第2話 境界線を越えて



「ダンジョンはです。何故ならダンジョンを攻略しても、また別のダンジョンが生まれるからです。この奥多摩ダンジョンも、二ヶ月前に福岡ダンジョンが攻略された結果として生まれた場所です」



ツアーガイドの説明は、この世界の一般常識だ。


奥多摩ダンジョンは日本で生まれたのダンジョンだ。


最初は広島、二番目は北海道の日高地域に、三番目は四国の香川に、四番目は福岡の大宰府で、そして五番目がこの東京近くに生まれた奥多摩である。


ダンジョンが一つの国で同時に誕生した例は無い。

一つのダンジョンが攻略されると、別の地域にまた新たなダンジョンが生まれるだけである。


日本に生まれた最初のダンジョンである広島ダンジョンは十年の歳月を掛けて攻略された。


だが、北海道は五年、四国は三年、福岡は二年と言う短い歳月で攻略されたのである。


理由は単純明快、攻略する人材のが上がったからだ。



「世界で最初にダンジョンが攻略された場所は、アメリカにあるテキサスダンジョンです。ですが、テキサスが攻略されると同時にノースカロライナ州で地震が発生し、新たなダンジョンが生まれたのです。そしてアメリカの人達は今現在、アメリカで十一番目に生まれたロサンゼルスダンジョンを攻略中です」



ダンジョンは不可解な特徴を幾つも持ち合わせている。

その内の一つが『ダンジョンは国境を越えない』と言う特性だ。


今現在、ダンジョンの存在が確認されている国は九つ。


日本、アメリカ、ブラジル、オーストラリア、イギリス、ドイツ、ロシア、中国、エジブト、この九つの国にしかダンジョンは存在しない。


これ等の国は既に幾つもダンジョンを攻略している。


だが、その度に生まれるダンジョンは必ずまた自国領内であり、他国にダンジョンが生まれる事が無いのだ。


お陰で世界のパワーバランスは大きく変動した。


世界を主導する国は必然的にダンジョンを支配化に置く国となり、その他の国はダンジョンから持ち出される資源のお零れを待つしかなくなったのである。


一部の国では軍隊を行使してダンジョンを持つ国に戦争を仕掛ける動きもあったらしい。


だが、それも実行はされなかった。


何故ならダンジョンを有する国は元々の国力が強かった国も多く、更に言えばダンジョンを有する国同士として結束も高まったからである。


ダンジョンを有する国は、ダンジョンを有してない国から妬まれている。


そうした敵意から身を守る為、ダンジョン保有国はGD9(Group of Dungeon Nine)を結成し、他国に睨みを利かせる事にしたのだ。


基本的にダンジョンはGD9に所属する国の人、且つ探査資格持ちである者しか入場の許可が下りない。


つまりはGD9以外の国々の人がダンジョンに入りたいならば、GD9の国に帰化して探索資格を手に入れる必要があり、実質的に他国の人々はダンジョンに入れないも同然の扱いなのだ。


そしてGD9の国々は積極的に互いの国の人員を交換し合い、又は派遣するなどして他国のダンジョン攻略を手助けしてきた歴史もある。


そうする事で互いの人材を交流させ、また国同士の結束をも高めてきたのだ。


けれども、そうしたGD9の結束の代償として、ダンジョン攻略をする探索者達はGD9の以外の国へと赴く事ができなくなってしまった。


なにせダンジョンはを生み出す事のできる場所でもあるのだ。


一人一人が漫画キャラの様な戦闘能力を持ち、深部探索者ともなれば小国の軍事力とも一人で張り合える。


その様な危険人物達を世界に解き放つな、と言うのがGD9以外の国々の論調だ。


使い様によってはであるのが探索者と言う存在であり、そうした危機意識は当然とも言える。


とは言え、探索者達は特にその制限を気にしてはいない。


そもそも今は世界中を旅したいと言う気概よりも、GD9に所属する各国にある様々なダンジョン攻略に精を出したいとの欲求の方が強いからだ。


なにせダンジョンは富も名誉も力もオマケに若さも手に入る場所。

探索者達からすれば、ダンジョンが無い国など眼中に無いのである。


一昔前のネットに生まれた言葉で『国ガチャ』と言うのがあったが、今その言葉がネットでまた流行し始めてるらしい。


なにせダンジョン所有国は経済も順調。


女性に生まれれば素質次第では一攫千金も夢ではないし、男性でも探索者と結婚できれば玉の輿になれるのだから、そんな言葉が流行するのも無理はない。


そんな事を考えていると、ツアーガイドが次の解説へと移る。



「はい、それでは此方が奥多摩ダンジョンの入り口です。ダンジョンはその特性として銃などの火器の持込みを弾きます。電子機器も機能を停止し、これまで築き上げた人類が持ちえる文明の利器と言う優位性を無くす場所なのです。故に、その場所に乗り込む探索者の人達は尊敬され、その勇気は尊いモノなのです」



と、少し得意気に女性ツアーガイドは語る。


何せ探索者は女性しか成れない職業だ。同性が活躍しているのだから、得意気になりもするだろう。


周囲を見れば、女子生徒達もキラキラとした目でダンジョンを見ている。


その反面、俺達の様な男子生徒は少し嫉妬交じりと言うか、物欲しそうな目で入り口を眺めている事しかできない。


と、其処で御岳がトレードマークであるポニーテールを揺らしながら勢いよく手を挙げた。



「一つ質問よろしいですか!」


「はい、いいですよ。何でしょうか」


「今現在、奥多摩ダンジョンの攻略はどれ程進んでるのでしょうか?」



その質問に対し、ツアーガイドは少し笑みを浮かべながら優しい口調で答える。



「今現在、奥多摩ダンジョンの攻略はまだ行われておりません」


「む? それは、どうしてでしょうか?」


「ダンジョンっーのは、だからだよ!!」



と、其処で例の忌まわしい黒岩の得意気な声が背後から響いてきた。

首を横に少し動かして視線を向けると、案の定奴は憎らしい笑みを浮かべている。


御岳は唐突な横槍に少し不快そうに眉を歪めながら問いを続けた。



「不安定? それはどういう意味だ」


「そのままの意味だよ。ダンジョンは基本的に数ヶ月経たないと完成しねーんだ。入り口が開いても、内部はまだ未完成で進むべき道がなかったり、変なでこぼこがあったりで進み難くなってるんだと。新たなダンジョンができた地域は数ヶ月の間、不自然な地震が何度も頻発するんだ。で、それが収まったらようやくダンジョンが完成した証なんだとよ。つか、こんなの一般常識だろ~?」



余計な一言を言わなければいいのに、こいつは何時もそうだ。


黒岩の言う事は確かに調べれば分かることだが、何も世の中の人間全てがダンジョンに興味を持つ訳ではないだろうに。


案の定、御岳は黒岩の物言いにカチンとした表情を浮かべる。



「そうした知らない情報を学ぶ為に、此度の野外学習が行われたのだろう? 確かに私はその情報を知りはしなかったが、その様に馬鹿にされるのは不愉快だぞ!」


「別に、あ~……馬鹿にはしてねぇよ……」



剣道をやってるからか、御岳の視線は見る者に与える威圧感が半端ない。


黒岩も思わず視線を逸らし、気まずそうにしている。


そんな険悪な雰囲気を察してか、ツアーガイドのお姉さんが新たな解説を始める。



「そ、そこの男子生徒君の言う通り、新たなダンジョンが生まれても其処はまだ未完成なのです。最初期はそうした状態でも構わずに攻略を進めるGD9の国々も多かったのですが、トラブルも発生する事が多く、今の様にダンジョンが完成するまでは攻略を見送り、その間はGD9の各国にある別のダンジョンの攻略の手助けをする……と言う今の形に落ち着いたのです」


「じゃあ、今は日本国内に探索者が居ない状態なのか?」


「全く居ない……と言うわけではないでしょうが、日本所属の探索者の多くは今は恐らく海外に派遣されてると思いますね」


「なんだ……。じゃあ、今日此処で有名な探索者に出会える、とかそういう可能性は無い訳か」



御岳は少し残念そうに呟いた。

意外とミーハーなのか? いや、彼女の場合は強者に会って手合わせを願いたかったとかそんな感じだろうか。



「あの私からも質問いいですか?」



其処で今度は冬塚さんが手を挙げる。

ツアーガイドのお姉さんは一つ頷き、質問を促す。



「はい、どうぞ!」


「えっと……ダンジョンってどの程度の期間で完成するモノなのでしょうか?」


「ん~……場合によりけり、ですね。地震の頻度が多く、そしてその期間が長い程に、完成したダンジョンの深度が深くなると言う見解があります。ダンジョンが完成するまでの最長期間記録は、ロシアのコストロマ州にできたダンジョンの六ヶ月です。そして、今まさに其処がロシアで攻略中の最新のダンジョンであり、現在は四十階を越えた所です。専門家の予測では、完成するまでの長さを考えると、最低でも七十階はあると予測されています」


「やっぱり、後にできるダンジョンであるほどその深度も深くなっていくのでしょうか?」


「そうとも言えません。中国の場合ですと、三番目にできた北京ダンジョンの階層は三十二階でしたが、四番目にできた天津ダンジョンは二十五階でした。アメリカの例を出すと、六番目にできたカンザスダンジョンは二十三階しかなく、八番目にできたコロラドダンジョンはなんと深度が十階しかありませんでした。コロラドダンジョンは世界最小のダンジョンで知られており、ギネス記録にも登録されましたね」


「じゃあ、ダンジョンの出来と言うか……そういうのはランダムなんですね」



冬塚さんは細かく頷きながらメモを取っている。


それは彼女が勉強熱心……と言う訳ではなく、高校卒業と同時に探索者になりたいからだろう。何時もよく教室でそう騒いでるのを聞いてた。



「……私からも質問、いいですか?」


「はい、いいですよ! いやぁ、今回の野外学習の子達は熱心な人が多くてお姉さん嬉しいなぁ~」



今度は一之瀬が手を挙げた。

奴は偶に鋭い意見を口にするから、自然と皆の注目が集まるのが分かる。



「GD9の各国がダンジョンの攻略をは何でしょうか? ダンジョンが崩壊するのは最後の階を攻略して暫く経ったら起きると聞いてます。でも、新たにできるダンジョンが出来るのは最低でも一ヶ月以上は掛かる筈。それなら最後の階を攻略せずに、同じダンジョンでモンスターだけを倒し続けて素材やらを集め続けた方がお得なのでは?」



この疑問はネットでも常々語られてる話題だ。


GD9に所属する国の経済が好調なのは、ダンジョンに居るモンスターの素材で新たな開発をしたり、GD9以外の国々にその素材を輸出する事でその好調をキープし続けている。


だが、GD9の各国はまるで競い合う様にダンジョンの制覇を目指す。

ダンジョンが崩壊する事をお構いなしに、早期のクリアを目指し続けているのだ。


競い合うとは言いはしたが、結局はお互いに探索者を派遣し合ったりしてもいるのだから競争が目的でもないのは明確であり、だからこそどうしてGD9の国々が攻略を急ぐのか謎なのだ。


そしてその謎は明かされていない。


GD9の各国はダンジョンに関する情報を限定しながら世の中に発信しており、マスメディアにしつこく『全ての情報を開示しろ』と何年も粘着されても、それを明かす事はしていないのだ。


ともすれば、一般人である俺等にそんな謎が分かる筈も無い。

案の定、ツアーガイドのお姉さんもその質問に困惑してしまう。



「あぁ……確かに、よくその質問は受けますね。一説では『モンスターは有限なのでは』とか言われてはいますが」


「ゲームの様に無限沸きはしない、と言うこと?」


「えぇ、そのダンジョンのモンスターを退治し尽くしてしまえば、ダンジョンを残す意味はもう無いですよね? だからGD9の国々は次々とダンジョンを制覇しているのではないでしょうか」


「うーん……じゃあ次の質問ですが。どうしてダンジョンには人数制限があるんですか? 国によっては、階層毎の人数制限があると聞きましたが」


「良い質問ですね。ダンジョンには人数制限がある。それはダンジョンの大きさにもよりますが、基本的にダンジョンの全体的な平均的な入場制限は『二千人』となっております。そして階層毎の人数制限と言うのは例えば『第一層は五十名まで、第二層は八十名』こんな風に分かれておりますのは、世間一般の常識です。なので、探索者の人達は事前に予約を入れてダンジョンに潜っているのですが……。これは単純にですね」


「混雑を避ける為なのは分かる。けど、ダンジョンは命の危険もある場所なんだし、探索する人が多ければ危険も少なくなるんじゃない?」


「そうですね~……。じゃあ、例えば貴女が『学校の教室の広さを見たが、まだ人が入る。だからもっと多くの生徒を中に入れて、授業を受けさせるべきだ。そうすれば効率的になる』と、世間の人達に言われたらどう思いますか?」


「……嫌だと思う。勉強にだって集中できない」


「そうですよね、それは探索者の人達もです。ダンジョン内は閉鎖空間であり、人が入れる空間には限りがあります。ですので、政府は人数を制限して探索者の人達を送りだしている訳ですね」


「探索者のパーティの上限が四人までなのも、それが理由?」


「そうですねぇ。グループ毎にバラ付きがあれば、色々と管理に困りますからね。だから探索者の人達は必ず『四人で』行動する様に義務付けられています。これはダンジョン内を行動する人数の管理をし易くなる措置でもありますが、単純に探索者の人達の安全を護る為でもありますね。『友達が居ないから一人で潜る!!』と言う理由は探索者の業界では通りませんので、探索者に成りたい方は信頼できる友達や仲間を見付けておきましょうね。でないと、ダンジョンに潜る時に信頼できない人とパーティを組まなくてはいけなくなっちゃいますよ~?」


『え~?』


『やだー!!』



と、最後にそう脅す様な口調でツアーガイドのお姉さんが此方を煽ると、女子生徒達からクスクスと笑い声が上がった。


だが、男子生徒は沈黙したままだ。まぁ、ダンジョンは女性しか入れないんだからそれも無理はない。自分達に関係の無い話をされてもつまらないだけだ。


それで質問コーナーは終わり、ツアーガイドはようやく次の段階に進む。



「それでは、今から列を作って奥多摩ダンジョンの入り口前を通り過ぎましょうか。写真撮影をしたい人達は今の内に用意を!」



言うやいなや、すぐさま皆はスマホを構えて撮影準備を済ませる。


だが、俺はさっきの事件もあって懐からスマホを取り出す気にもなれず、ただぼ~っと進みながら入り口が近付くのを眺めていた。


ダンジョンの入り口は思ったより広かった。

それもその筈だろう、山の中腹にあるこの入り口は地上からも見えていたのだから。


でかさとしては高速とかにあるトンネルと同等ぐらいだろう。

高さもトラック程度なら余裕で通過できる高さがある。



『私……絶対に探索者になる!!』


『……冬塚は大学受験が面倒なだけでしょ』


『ち、違うも~ん! 探索者は、私の子供のころからのなんだから!』


『ヒフミ! 人を疑う事はよくないぞ!!』



と、クラスの人気者グループである冬塚さん達がダンジョンの入り口前を、にこやかに会話しながら通過するのが見えた。


その光景に目を奪われたまま、俺もダンジョンの入り口前を通過しようとして――横から衝撃を受ける。



「はぁ!?」



驚きながら衝撃を受けた方向に目を向ければ、黒岩がニヤつきながら両手を突き出してるのが見えた。


――突き飛ばされた!!


一瞬でその事実に気付くも、どうしようもない。


ダンジョンの入り口は既に俺の前にあり、このまま体が入り口の範囲に接触して弾き飛ばされ――なかった。



「いってぇ!!」



思い描いていた衝撃はこず、俺はぶざまに地面に倒れこむ。


膝が熱を持っていたので視線を向けると、ズボンが破けて膝小僧を擦り剥いていた。


痛みよりも、怒りの方が強く、今度の俺は怒りの感情を溜め込む事はせずに叫んだ。



「黒岩ァ!!」



怒声を吐きながら黒岩を睨み付ける。

だが、奴は呆然とした表情で俺を眺めているだけだった。


否、気付けば黒岩だけじゃなくクラスの全員が俺を呆然と眺めている。


その異様な光景に戸惑っていると、引率者であるゴリ像が呆然と呟いた。



「多田、お前……大丈夫なのか?」



言われて、また頭に熱が宿る。



「大丈夫なわけないでしょう!? 俺は黒岩に突き飛ばされたんですよ!? 見て下さい、お陰でこうして怪我も……」



立ち上がりながら怪我した箇所を見せようと下を向いて、俺は気付いた。


ダンジョンの入り口である境界の白い線、それを俺が超えている事に――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る