『よぉ、ちょっといいか?』
「はい……何かありましたか?」
正直、少し嫌な予感がした。
山口さんは大分俺と仲が良くなったから、あまり表情を隠す事をしない。
そんな彼がありありと『どうすっかな』と言わんばかりに額に皺を寄せているのだ。そんな有様では、誰だって嫌な予感をヒシヒシと感じてしまうだろう。
『あ~あのニワトリ人間……あ、正式名称は"チキンロングレッグ"ってのになったんだけどよ』
「正式名称……! じゃあ、やっぱりアイツは今まで何処のダンジョンにも居なかった新種なんですね」
渡された資料に記載されてなかったので『もしや』とは思ってたが、山口さんの今の言葉で一気に確信を持った。
彼は失礼にも話を遮った俺の言葉に対しても、気分を害することなく小さく頷く。
『あぁ、奴は新種だ。で、さ……実はダンジョンで新種が見付かるのは随分と久しぶりらしくてさ』
「そうなんですか」
『おう。ん~……それで言いたい事があるんだが……』
山口さんはそう言って暫く唸っていたが、突然小さく『よし』呟き、勢いよく頭を下げた。
『すまん! 単刀直入に言う! 頼む、ヒトリ! またダンジョンに潜ってくれないか!?』
そう言われ、俺は別に驚きはしなかった。
と言うか、あのニワトリ人間……チキンロングレッグが新種だったと言われた瞬間から、何となく予感はしていたのである。
俺は後ろ頭を掻きつつ、山口さんに尋ねた。
「それはつまり、またニワトリ……じゃないや、ロングレッグとやらの死体を持ってこいって事ですか?」
『それもある。あ、いや! もってくるのは奴の手足に生えてる爪だけでいい、他は要らないらしい。だがよ、メインはやっぱり奥多摩ダンジョンに他の新種が居ないかどうかを調べて欲しいんだと』
これは……正直困った事になった。
だって俺がロングレッグを倒せたのは運が良かっただけにすぎない。
なのに山口さん……と言うか、恐らく日本政府の指示だろうが、『チキンロングレッグの素材を集め、ついでに他の新種も見付けて来い』って言われても素直に頷けん。
そうした俺の渋る様子を感じ取ったのか、山口さんは慌てた様子で話を続ける。
『無論、報酬はあるぞ? お前がチキンロングレッグの爪を持ってくる度に、五万円をお前の家族に支給する。そして別の新種の死体を運んできたら、一体に付き日本政府が百万を支給する用意がある。ちなみに、既に新種であるチキンロングレッグの死体を持ってきた報酬として、既に百万をお前の家族に渡してある』
「えぇ!?」
突然の生々しい話に驚愕しかない。
モンスターの素材が高額で政府に売れると言う話は知ってはいたが、まさかこれ程の値段だとは。
ちなみに、今の俺は三日に一度の頻度で家族と連絡を取っている。
やり方は単純にスマホを入り口の外で誰かが翳し、俺がそれに向かって話し掛けるだけである。
プライベートが少し配慮されてないやり方で最初は少し戸惑ったが、色々と俺の世話をしてくれてる自衛隊の人達とは既に仲良くなったし、今はもう気にせずにそのままのやり方でやってる。
当初はもっと頻繁に連絡を取り合っていたのだが、俺と違って向こうは暇ではない。
父さんは仕事があるし、母さんは家事をする必要がある。
それに俺の近況に目立った変化も無かったし、必然と会話する頻度が減っていったのだ。
やはり最初は二人も困惑していた。
メディアが家に押しかけて来そうにもなったが、警察が何とかそれを止めてくれたらしい。
だが、父さんもずっと会社を休む訳にもいかず、母さんだって買い物やら近所付き合いがある。
外に出るとやはりマスメディアの相手をせざるを得ず、『何度かTVのニュースに出たぞ』と笑って報告してきた。
だが、俺の事が世間でどう論議されてるのかと問うと、やはり二人は言葉を濁す。
やはり世間は俺の事をあまり良くは思っていないのだろうと、その反応で直ぐに気付けた。
それもそうだろう。
俺がやってた事と言えば、ダンジョンの入り口でただ過ごしていただけである。
俺の警備をしてくれてる自衛隊の人達の給料や、俺の食事代だってタダではない。
最初は世間も同情的だったかもしれないが、二ヶ月近く経った今では何と言われてるか分かったもんじゃない。
しかし、黒岩の所為でこうなったとは言え、俺が家族に迷惑を掛けてるの事実だ。
だが、此処に来て俺が金を稼げるチャンスに恵まれたのである。
それに山口さんの要望は言い換えれば『日本政府の要望』だろうし、国家権力の要請を無下にするのも気が引けるモノがあるのだ。
それに俺が両親二人の生活を少しでも支援できるのであれば、やる気が沸くと言うモノである。
そう考えを纏めると、俺は力強く頷いた。
「分かりました……。またダンジョンに潜ってみます」
『そうか……すまないな』
「謝らないで下さい。これは正当な取引なんですから」
俺がそう答えると、山口さんは『子供に任せる事じゃねぇんだがな』と悲しげに呟いた。
山口さんは日本の国防を担う自衛隊に所属する人だ。
そんな彼が政府の命令とは言え、護るべき対象である子供にこんな依頼を持ってくるのは苦痛だろう。
その後、俺はダンジョンに潜る為の準備を済ませた。
とは言え、槍とナイフを装備するだけだが。
ただ、今回は道に迷った時の為に水と食料を入れたリュックを背負っている。それにもしロングレッグを仕留めたら素材を集める必要もあるからな。
「じゃあ、いってきます」
『おう、気を付けてな』
準備を済ませると、挨拶もそこそこにダンジョンへと潜る。
階段を下り、例のT字路に辿り着く。
俺はそのまま前と同じ道である左の通路を行こうとして……はっと気付く。
「……印が消えた?」
此処を通ったぞ! と言う意味で付けた二日前の×印が無い。
確かに付けた筈だと壁をジロジロと眺めたが、やはり見付からなかった。
「……ダンジョンは自然に、そして勝手に湧くモノだし……傷とか消えてしまうのか? ん……そういや血痕は何処だ!?」
俺は其処でようやく、ロングレッグを引き摺って出来ていた筈の血痕の跡が床に無い事に気付く。
慌てて階段の方に戻ると、階段には"跡が残ってる"。
「……どうにも不気味だな」
通路には一滴の血痕も落ちてない。
が、階段と言う"区切り"に到達すると血痕の跡は残っているのだ。
俺は改めて『ダンジョンには謎が多い』と言う事実を実感し、生唾を飲む。
「やっぱり止めときゃ良かったかな……」
とは言いつつも、足は自然と奥へと向かう。
前は山口さんの気苦労を少し減らすかと言う理由で此処へ来たが、下世話な話だが今回は自分の為に金を稼ぎに来た。
しかも提示された額も額だし、簡単に諦めるには惜しい。
漫画とかだと、俺みたいに欲で動くタイプは早死にしそうだが、そうは成らない様に気をつけよう。
消えると言ってもそんな直ぐに消えないだろうと思い、T字路にまた×印を残す。
と、其処で俺は少し考えを深め……直ぐ隣に一際大きな×印を残した。
もしかしたら傷の大きさで、傷が消える速さ等に変化が起きるかもしれないとの考えからだ。
俺が奥から戻ってきた時に小さい×印が消えていて、大きな印が少し残っているようならその考えは正しい事になる。
とは言え、そんなに深くは潜りたくはないんだが……。
「……今度は十字路か」
最初のT字路は左に曲がったので、この十字路も床に印を刻んで左に曲がる。
変に『右に行って左に行って』とするより、とりあえず今回は左のみ!! と言う風にしとけば迷い難いだろうとの判断からだ。
印が消えると言う不安定要素が無ければ、迷う要素も少なくなるのだが……困った話である。
だが、早い段階でその事実に気付けたのは幸運だろう。
『傷が消える』と言う情報を知らなければ、俺は戻る時に混乱し過ぎてダンジョン内を発狂しながら疾走してた自信がある。
――!
と、そんな事を考えていたら通路の奥から物音が聞こえた。
俺は少し考えてリュックを下ろして通路の端に置き、槍を構える。
リュックを背負ったままの戦闘は慣れてない。いや、普通の戦闘にもまだ慣れてはないのだが。
それにもし荷物を置いて逃げる事になったとしても、中に貴重品が入ってる訳でもないのだから惜しくない。
カサカサと何かカサつくモノが床に当たる音が聞こえる。
その音の正体に悩んだが、奥から出てきた姿を見て納得した。
『…………ギ』
「うへぇ……」
一言で言えば『カブトムシ』だ。と言うかもう、単純にカブトムシである。俺が知ってるカブトムシと違う点があるとすれば、サイズだろう。
俺の膝ぐらいの高さと、成人女性の肩幅ぐらいの横幅がある。
デカイ虫はヤバイと、何処ぞの格闘漫画で言っていた。
仮に奴等のサイズが人と同じであれば、アフリカゾウですら捕食するポテンシャルがあるのだと。
まぁ、その漫画は首に眼の神経があるとか適当ほざいてたので鵜呑みにはしてなかったが。
だが、こうして実際にデカイ虫と対峙してしまうと『虫はサイズ次第ではアフリカゾウですら捕食する』と言う話を信じてしまいそうになる。
その迫力、生理的嫌悪は凄まじいモノがある。
そして虫と言うのは生物の中でも『意思』と言うモノを感じさせない不気味さがあるのだ。
ロングレッグは同じ人型であり、俺と不意に遭遇した時に戸惑って見せた感情の『揺らぎ』が見えた。
だが、目の前に現れたカブトムシは何の意思も見せず、ただゆっくりと俺の方に向かってくる。
俺は必然的に何度も後ずさりしてしまい、気付けばカブトムシは俺が置いておいたリュックの真横を通り過ぎる。
俺が僅かに横に逸れたりすると、奴もソレにあわせて頭の角を向けてきた。
「どうやら……既に敵認定はされてるみたいだな」
そう呟き、唇を舐める。
俺は奴の動きに注意しつつも、何度か素早く後ろを振り返った。
ダンジョンでは多くのモンスターが居て、常に徘徊している。
それは常識であり、決して忘れてはいけない。
もしも今、俺の背後に別のモンスターが現れれば絶体絶命である。
俺は暫く逃げるか、戦うかで悩んだ。
なにせ虫と言うモノの生命力は侮れない。
手足が千切れても簡単には死なないし、平気で暴れてみせる。
一撃必殺を狙うにしても、奴の角が邪魔で頭部をピンポイントに攻撃できる自信も無い。
「よっ、と……」
俺は少し悩み……体を半身にして槍を構え、横歩きで素早く来た道を戻る素振りを見せてみた。
すると奴はなんと背中の羽を広げ、飛行の準備を始める。
だが、それが決定的な奴の隙となった。
カブトムシが飛行体制に入った時に、六本ある内の足の一番前にある二つの足を持ち上げたのである。
すると必然的に頭も少し持ち上がり、俺に向けていた角の角度が相手に突き刺す万全の角度では無くなったのだ。
更に言えば、カブトムシの殻が無い体が柔らかそうな下の部位も覗き見えたのである。
「今だァ!!」
実際には、本当にそれが『隙』かどうかは分からなかった。
だが、俺は自然とそれをチャンスと思い、一気に前に出て槍を無意識に突き出していたのである。
『ギッ! ギギ!!』
槍はカブトムシの顎の下に命中し、突き刺さる。
だが、それで絶命させるには刺さりが少し浅く、奴は空中で持ち上げられた形になり、足をバタつかせた。
だが、俺は構わずそのまま槍を押し出し、カブトムシを仰向けの形にしながら床に押し付ける様にして一気に槍を押し込んだ!!
『ギィィイ!!』
クソ、これは不味い。
奴は苦しそうにギーギー喚き、ダンジョン内に騒音を撒き散らしている。
他に敵が来る前に倒すべきだと判断し、俺は槍を手放してナイフを鞘から引き抜き、逆手に持ったそれを腹に突き刺して一気に引き裂いた!
すると『ギッ!』と最後に鈍い鳴き声を漏らし、カブトムシは徐々に足の動きを止め……死んだ。
不思議と罪悪感は少なかった。
と言うか、最初に倒したロングレッグの感情溢れる動きと比べれば、コイツの機械染みた感情の薄い動きは嫌悪すら沸く。
ただ、問題があるとすれば……。
「コイツを手で掴んで運びたくはねぇな……」
どうにも、虫の体にはあまり触れる気が起きない。
だから俺は刺した槍をそのままにし、それで持ち上げ、肩に担ぐ様にしながら帰る事にした。
リュックを背負い、素早く元来た通路を進む。
虫にしてはデカイとは言っても、人型だったロングレッグに比べればコイツの大きさは小さい方だ。
重さとしては十キロ……いや、十キロの米袋を背負った時よりも軽い感じがするから、八キロぐらいかもしれない。
帰りの途中では幸運にも他の敵には遭遇しなかった。
そして今回も比較的に早くモンスターと遭遇して倒せたからか、十字路もT字路の印も消えてはいなかった。
そうした確認も済ませ、俺はとっとと階段を上って行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます