第3話 男が入れるダンジョン?



「多田……お前、なんで……」



黒岩が呆然とそう呟く。


俺もさっきまでの怒りはすっかり沈下し、ただ困惑したリアクションしかできない。



「し、知らねぇよ。てか、入り口の線引く所を間違ったんじゃねぇの? まだ未完成なんだろ、ここ? てか、足いてぇ……!」



怒りが静まると同時に足の痛みが強くなった。

俺は思わずその場に蹲り、軽く手でパッパッと傷口に付いた砂を払う。



「た、多田。いいから出て来い! ダンジョンは資格無しに入っていい場所じゃないんだぞ。こんなの見付かったら、責任者の俺がなんと言われるか……。ほら、ツアーガイドの人は列の先頭に居てまだ気付いてないから!」



ゴリ象がありがた~い心配をしてくれる、涙が出そうだぜ。



「はいはい、今出ま……すッ!?」



何とか歩き出し、入り口を抜けようとした瞬間にこれまで味わった事の無い衝撃を受けた。


俺は背後に弾き飛ばされ、ずざざっと音が聞こえる程の勢いで地面を転がる。



『えぇ!?』


『た、多田! お前なにしてんだ!?』



脳が揺れる。


吐き気がした。


足に感じていた痛みが、今度は体の彼方此方にできた。


地面に倒れた状態から何とか上半身を起こし、状況を把握する。



「……じ、冗談やめてくれ」



入り口が""。

さっきまで二、三歩歩けば出れる距離だったのに、今や十数歩必要な位置に入り口が移動している。


いや、"移動したのは俺"だ。

制服は破け、体の彼方此方にできた擦り傷。


どう見ても、あの入り口から弾き飛ばされてこうなったとしか思えない。



『ど、どうしたんですか!? え……誰か中に入ったんですか!?』


『い……いや、これは……なんと言ったらいいのか』



流石に異常事態に気付いたのか、ツアーガイドのお姉さんの声が聞こえる。


そうこうしている内に、お姉さんが遂に入り口から中を覗き込んで俺に気付いた。



『え……? あれ、……ですよね?』


『は、はい……突然彼は中に入り、出ようとしたらあっち側に飛ばされて外に出れんようなのです』



好きで入ったんじゃねぇよ……!


そう悪態を吐こうとしたが、体が痛くてそれ所じゃない。


なにせ制服が破れる程の勢いでできた傷だ。

思わぬ所で大根おろしの気分を味わえてしまい、最悪な気分なのである。


だと言うに、ゴリ象は再度として無茶振りをしてきた。



『おい、多田!! 早く出て来い!! クラスの皆に迷惑を掛けるな!!』


「ふっ……ふっざけんな!! あんた、今の見てたろ!? 出ようとしたら弾き飛ばされたんだよ!! こちとら出たくても出れないんだよ! 傷だって負ったんだぞ!!」


『今度は大丈夫かもしれんだろ!!』


「ざけんなよゴリラ!! だったらテメェが迎えに来い!! それで弾き飛ばされるかどうか自分で確かめやがれ!!」


『な、な……! 先生に向かってなんて口の聞き方をッ……!』



ゴリ象の怒りはピークと言った具合だ。

だが、こっちの怒りとストレスもマッハ状態なんだぞ。


そうやって睨み合っていると、ツアーガイドのお姉さんが声を上げた。



『ま、まぁまぁ落ち着いて! 私が彼を迎えに行きますよ! これでも私ってば探索者資格を持ってはいるんです! ただ……戦闘が怖くてすぐに現役を退いたんですが……』



彼女はアハハと笑うが、そういう話ではない。



「そ、そりゃ貴女は大丈夫でしょうが、貴女が迎えに来て一緒に外に出ようとしても、また俺が弾き飛ばされるだけでしょ?」


『それはそうかもしれないけど、何とか外に出ようと試してみないといけないじゃない。安心して、今度は私が君を後ろから支えるから怪我は負わない筈よ? 大丈夫、これでも少しはモンスターを倒して一般人よりかは強くなってるから!』



お姉さんは言うと、力瘤を作る様に右腕を曲げてフンと息を吐く。

それに毒気を抜かれてしまい、俺は小さく頷いた。



「分かりました……。じゃあ、お願いします」


『はいはい! じゃあ待ってて……ね――ぇええええ!?』



ツアーガイドのお姉さんは小走りの体制で入り口に突撃し、そして直ぐに背後へと弾き飛ばされた。


その際に何人かのクラスメイトに直撃し、倒れこむ。



『いって!!』


『やだぁ、もう!』


『どうなってんの!?』


「冗談だろ……」



外は酷い混乱模様だが、俺だって負けてない。


"女性がダンジョンの入り口で弾き飛ばされた"。


これは明らかな異常だ。


徐々に、焦燥感が沸いてくる。

まるで悪い事をした時に親にその事がバレ無い様に願う様な、嫌で不安な感じ。


そんな中、他人事の様にダンジョン内をジロジロと眺めていた黒岩が不意に呟く。



『もしかしてよぉ……このダンジョンって"男しか入れない"ダンジョンなんじゃねぇか?』


「オマケに出れもしねぇけどな」



俺は言って、黒岩を睨み付けた。


そもそもコイツのふざけた行いの所為でこうなったのだ。


だと言うに、奴はニヤニヤと笑みを浮かべるだけ。



『おいおい、多田! 確かにさっきのは俺が悪かった、謝るよ。けどよ、お陰で世紀の大発見をしちまったんだぜ!? だからさ、そんなイジけんなよ。そうだ、動画撮ろっと』


「テメェ……いい加減にしろよ!!」



遂には無遠慮に動画まで撮り始めやがった。

こっちは外に出れないから、止める事すらできない。


そうこうしていると、外から鋭い声が響き渡ってくる。



『退いて退いて!! どうしたんです、何があったんですか!?』



どうやら近くを巡回していたダンジョン警備の人達も異常に気付いたらしい。


その後の流れはまた同じだ。


警備の人が中を覗き込み、俺を見て驚く。

そして女性の警備員を呼んで中に入れようとするが、弾け飛ぶ。


其処で今度は俺に外に出て来いと言われる。


嫌だったが、正規の警備員の人達の要請を断るのは何かとマズイと思い、今度は身構えて外に出ようとするが、やはり弾き飛ばされる。


何とか体を丸めて衝撃を受け流そうと勤めたが、それでも擦り傷が増える事は止められなかった。



『これは一体……』



警備の人達の驚きと戸惑いの声が聞こえる。

そして、次に聞こえてきたのはまたしても黒岩の不愉快な声だ。



『だからよ!! 此処は男しか入れないダンジョンなんだって!! なんかアイツも今は出れないらしいけどさ、それは此処が未完成だからじゃねーの?』


『男しか入れないダンジョン……? まさか、本当に?』



さっきからコレだ。

黒岩は『男が入れるダンジョン』が出来たんだと大はしゃぎである。


その声が聞こえる度に殺意とストレスが膨れ上がっていく。


今、俺に人を睨むだけで殺せる力が芽生えたら即座に黒岩は死ぬだろう。


だが、そんな力なんて都合よく生まれる筈もない。


俺はもう力なく床に座り込み、近くの壁に背中を預けて体力を回復させる事に専念した。




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