第4話 救助失敗



『君、少しいいかね!?』



ハッ、と意識が覚醒する。

どうやら気付けば眠っていたらしい。


声がしてきた入り口の方を向けば、迷彩服姿の誰かがライトで此方を照らしている。


ライト……もしかして外はもう夜になったのか?


色々と戸惑いつつも、返事をする。



「あ……はい、何ですか?」


多田 独理ただ ひとり君だね? 自分は陸上自衛隊練馬駐屯地所属の者だ』


「自衛隊……! き、救助に来てくれたんですか?」



一気に体が活性化するのが分かった。

突然湧いてきた希望に、自分でも予想外な程の歓喜を抱いてるのが理解できる。


だが、俺のそんな希望は即座に打ち砕かれた。



『いや、救助は失敗した……』


「へ……?」


『君が寝ている間に我々は中に侵入しようとしたのだ。だが、生憎と我々は中に侵入できずに弾き飛ばされた。同行してきた女性隊員も無理だった』


「ッ……」



軍隊の人でも入り口の突破は無理だったのか。

いや、そもそも突破できてしまった俺が異常すぎるケースなのだろう。


とは言え、じゃあこれからどうすればいいんだと言う絶望感が押し寄せる。



『とりあえず、物資は持ってきた。君が使うと良い』



言うと、入り口からダンボールがズザーっと押し出されて地面を滑ってきた。


俺は慌てて立ち上がり、中を確認する。

中にはペットボトルに入った水、そして幾つかの食料が見えた。


俺はそれを確認した瞬間にようやく喉の渇きを自覚し、震える手でペットボトルの蓋を開けて中身を一気に飲み干す。


空腹感もあったが、それを満たすよりも今は気になる事がある。



「あ、あの! 俺はこれから、どうしたら……」



自分でも余程情けない声だと分かる程の声量だった。


まるで縋る……否、正しく縋ったその声を受け、自衛隊の人は申し訳なさそうに答える。



『正直に言うと、どうしようもないと言うのが現状だ。今現在、この奥多摩ダンジョンは君以外の侵入者を拒んでいるのだから』


「でも、俺は……黒岩に突き飛ばされて此処に入っちまっただけなんですよ!?」



この人を責めても仕方ないと言うに、俺はそれを抑える事ができなかった。


だが、自衛隊員の人は大きく溜め息を零しながら頷く。



『あぁ、男が入れるダンジョンが遂にできたとか騒いでた子供だろ? 自分のお陰でその事実を発見できたとも"ほざいてた"な。オマケに彼はネットにそんなタイトルまで付けた動画まで投稿した。お陰で世間は今大騒ぎだよ。で、結局は男でもこのダンジョンには入れやしないときた。とんだ迷惑小僧だよ、彼は』


「お、大騒ぎって……お、俺の家族は大丈夫ですか!?」



ネットの怖さを知らない世代ではない。

なので慌ててそう問うと、彼はグッと何かを堪える様にしながら口を開く。



『あぁ……君のご家族は無事だよ。ただ、念の為に家の周囲に警察を待機させてる。暫く、外出はできないだろうが……それはご家族の身の安全とプライバシーの保護の為と割り切ってくれ』


「はい、それは……理解できます。文句なんてないです、ありがとうございます」



俺は言いながら安堵した。


ふと、気付いて懐からスマホを取り出す。


けれど電源は入らない、やはりダンジョンの特性で電子機器が使えない事に変わりは無いらしい。


しかし、それで良かったのだろう。

今の状況でネットの記事を見る勇気は無い。


その様子を眺めていた自衛隊の人は此方のそうした確認が終わると、続けて話す。



『日本政府としては……様子見と言う対応しか取れない。救助が完了するまで、我々は君に物資を供給し続ける。その間、君は入り口近くで生活しながら待機してほしい』


「それは……いいんですが、その……モンスターが襲ってきたら俺はどうしたら?」


『今までの例では、ダンジョンの入り口近くにモンスターが現れた事は無い。だが、もし現れた場合にも我々からはどうしようもない。こうした食べ物等の物資の持ち込みは可能ではあるんだが、高速な物体や、火薬などの通過をダンジョンは。つまり銃での援護も、爆薬による援護も不可能なんだ』


「そん、な……」



つまり、もしモンスターが今此処に現れた場合、俺はお仕舞いと言う事になる。


これまでに例が無いと言えど、そもそも男の俺がダンジョンに入れてしまったと言う異常事態が既に起こった後なのだ。何が起きても不思議ではない。



『だが、"刃物"等の武器や、防具は持ち込む事はできる。ダンボールの底を見てくれ、装備が入ってる』



言われて、俺は慌ててダンボールの中身を取り出していく。


水と食料を退けると、確かに底に鞘に収まったナイフと、服に鉄っぽいゴテゴテしたモノが仕込まれてる装備があった。


俺はそれを取り出し、自衛隊の人に見せる。

それを確認すると、彼は一つ頷いて次のダンボールを此方に滑らせてきた。



『それを着る前に治療した方がいい。とりあえず消毒は必須だ。今の君が何かしらの病に掛かった場合も、我々は手助けできないからな』



確かにそうだと思い至り、俺は慌ててダンボールから治療キットを取り出し、傷を負った場所に消毒液を使用していく。


だが、既に傷口が塞がりつつあったのか、あまり染みたりしない。


それでもしないよりはマシだと消毒液で傷口を治療していき、それが終わると服を脱いで渡された装備を身に纏っていく。


服は一見すると自衛隊の人と似ている。


が、各所にプロテクターの様に保護された場所があり、その素材が僅かに光り輝いていた。


それを不思議そうに眺めていると、自衛隊の人が解説してくれる。



『それは防衛省が開発中である装備のプロトタイプだ。三年後には、我々の装備がそれにコンバートされる。見て分かるかもしれないが、モンスターの素材が使われてるから防御性能は抜群だ』


「そ、そんなの俺に貸してくれるんですか?」


『君は自分が思うよりも重要な人物になってしまったと言う事実を自覚した方がいい。望む、望まなかったにしろ、君はダンジョンに足を踏み入れたなんだからな』



改めてそう指摘され、自分がとんでもない事件に巻き込まれたのだと実感が湧いてくる。


今度はナイフを引き抜く。

すると、それもまた僅かに光輝いていた。



『軽く振ってみてくれ』


「え? あ、はい。……はっ! え、えぇ!? なんだこれ!?」



ナイフを振ると、僅かに空中で



『そのナイフは高速で振ると熱を帯びて強く光る。それもモンスターの素材からできている。振り続ければ、とんでもない熱量になるから注意しろ』



凄い装備だ。


こんな装備が作れるともなれば、GD9の国々の経済が潤う理由にも納得がいく。


そう感心していると、自衛隊の人は俺のそうした様子に水を差すような言葉を投げかけて来る。



『だが、基本的にその装備は使う必要は無い。君はただ其処でジッとしていたまえ』


「も、モンスターが来たら使うんじゃないんですか!?」



そう驚きながら尋ねるが、彼はゆっくりと頭を振った。



『いいや、モンスターは"外には出れないのさ"。何故かは知らんが、奴等が"生きてる間"はな。後ろを見たまえ』


「後ろ……?」



背後を振り向くと、ダンジョンの奥に通じる漆黒が広がるのみで、何も見えない。



『あの奥に向かうと階段があるらしい。そして其処を下るとダンジョンの第一層になるのだが、奴等はどうやらこの入り口付近まで近寄っては来ないらしい』


「らしいって……」


『政府が行った""って奴だよ。生きてるモンスターを捕まえて、外に出そうとした時期があったらしいが、生きたモンスターが外に出た話は聞いた事が無いし、恐らく失敗に終わったんだろう。どういう理由で失敗したかまでは知らされてないが』


「はぁ……そうですか」


『とは言え、男の君が入り口とは言え、ダンジョンの内部に入ってしまったと言う事実はある。故に、奥多摩ダンジョンでは今までの常識やルールが通用しない可能性を考慮し、万が一の為に君に武器と防具を渡した。だが、こうして夜までモンスターが現れなかったのだから、やはり此処までは来ないとは思うがな』


「なるほど……確かに」



俺は今まで無防備に眠っていたが、こうして無事だ。

恐らく彼の言う通り、モンスターはやって来ない……そう思いたい。


そうして装備の確認といざと言う時の対策の話が終わると、彼は今後の予定を教えてくれる。



『衣服……は基本的に四六時中その装備を着ていた方が安全だ。だが、その服も三着程を用意をする。入り口近くに待機している自分達に渡してくれれば、洗濯もしてあげよう。下着の用意の手配も既にしてある。仮設トイレの箱も今夜中に持ってくる。だが、設置は君しかできないから慎重にやるといい。とりあえず、今夜の君が使う寝袋を用意したよ』



言うと、此方に寝袋を投げ渡される。


俺はそれを慌てて受け取るが、寝袋と自衛隊の人を交互に見詰める事しかできない。


するとそれを見た彼は苦笑し、任せろと言わんばかりに胸を叩いた。



『大丈夫だ、君の事は我々が此処から見守る。入り口の奥だけを照らす指向性のライトも用意するから、モンスターが現れたら直ぐに気付いて知らせる』


「は、はい……」


『その内、電源を引っ張ってきてTVなんかも見れるようにもするよ。風呂……も何とか入れるように工夫しよう。だからさ……頑張りな、少年』



最後は自衛隊員としてではなく、一人の大人としてエールを送ってくれた様に感じた。



「ありがとう、ございます……!」



俺はそれに深く頷き、腰を曲げて頭も下ろし、強く感謝を告げるのであった。



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