第8話 地図作成
『おぉ!? 何か仕留めたのか!!』
入り口に戻ると、山口さんが何故か仁王立ち姿で待っていた。
俺は『余程期待していたんだな』と苦笑しつつ、槍を入り口から突き出し、カブトムシの死体を差し出す。
「どうぞ、お土産です。魚なら鮮度抜群って言った具合ですよ」
『うぇぇ~……気持ち悪ぃ!! 今度は虫かよ!? 統一性がねぇな、ダンジョン内ってどんな生態系なんだよ』
と、言いつつも山口さんは素直にカブトムシの死骸を掴んで槍から引き抜いた。
そうしたやり取りをしていると、また他の自衛隊員がやってきて騒ぎ出す。
『おぉ、ヒトリがまた仕留めたのか!!』
『カブトムシぃ?!』
『俺、虫はマジでダメだ……』
『気持ちわるっ!!』
『うっわ、近付きたくねぇ』
『曹長、こっちに近寄らんで下さい!』
『お前らなぁ……』
口々に嫌悪と驚きを口にする。
死骸を持った山口さんは皆から汚物扱いされ始めていた。
俺は槍に付いていた体液をバスタオルで拭い、生活スペースに腰を下ろして一息吐く。
『どうだ、何か変わった事はあるか?』
嫌がる部下に死骸を押し付けた山口さんが、外からそう尋ねてくる。
やはり彼は『俺が成長したかどうか』を気にしているらしい。
恐らく政府が一番期待してる部分がソレなのだろうか?
俺は試しに近くにある鉄アレイを持ち上げ、何度か上下させながら否定した。
「いや、変わってないですね。普通に前と同じ感覚です」
『そうか。でも、まさか頼んで直ぐに新種の死体を持ってくるとは思わなかったぞ。ありがとうな、ヒトリ』
「まぁ報酬も貰ってますからね、礼はいらないですよ。ん……? てか、もう新種で確定なんですかアレ?」
前は死骸を車に載せて、何処かに運んで『新種』と判別していた筈である。
つまり何処ぞの研究施設とかで調べてから判明した事実の筈だ。だが、今回はすぐに山口さんが『新種』断定したのは疑問が残る。
俺の問いに対し、山口さんは深く頷いた。
『あぁ、確定だ。実は俺に上からモンスターの資料を回覧する許可が下りてな。だからもう、ダンジョンにどんな奴等が居るのか既に大体把握してんだ』
「へぇ……そうなんですか」
言いつつ、疑問に思った。
調べる事が許可されたとは言え、その種類の全てを簡単に記憶できるだろうか?
山口さんは死骸を受け取り、それを部下に預け、その後すぐに俺に話し掛けてきた。その間、紙の資料を見たり、スマホやタブレットで何かを調べる素振りも見せていない。
基本的にモンスターの情報は公に開放されていないのだ。
それは国防を担う自衛隊所属の山口さんも同じであり、彼も俺と関わるまでモンスターと言う存在の種類と言うか、情報を殆ど知らなかった筈である。
彼はチキンロングレッグの死骸を何処かへ持ち帰った時、少し帰りが遅かった。
まさかその間に『モンスターの種類を全て記憶した』と言うのだろうか?
もしそうだとしたら山口さんの記憶力は余程良いのだろう。もしくは……『短い期間でも十分に記憶できる程の種類しかモンスターは居ない』のかもしれない。
『どうした? 腹でも減ったか?』
短く返答しただけで黙り込んだ俺の様子を疑問に思ったのか、山口さんが小首を傾げながらそう尋ねてくる。
俺は思考を打ち切り、話を合わせた。
「そうですね、軽く昼飯を済ませたらまた潜ろうと思います」
『え!? また行くのか? いや、やる気があるのはいいんだが……』
新種を新たに持ってきたので、山口さんから見れば今日の成果としては十分と見ているのだろう。
だが、俺としてもダンジョンの探査は色々と楽しくなってきた。
と言うか、これ以外に出来る事も刺激的な事もないのだから、こうなってくると無理矢理にでも楽しんでいく方向に気分を向けないと逆に精神が参りそうなのである。
とにかく、俺は努めて平気そうに見せながら軽く腕をグルグル回してみた。
「まぁ、今回はあのカブトムシを持ってくるのもそんなに苦労しませんでしたし、体力がまだ有り余ってるんですよ」
『そうか……分かったよ。ところで、今日は何を食いたい?』
「じゃあ、A4クラスのステーキをレアでお願いします。付け合せはポテトで」
『馬鹿たれ! 今日もパック飯しかねぇよ』
俺の悪質なジョークに山口さんは笑いながらツッコミを入れた。
此処で摂る俺の飯は自衛隊の人が用意してくれる。と言うか、自衛隊の人が食う物と同じ食事が提供されているのだ。
最初はでかい鍋でカレーやら豚汁とか作ってたが、最近はもっぱらレトルトばっかりである。
それはダンジョン入り口に配置された人員が減ったからだろう。
当初はそれこそ俺の救出作業やらで多くの自衛隊員が居た。だが、それから二ヶ月も経てば大幅に人も減ってしまう。
山口さんの話では悪質な記者や、ネット配信者が入り口で生活してるであろう俺の動画やら写真を撮ろうと周囲を時折うろついてるらしいので、此処よりも周囲を巡回する部隊の方に人が割かれてるらしい。
「あ、そうだ! 山口さん、分厚い紙と鉛筆を用意してくれます?」
ちょんと優しく押された台車が入り口の線を通過してくる。
その上には山口さんが用意してくれたパック飯があり、俺はそれを受け取りながら山口さんに新たな要求をした。
『ん? 何だ、勉強でもする気になったか?』
「今更そんなのやりませんよ。そうじゃなくて、ダンジョン内部の地図を作成しようと思ったんですよ」
食事をしつつそう言うと、山口さんは『確かに地図は必要だわな』と頷いた。
ダンジョン内では俺は一人で行動するしかない。
本来なら探索者ってのはチームを組み、地図の作成とか荷物持ちの役目をチーム内で分担して請け負うのだが、此処では全て俺一人がやるしかない。
色々と大変だとは思うが、俺はもう既にダンジョン探査に乗り気だ。
それに奥多摩ダンジョンは色々と不可解な場所である。
男である俺を入場させ、その他の侵入者は男女を問わず拒んでいるのだ。
だが、その状態が永遠に続くのかは怪しい。
この奥多摩ダンジョンはまだ未完成らしく、出現から四ヶ月近く経つがまだ時折に地震が発生する。
けれど、もしも奥多摩ダンジョンが完成した時、その時に此処が元の『女性だけが入れるダンジョン』になってしまえば、俺はただの高校生に逆戻りになってしまう。
そうなる前に、少しでも俺は自分でやれる事をやっておこうと思ったのだ。
素材を集めれば金を稼げるし、新種を見付けたら更に稼げる。
これは大きなチャンスだ。
当初は黒岩の事を憎く思ってたが、こうなってくると逆に感謝したいぐらいである。
まぁ無論、次に会った時は何かしらの逆襲をしたい所だが……。
変な風に思考が脱線し始めた所で俺は気を取り直し、食事をパパッと口に押し込む。
その後、俺は山口さんから提供された紙と鉛筆で地図を作成した。
そうした作業を入り口の外から眺めていた山口さんだが、直ぐに書き終わった地図を見て気の抜けた声を零す。
『え、それだけか?』
「それだけっす。ですが、中々のエンカウント率ですよ。今の所は通路を曲がったら必ず敵に出会ってます」
俺のダンジョン探査率はT字路と十字路を見付けただけだ。
だが、その短い期間で二匹のモンスターと出会っている。
今の所は単独の敵としか遭遇してないが、下手をすれば複数の敵と戦う破目になるかもしれない。
「よし、地図もできたし……また行ってきます!」
俺は再度装備を身に付け、立ち上がる。
『おう、気をつけてな。いってこい』
「はい! 行ってきます」
山口さんの言葉を背に受けつつ、俺は気合を入れてダンジョンに向かう。
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