第5話 驚く程に長く退屈な日々
それからの日々は、驚く程に長く退屈な日々だった。
最初の頃は政府の指示とかで、自衛隊がダンジョン入り口の周囲の土を掘ったりして、何とか俺を救出できないかも試された。
だが、それも失敗に終わる。
何故なら基本として『ダンジョンの壁はある一定の深さから傷付かない』からだ。
どの様な素材、どの様な作りをすればそうするかは知らないが、ダンジョンは基本的に破壊不可能の場所なのだ。
まぁでも落胆はしなかった。
そうした情報は前々からネットで知ってたし、政府も当然ながら承知の上だろう。
こんなのはマスコミ対策の『やってますアピール』って奴だろうと、失礼ながら何処か冷めた気持ちでその作業を眺めていた。
俺は基本的にダンジョンの入り口から動かない。
そりゃ、やろうと思えばダンジョンの奥に行く事はできるだろう。
ダンジョンは俺以外の侵入者を拒むし、外の人が俺を止める術は無い。
だが、命の危険を覚悟で奥に進む理由も無いのだから、その選択をする気は無いのだ。
此処では基本的にやれる事はあまりない。
自衛隊の人が入り口にTVを置いてはくれたが、普通に番組を見せてくれないのだ。
恐らく、俺の事は世間で色々言われているのだろう。
下手に俺がそういう場面を見て精神的に追い込まれない様に配慮してくてるのだと思うのだ。でなければ、こんな措置は取らない筈だし
だからTVで暇を潰すとしたら、自衛隊の人に頼んで映画等のDVDをセットしてソレを見るぐらいである。
だが、そんな"作業"も二週間ほどで飽きた。何も俺は世界の名作を全て見たい訳じゃないのだ。
ダンジョンは全ての電子機器を無効化する、だからゲームはできない。
外にゲーム機器を設置できても、ゲームを操るコントローラーが俺の手に無いと結局意味が無いからだ。
声で操作する変な人面魚を育てるゲームとかもあるらしいが、凄く面白く無さそうだったので遠慮しておいた。
自然と、筋トレをする時間が増えた。
食っては寝ての繰り返しの自堕落な生活で、自分が駄目になってる事に気付いたからである。
鉄アレイ、バーベル、握力グリップ、そんな物も用意してもらって毎日トレーニングしていた。
勉強はしてない。
だって俺は恐らく色んな意味で世間で有名になったのだ。
今更学力を身に付けて大学に行っても、恐らく就活では生かせないだろう。
そもそもの話で言えば、高校を休み続けてる俺は高校を留年するだろうし。
偶に、自衛隊の人達が見知らぬ人達を連れてきてダンジョンに入れようとする試みが夜間に行われた。
集められた人材は男女混在だった。
驚くべきことに俺と同年代の人も居たし、小学生くらいの子も居た。
しかも明らかに一般人では無いと言うか……何となく『裏側の人間』みたいな感じがした。それは大人も子供だ。
だが、結果は全滅であり、誰も中に入れなかった。
『年齢も関係ないのか……』
と、呟いた謎の黒スーツを着た人の声が酷く印象的だった。
自衛隊とは別の組織が何かしらの実験を行っているのか?
恐らく、様々な方法を試そうと政府が試行錯誤しているらしい。
此処で長く過ごしている内に、自衛隊の人達とも仲良くなった。
最初の夜に俺に話しかけてくれた人は
彼はどうやら俺の世話をする責任者になったみたいだ。
基本的に四六時中入り口の近くに設置したテントの中や外に居るが、偶に此処から離れて何処かに行く。が、帰って来た時は酷く疲れた表情でいる事が多い。恐らく、政府に何かしらの指示を受けてるみたいである。何故なら……――
『なぁ、ヒトリ。どうせならダンジョンの中を見たいとか思ったりしないのか?』
と、まぁ……山口さんと会話をしていると時折に不自然な流れでそう言われるのだ。
最初の頃は全力で否定していた。
が、こうして色々と余裕をできてきた状態で問われると……『あぁ、恐らく政府の人に何か言われたんだな』と気付いてしまう。
不幸な事故で俺は『世界で初めてダンジョンに足を踏み入れた男』になった。
故に、政府は恐らく男の俺でもモンスターを倒して『超人になれるのか』だとか、そういう事が知りたいんだと思う。
モンスターを倒すと、探索者は『超人になれる』。
だが、人によって"成長速度"は別々らしい。
モンスターを数匹倒すだけで明確に成長する事を実感できる『早熟型』の人も居れば、数十匹のモンスターを倒してようやく成長を実感できたと言う『大器晩成型』の人も居る。
そして当然と言うべきか、前者の早熟タイプで成長していく探索者は希少である。
何故なら、大抵の人は殆どが『徐々に成長していく大器晩成型』の探索者だからだ。
だが、それで大器晩成型が前者の早熟タイプより劣っているのかと問われれば、そうでもない。
何故なら探索者と言う存在は、強力な異能に目覚めるパターンもあるからだ。
異能とはRPGで例えるなら『魔法』だ。
現代風に言えば『超能力』だとか、そんな感じの能力である。
異能には火を操るだとか、感覚が鋭くなるだとか、色々あるらしい。
それとは逆に『早熟型』は身体能力の伸びは良いが、異能に目覚めずに成長限界に達してしまうと言うパターンが多いらしい。
全く異能を覚えないと言う訳ではないらしいが、そもそも早熟タイプの数が少なく、明確に判別できる要素が無いらしい。
だが、政府の見解では『異能に目覚める素質』は早熟型も大器晩成も変わりないとの予測がされている。
ただ早熟型の数が少ないから、異能に目覚める早熟型の人が誕生するケースも少なく見えるだけとの話だ。
比率で言えば千分の一の割合で大器晩成型と早熟型に分かれているらしい。
異能に目覚める比率は千分の五十と言う割合だ。
だが、異能に目覚めたからと言って全てが役立つ異能であったり、強力である保障はない。
で、こうして長々と考え込みはしたが、要するに話の結論として言えば、だ。
『恐らく政府は男である俺がダンジョンの敵を倒して成長するのか知りたい』ってのが俺の推測だ。
そもそもの話で言えば、男の俺がダンジョンで成長するのかどうかも怪しいが。
「さて、どうすっか……」
山口さんは本当に良い人だが、俺だって命が惜しい。
だから何度もやんわりと笑顔で否定をしていたが、最近は少し好奇心が沸いてきた。
故に、俺はダンジョンの入り口近くで二ヶ月程を過ごしたかな、と言うくらいの時期になって自分から山口さんに尋ねた。
「山口さん、ダンジョンの中ってどんなモンスターが居るんですか? 少し奥に行くにしても、何の情報も無いってのはちょっと……」
すると彼は大慌てで資料を掻き集め、用意してくれた。
恐らく既にこうなる事を予期し、資料を前々から用意していたんだろう。
何処ぞのお偉いさんの思考に乗るのは気が進まないが、今まで無料で世話になっているのだから、此処で少しばかり政府に恩を返しておくのも悪くない筈だ。
暫くすると山口さんが戻ってきて、ホッチキスで纏められた資料を投げ渡される。
手にした資料にはモンスターの絵と情報が記載されていた。
『モンスターの姿は探索者の情報を聞いて、何処ぞの漫画家やら絵師に書かせたって話だ。何せダンジョン内にはカメラも持ち込めないからな』
なるほど、と頷きながら資料を回覧していく。
GD9はダンジョン内部の情報を制限している。
その一つがモンスターに関するソレだった。
どの様な種類が居るのか、どの様な生態なのか、群れているのか単独で行動するのか、と言った情報すら制限されており、一般には開放されていない。
偶にTVの生中継に出る探索者が迂闊に『炎を吐く奴とか居ましたよ』とか言って情報が漏れる時があるが、それでもネットは大騒ぎした程だ。
それ程までに情報統制されており、表にモンスターの情報が出てくる事は少なかったのである。
「やっぱ、スライムとか居たりするんだ……」
俺は用意された資料を回覧しつつ、そう呟く。
用意された資料の数は少ない。
恐らく、低層の階で出るモンスターの資料しか渡してくれなかったのだろう。
だが、それでも俺には驚くべき情報だった。
スライム、ゴブリン、ネイカー、ダークバット、コモドリザード。
『スライム』はダンジョン内の彼方此方に隠れているらしい。
天井、壁の隙間、足元に開いた僅かな窪み、そんないやらしい場所に潜んでいる事が多いとの事だ。体が酸の様な液体で構成されてるらしく、触れると危険らしい。弱点は無く、剣や棒でフルスイングして攻撃し、スライムの体を構成をする液体を弾き飛ばし続けていくと、その内に自壊して行動しなくなるらしい。
『ゴブリン』はダンジョン内を徘徊している。
子供ぐらいのサイズしかないが、その分小回りと素早い動きが特徴。低層の奴等は素手、もしくは石を手にして殴り掛かってくるぐらいしかしないが、深層に出てくる奴等だと武器を装備してたり、何かしらの異能を持ってる場合もあるらしい。
『ネイカー』はダンジョン内にある水場を住処とする種だ。
基本的に三、四体のグループで行動しており、鋭い爪と噛み付き、そして四速歩行特有の細かい動きで相手を翻弄するらしい。新人の探索者が相手にするには危険だとも記載されてる。
『ダークバット』はダンジョン内に存在する部屋の天井によく居る種らしい。
基本的に向こうから襲ってくる事は無いが、流石に目の前で寝たり気を抜きすぎると襲い掛かってくる。だが、こいつ等のイヤらしい所は探索者が他のモンスターと戦闘中だと、必ず積極的に襲ってくる事だ。
『コモドリザード』は低層で出るモンスターで最も危険な相手だと記載されている。
地を這う様に移動するから攻撃を当て辛く、それに見付け辛くもあるらしい。その癖、此方に攻撃してくる時は俊敏に飛び掛り、相手を押し倒して鋭い牙で正確に顔や首元を攻撃してくるのだ。
「この中で明確に雑魚……と言えるのはゴブリンぐらいか? スライムも結構めんどそうだし」
いや、ゴブリンも雑魚と侮るのも危険だろう。
なにせ俺は唯の高校生であり、超人ではないのだ。
しかも正規の探索者の人達と違い、何の訓練もせずに此処に来てしまったのだから。
『ヒトリ、奥に行くならコレを使え』
そうこうしていると、山口さんが何かを手に持って近付いてくる。
それは槍だった。
黒い柄と僅かに光る矛先、明確に突く事に特化した武器の定番である。
今すぐ奥に行くと決めた訳じゃないんだけどなと苦笑しつつ、地面を転がってきたそれを受け取った。
『剣とかの装備もあるが、素人には扱い辛いだろう。だが、槍なら素人でも何とか形にはなる』
「まぁ……そうですね。ちなみにコレはどんな特殊能力があるんです?」
『特殊能力?』
と、山口さんは不思議そうにする。
俺は以前貰ったナイフを腰から外し、掲げて見せた。
「ほら、コイツですよ! これは振ると熱を帯びるじゃないですか。だから、この槍にもなんかあるのかなって」
『あぁ……。ナイフの時は説明を受けたが、槍は特に何も言われなかったから何も無いんじゃないか? でも、僅かに矛先が光ってるから新素材が使われてるとは思うが……』
と、山口さんは首を捻る。
俺はその答えに少し落胆しつつ、槍を構えた。
俺は何度か槍で突く素振りを練習する。
だが、やはりナイフの様に熱を帯びたりする気配は無い。どうやら本当にタダの槍っぽいな。
本当なら今日はそうした訓練をしたかった所だが、あまりにも山口さんの熱い眼差しが俺に降り注ぐので、俺は槍の試しもそこそこに済ませて言う。
「じゃあその……少し奥を見てきます」
『あぁ、分かった。だが、気を付けろよ? 何かあったらすぐに戻って来い。なに、別に臆病だなとか言って、からかったりしないからさ』
「はい。じゃあ、"いってきます"……」
『おう、行って来い!』
久しく口にしてない『いってきます』を言葉にし、俺は山口さんの見送りの言葉を背に受けながらダンジョン探査の第一歩を踏み出した。
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