第6話 獰猛な鳴き声



入り口から慎重に奥に進むと、階段があった。

どうやら俺は今までダンジョンの一階層目にすら居なかったらしい。


これを下った先が一階層目であり、モンスターが徘徊するエリアなのだろう。


俺が居た場所は本当にダンジョンの入り口の入り口であり、始まりの場所ですらなかったのだ。



「……警戒しながら過ごしてたのが馬鹿みてぇだな」



苦笑しつつ、槍を構えながら階段を下る。


入り口には無かったが、ダンジョンの中は彼方此方に謎の草が生えており、それが僅かな光を放って内部を照らしていた。


懐中電灯などの装備も無しでどうやって探索者達がダンジョンを進んでいたか疑問に思ってはいたが、こういう仕組みになっているのか。


暫くすると階段を下り終えた。

体感的には、結構降りた気がするぞ。


よく山の中腹にあるような神社の階段ぐらいを下った程度の感覚だろうか。



「……よし、結構遠くまで見渡せるな」



階段を下りた先は真っ直ぐの通路で、少し進むとT字路に突き当たった。


どうやら此処から右か左かを選んで進まないといけないらしい。



「さっそくと分かれ道かよ……」



俺は念の為、腰に下げていた例の『振ると熱を帯びる』ヒートナイフを抜き放ち、通路に×印を付けた。


この程度の傷はダンジョンの壁でもできるのだが、やはり深く刺そうとするとナイフは止まってしまう。



「どういう仕組みなんだろうな」



そんな疑問を覚えつつ、俺は通路を左に曲がった。


何処ぞの漫画のキャラの理論や、なんとかの法則はあまり気にしていない。別に俺はこのダンジョンを制覇しに来た訳ではないのだ。


あくまで今回の目的は俺の成長タイプを確認する為。


ゴブリンでもスライムでもいいから、とにかく何かを倒して確かめたい所だ。


まるで自分が血に飢えたサイコパスになったみたいで驚きである。


もしかしたら『超人』になれるのかもしれないのだから、僅かに気分が高揚しているのかもな。



――……!



と、不意に通路の先から何かが聞こえた。

俺は思わず腰を落とし姿を隠そうとするが、一本道の通路ではそれも叶わない。



『g……』



と、遂にその""が通路から姿を現し……俺は絶句した。


何故なら"資料に載っていたモンスターでは無かった"からだ、だが"見覚えはあった"。


赤いトサカ、黄色いクチバシ、白いモノに覆われた体と、発達した胸の筋肉、両の腕には翼があり、手の先からは鋭く尖った三本の爪が、そしてガッチリとした両の足は……真っ直ぐと伸びてその体を支えていた。



「にわ……とり?」



呆然と呟いたが、即座に違うと分かった。


何故ならコイツは人と同じ直立型の二足歩行だ。

そしてその体格もでかく、身長が百六十七cmある俺より少し低いくらいの身長の持ち主だ。



『…………』


「…………」



俺達は暫し見詰め合った。


俺は俺で『情報と違うダンジョンの敵』に混乱していたし、相手も相手で『何でこんな所に人がいんの?』みたいな雰囲気が滲み出ている。



「な、なぁ……おい!」



止せばいいのに、俺は何故か話し掛けてしまった。

相手が""と言う特徴の所為か、何故か人と接するノリで行動してしまったのである。


そして、それは間違いだった。

何故ならニワトリ人間は即座にその声に反応し、真っ直ぐと駆けて俺に飛び掛って来たからである。



「え、ぁ、や、やめろ!!」



俺は咄嗟に槍を突き出した。


それは上手く相手の胸に突き刺さる。だが、俺は愚かにも初めて感じた肉を貫く生々しい感触に怯え、槍を手放してしまう。



『グィイ!!』


「コケェじゃないのかよ?!」



予想とは違った相手の獰猛な鳴き声に、思わずそんなツッコミをしてしまう。


だが、俺は何とか後ろに下がりながら落ち着いてナイフを抜き放つ事ができた。


何故なら、相手は両膝を突き、胸に刺さった槍を震えた手で掴もうとしているからである。


どう見ても致命傷だ。

此方の有利は明らかであり、だからこそ余裕でいられた。


それによく見れば槍は深く刺さり、僅かに俯いた奴の背中から先端が突き出ているのすら見える。


奴は何度か槍を引き抜こうとしたが、奴の手は物を掴む事に特化してないのか、それは何度も何度も失敗に終わった。


そうこうしている内に槍を滴って落ちる血の量が増え、暫くすると真横に倒れて痙攣を始める。


そして徐々にその痙攣も頻度を少なくし、最後には完全にニワトリ人間は沈黙した。


俺は命を奪った罪悪感だとか、自分の命が助かった安堵やら、そして『情報が違うじゃん』と言う疑問で一杯一杯になり、暫くその場に立ち尽くす事しかできない。



「そう言えば、成長……は感じないな」



ふと、自分の体に変化が起きてない事に気付く。


早熟型であれば、既に成長を実感できているのだろうか?


そうでないと言う事は、俺は恐らく大器晩成型なのだろう。もしくはやはり男だから『素質』みたいなのが無くて、そもそも成長しない恐れもある。



「もういいや……今日は帰ろう」



何だかドッと疲れた。


俺は早々に退却する事を決め、ニワトリ人間を入り口まで引っ張っていく事にする。


これが探索者なら、こういう化け物を解体して素材を手に入れるのだろうが、俺にそんな芸当はできない。と言うかどれが素材になるのか分からないのだ。


それなら入り口に居る山口さんに死体を丸ごと渡してしまえばいい。


持って帰らない事も考えたが、こうした『成果』を渡せば政府から何かしらの命令を受けてる山口さんの気苦労も減るかもしれないし。


その後、俺はひぃひぃ言いながらニワトリ人間の死体を引き摺った。


一番大変なのが階段だった。

力を抜いた人型の死体と言うモノは、とてつもなく重いのである。


ダンジョンに入り、ニワトリ野郎を倒した時間は十分にも満たない時間だったと思うが、死体を持ち帰る作業は休みながら行ったので恐らく一時間は掛かったと思う。


とてもじゃないが、死体丸ごとを運ぶ作業はもう二度としたくない。


今度からは何処か体の部位を切り取って運ぶ事にしよう。


そうした事を考えながら、俺は遂に入り口へとたどり着いた。



「はぁ~……はぁー! 山口さん、情報が違いましたよッ!!」



入り口に辿り着いた瞬間、俺はそう怒鳴り散らした。


と言うか、情報どうこうよりも実際にはこの死体を運んできた疲労で苛立っていた割合のが高い。


その声を聞くと、入り口近くで自衛隊員達が張ってるテントの中の一つから慌てて山口さんが飛び出してくる。



『じょ、情報が違った!? いや、でも俺が渡された資料はアレしかなくて……って、なんだそりゃあ!?』



ニワトリ人間の死体を見ると余程驚いたのか、彼は腰に巻いていたホルスターからハンドガンを抜き放って構える。



「ちょ!! 止めて下さいよ!! こいつは既に死んでますし、そもそも弾丸は入り口を通過しないんでしょ?」


『あ、あぁ……そうだったな。すまん、少し驚きすぎた。だが……すげぇな! コレがダンジョンの中に潜むモンスターって奴か』



山口さんの驚きの声を聞き付けたのか、他の自衛隊員も続々と入り口に集まってくる。


するとやはり生でモンスターの姿を見た人は誰も居ない様で、驚いた口調で騒ぎ出す。



『え、ニワトリぃ?』


『それにしては足が長すぎやしないか……?』


『まさか、直立で二足歩行するのか!?』


『本当かよ……想像するだけで気持ち悪い』



とりあえず、俺はこのニワトリ人間の死体をダンジョンの入り口から蹴り出した。


基本的に俺の生活スペースはダンジョン入り口の左側に作ってあるが、こんな血生臭いモノを何時までの生活スペースの近くに置いておきたくはない。



「コイツの死体はそっちで好きに処理して下さい。何なら、見た目は鳥だから焼いて食ってみたら意外と美味いんじゃないですか?」


『嫌だよ、気色ワリィ。……ところで、コイツを殺して何か体に変化が起きたか?』



山口さんは俺の変化を気にしてる。

ともすれば、やはり政府からその件で何かしらの圧力を受けてたと見るべきだろう。


俺は頭を振り、素直に事実を伝える。



「いえ、まぁ特には何も感じません。大体の人と同じで俺も大器晩成型みたいです。もしくはやっぱり俺が男だから成長しない可能性もありますが」



と言うか、もし俺が早熟型だったとしても、たかが一匹の敵を倒しただけでも成長を実感できるモノなのだろうか?


流石に俺の成長具合を気にするのは早すぎると思うが、と内心で苦笑する。


とりあえず山口さんも『流石にそれはねぇよな』って感じで素直に頷く。



『そうか……分かった。と言うか、お前大丈夫か? 偶に探索者の初心者とかが、戦闘やら探索のストレスで心的障害に陥ってしまうパターンもあるが……』


「心的障害を負った奴は倒してきた死体を態々と引き摺って来て、そのまま外に蹴り出した直後に「食ってみろよ」とか言わないと思いますよ」



すると山口さんは『そりゃ確かにそうだわな』と言って大口を開けて笑い、周囲の人達も釣られて笑うのだった。



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