早朝とカフェ

イリン

第1話

昨日は眠れなかった。現在時刻は早朝6時だ。正直もっとベッドに入っていときたいが、寝てしまうと間違いなく会社に遅刻コースだ。

眠い体に鞭を打ち、身支度を済ませ家を出ていく。


僕はシステムエンジニアとして、5年間働いている。システムエンジニアは覚えることが多くて大変だ。5年働いているがまだまだ覚えなければいけないことがたくさんある。


先月も違うチームに移動することになり、そこでも新しく覚えることが多い。前のチームでの案件が終了すると、違うチームに移動するのはシステムエンジニアにはよくあることだ。

新しいチームに移動すると、新しく覚えなければいけないことも当然増える。それは仕方ないことなのでそのことに文句を言うつもりはないが、そのチーム内にはいかにもなパワハラ上司がいる。そのことについては凄く文句を言いたい。


新しいチームに配属されてから1ヶ月間、わからないことがあるとそのパワハラ上司に何度か質問していたが、毎回毎回ネチネチ小言も追加で言われ横暴に振舞われてしまうので正直うんざりしている。

他のチームメンバーに聞けばいいと思うかもしれないが、僕がこのチームに入るときに、前のチームのお世話になった人からはわからないことがあればこの上司に聞くようにと言われてしまっている。この上司が今回の案件で最も有識者であり、また他の人に質問することでその人の作業の邪魔にならないようにするためだ。まぁ作業の邪魔というのは建前で、このパワハラ上司に聞くのが嫌で一度他のチームメンバーに質問していたのだが、そのパワハラ上司に、「チームメンバーの邪魔をするな。わからないことがあったら私に聞けと言ったはずだ。これだから最近の若いのは」と言われてしまっているので他のチームメンバーに聞けなくなってしまっている。


そんな気分が悪くなることはとっとと忘れてしまおう。


さて、6時半に会社の最寄り駅に着いたが、仕事始まりは9時だ。10分前行動を考慮に入れても2時間20分は時間がある。


ということで、時間を潰すためにどこかのカフェに入ってのんびりしようと思う。スマートフォンの地図アプリを起動してカフェで検索してみる。駅前ということもあり、徒歩30分以内にそれなりの数のカフェが表示される。


昨日は眠れなかったので無理矢理目を覚まさせるために少し歩きたいと思い、歩いて30分くらいかかる「アンティーク」というカフェのお店があるので、そのお店に行くことに決めた。


普段は、ギリギリで通勤していたのであまり会社の周りを歩くことはなかった。入社して最初の頃は、周りを物色して歩いていたが、時間が経つとあまり周りを物色するようなことはしなくなった。早朝ということもあり、いつもの通勤していた時間と比べると、人の数は少なかった。人が少ないからか、それとも早朝だからかもしれないが、いつも吸っている空気より美味しい気がする。


そんなことを考えながら街の雰囲気をのんびり物色して歩いていると目的地である「アンティーク」のお店の前に着いた。


ひとまず外の窓からお店の中の様子をみると、西欧風のノスタルジックな雰囲気を感じる。それにテーブルごとにパーティションが設置されているのでプライベート感があり、ゆったりと寛ぐことができそうだ。


ドアを開け店内に入る。

「いらっしゃいませ」と活気のある女性の声が聞こえた。店員さんの方を向くと結構若く、笑顔が素敵な女性だ。大学生くらいの女性かな。若いのに朝早く、元気で凄いなと思う。僕が大学生の頃は、こんな風に朝からバイトしようとは思わなかった。朝起きるのも苦手だったからね。「お席にご案内いたします。」と言われたので、その女性店員に案内されるまま外側の景色が見れる端の席に着いた。


「そちらのメニュー表からご注文をお決めください。ご注文がお決まり次第お呼びください。」といい女性店員が離れたのでメニュー表をみることにした。


メニュー表を見ながら、女性店員が素敵な笑顔だったなと思い出す。仕事の憂鬱な気分が吹き飛ぶような明るい笑顔だったので少しほっこりした気持ちになる。


一通りメニューを確認し、ロールサンドのセットを頼むことにした。

「すいません」と先程の女性店員を呼び出す。

「ロールサンドのセットをお願いします。飲み物はホットコーヒーでお願いします」


かしこまりました。それではご注文を繰り返させていただきます。ロールサンドのセットでお飲み物がホットコーヒーですね」

「はい」

「それではお待ちください」

と女性店員が立ち去った。注文した時も女性店員の明るい雰囲気がすごいなと思った。

優しいオーラというか、明るいオーラというものが後ろ姿からでも見えてくるようだ。これはもう一種の才能だな。会社の上司もこの女性店員を見習って欲しいなと思う。そうしたらもう少し仕事に対してモチベーションが上がるというのに。まぁ、ないものねだりをしても無理かと早々に諦める。


注文したメニューが来るまで、トイレに行ったり、スマートフォンで時間を潰していた。トイレに立った時に店内を見回していたが、店員は2人だけのようだ。先程の明るい雰囲気の女性と店長ぽいロマンスグレーのおじさんだ。この2人が働いているだけで、お店のおしゃれどが上がっている気がする。ただ2人だけでお店を切り盛りできるのかなと疑問に思った。


10分くらいして「お待たせしました。ご注文いただいたロールサンドのセットでございます」と注文していたメニューが来た。

「こちらのお店は店員さんは2人だけなのですか」と率直に疑問を尋ねてみた。


「午前中は私と店長の2人だけですね。午後からは基本私はシフトを入れていませんが、私以外の2人と店長の3人体制でしています」

「午前に2人だけだと大変ではないですか」

「実はそこまで大変ではないんですよね。午前中は皆さん駅近くのカフェに行くことが多く、駅から歩いて30分かかるこちらのお店は常連さんが通うくらいですね」


「なるほど」と2人だけでもお店を営業できることに少しだけ納得した。

「それではごゆっくりおくつろぎ下さい」と女性店員が離れていったので、ロールサンドを味わうことにした。


ほのかなパンの甘みとバターの香り、そして中のハムとレタスがマッチしていて、とても美味しい。紅茶も良い香りがしていて、味も美味しく満足だ。朝から、こんなに優雅に過ごせるのならカフェに通ってみるのもありだなと思う。


いつもは今日も仕事で嫌だなと思いながら通勤しているので、カフェに通うことで楽しい気持ちで通勤できるなら、余計にありだなと思う。


まだ会社に行くまで時間があるので店内の様子をみながらスマホをいじり時間を潰すことにした。

1時間くらい経ち何名か他のお客さんが入ってきても、あの女性店員の明るいオーラみたいな感じは変わることはなかった。あの明るいオーラと笑顔は最初だけかなと勝手に思い込んでいたが、常時その状態らしい。


凄いなと思う。僕には到底真似できないことだからだ。あの笑顔を見ていると仕事に対する憂鬱な気持ちは吹き飛び、不思議と今日も一日頑張ろうと思えてくる。


そうしてのんびりしていると、どうやら仕事に行く時間がきてしまったらしい。気持ち的にはもう少しゆっくりしていたかった。


とは言ってられず、ロールサンドのセットの会計をしに行く。お金を払い終えると「ありがとうございました。お仕事いってらっしゃいませ。」と笑顔で言われ、そういえば1人暮らしをしてから、仕事に行くときにこうしていってらっしゃいを言われたのは随分久しぶりな感じがする。


「ご馳走様でした。行ってきます」とこちらもできるだけ明るく笑顔で返した。

そして店をでて、「今日も1日頑張りますか」と会社に向かった。


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早朝とカフェ イリン @irinn

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