沈黙の是非  (美しい沈黙)

帆尊歩

第1話  沈黙の是非

親友の舞が息を引き取った。

吉川さんは、叫ぶように泣き崩れた。

それは嗚咽ではない。

悲痛な叫びだった。

舞のベッドの下でうずくまる吉川さんを、舞の両親が抱きかかえる。

うずくまる吉川さんを抱き起こし、三人で抱き合って泣いた。


「吉川君。ありがとう。この一ヶ月、舞に付いていてくれて本当にありがとう。そして彩子ちゃんもありがとう」

「いえ」と私は言った。

親友の死が受け入れられない。

いえ、そればかりではない。

すると吉川さんが、泣きながら言う。

「いえ、お父さん。僕は何も出来ませんでした。

悔しいです。

舞に何もしてあげられていない、ただ横で声を掛けるしか出来なかった」

「良いのよ、吉川さん。いえ、悟さん本当にありがとう。

悟さんのおかげで、随分助かりました。

もし悟さんがいなかったら、私はこの一ヶ月生きていられなかった」

「そうだよ、吉川君。いや、私も悟君と呼ばしてくれ、君が舞の婿だったら、どんなに良かったか。もし舞がこんなことになっていなければ、早く籍を入れろとせっついて、君に煙たがられただろうな」と言って、またお父さんは涙声になった。

「何を言うんですか、僕はもうあなた方の息子と思っています。

出来れば意識のない舞と籍だけでも入れたかった。

そうすれば、たとえ舞に何があっても、僕は舞の夫で居続けられて、あなた方の息子になれた。

そうすればこれからだって、家におじゃまして、舞の夫として、舞の思い出話が出来た」

「いや、君には君の人生がある。早く舞の事は忘れて新しい人を見つけるんだ」

「なあ。彩子ちゃんだってそう思うだろう」

「ああ、はい」と私は一人だけ冷めている。

「嫌だ、嫌です。確かに僕は舞の夫ではない。

でもあなた方の息子です。

これからも、お宅におじゃまして、舞の友人として、舞の話をさせてください」そして吉川さんはまた泣き出し、それに呼応するように、舞の両親もまた三人で泣き出した。

「舞は本当に幸せ者ね、こんないい人に、最後まで、いえ、亡くなった後までも、愛され続けるなんて」舞のお母さんはさらに大声で泣き出す。

本当なら私もこの中に入って泣きたいところだけど。

泣けない。

泣いて良いのか分からない。

確かに吉川さんの舞に対する愛は本物だ。

これは私が保証する。

舞とは籍は入れられなかったけれど、舞の両親の息子で、舞の恋人として、舞の思い出話をしたいというのも、吉川さんの本心だ。

これだって私が保証してもいい。


でも。


吉川さんは、舞の恋人ではないし、いえ舞は吉川さんの事を知らない。



親友の舞が交通事故に遭ったのは一ヶ月前だった。

病室に駆けつけた私は、舞に覆い被さるようにして、

「舞。舞」と呼び続ける男性を目にした。

それが吉川さんだった。

「こちらの方は?」と私は舞の母に尋ねた。

「ああ、知らない?彩子ちゃんにも、言っていないのかしら。

吉川さん、舞の彼氏の」

「ああ。そうなんですね」と答えたけれど、いや今、舞に彼氏はいたんだっけと考えた。

「彩子さん?」と吉川さんは話しかけてきた。

「はい」と私は返事をした。

「舞から話は聞いています。いつも舞を誘ってくれる、飲み友達なんですよね」

「そんなふうに聞いているんですか。確かに良く二人で飲みには行きますけれど。大体誘うのは舞の方だし、飲み友達ではなくて、高校の同級生ですから」

「ごめんなさい、そういう風には聞いていなかった」

「酷い」と軽く話して、私は舞の様子を誰ともなく尋ねた。

予断をゆるさない状態だった。

私は、吉川さんの事は知らなかったけれど、側にいて吉川さんが本当に舞の事を愛している事は分かった。

そして胸をなで下ろした。

舞は高校の時から、女の私から見ても結構めんどくさい奴で、その容姿のせいで彼氏はすぐに出来るけれど、すぐに別れるということを繰り返していた。

だから本当の意味で舞が愛されることはないのではと思っていたから、吉川さんの事は驚きであり喜びであった。


ところがあるとき、何気なく高校の時の数人で撮った動画を見せたときだ。

舞自身は写っていないけれど大声で、ああしろ、こうしろと、写しながら、舞が演技指導をしている。

舞の声は、その可愛い風貌とは似つかない野太い声なので、誰でも分かる。

なのに吉川さんは、舞の声に気づかなかった。

吉川さんは舞の声を知らない。

そんな事が、そこから導き出されるとは。

吉川さんが舞の事を愛していることは疑いの余地はない。

でも舞は吉川さんの事を知らない。

そう考えると、なんとなくあった違和感は、全てつじつまが合う。

この一ヶ月吉川さんと話して、吉川さんは本当にいい人で、きっと舞の両親のことも本当の親のように接するだろう。

であるならば。

私は、沈黙することが、みんなの幸せなのだろう。


お葬式などが全て終わったとき、私はこれでよかったのだろうかと、もう一度自分に問うた。

ここでの沈黙。

それを美しいと言って良いのだろうか。


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沈黙の是非  (美しい沈黙) 帆尊歩 @hosonayumu

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