しつけ

小狸

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 予測変換で好きな熟語が出て来なかったので、今日は小説を書くのを止めた。

 

「はあ」


 思わず、溜息が出た。


 慌てて引っ込めようと思ったけれど、もう遅い。

 

 一緒に不幸も出て行ってしまえ、と願って、そのままベッドへとダイブした。


 そろそろ部屋を掃除しなければいけない。

 

 どうせ人も来ないので、する必要もないか。

 

 仕事を辞めようかどうか、迷っていた。


 辛いのではない。その逆である。


 社会は、思っていたよりも、適当だった。

 

 私は、親に厳しくしつけられてきた。


 指導ではなく、躾けである。


 身を美しくすると書いて、躾。


 この漢字を考案した者は、どうかしていると思う。


 社会は厳しい、皆は辛い、苦しいのを我慢して生きている、だから何の取り柄の無い貴方は、ちゃんとする訓練をしなければならないと、何度も何度も言われてきた。


 皆と一緒に遊べなかった。


 皆のように、ゲームをしたかった。

 

 勉強なんて、何の意味もなかった。


 当たり前のように法律は破るし、近所のおっさんは赤信号でも普通に渡る、スーパーにいるおばさんは必要以上に割り箸を持っていくし、学生たちは歩きながら音楽を聴いてスマホをいじっている。


 正しい。


 正しい?


 私がずっと教え込まれてきた正しいは、何だったのだろう。


 そう思って、思い悩みながら、家に帰った。

 

 すると、母が、先日購入したスマートフォンで、ゲームをしていた。


 箱庭系のゲームで、可愛いのよ、このキャラ、と言っていた。

 

 なぜだ。

 

 なぜだ。

 

 なぜだ。


 なぜだ。


 なぜだ。


 なぜだ。


 なぜだ。

 

 なぜだ?


 家でゲームは、禁止であるはずだろう。


 私は母を𠮟った。


 叱っても何か文句を言っていたので、殴った。

 

 蛙が潰れたような声が、母の喉から漏れた。

 

 何か驚いているようだった。


 私がそう躾けられてきたから、同じように躾けなければいけないと思ったからである。


 大人を叱る人はいない。


 せめて私が、正しくしていなければならない。


 痛い、痛いと、母は泣いた。


 うるさい、黙れと言って、何度も母を殴った。


 そして動かなくなった母を無理矢理引っ張って、家の倉庫へと入れた。


 鍵を閉めた。


 母は騒いだ。


 テストで百点以外を取った時に、私がしばしば入れさせられていた倉庫である。


 近くには家はないので、母の声は誰にも届かない。

 

 没収したスマホは水没させて破壊した。


 そして次の日、仕事を休んで母を監視した。


 母は最初は騒いでいたけれど、徐々に声が小さくなっていった。

 

 ごめんなさい、ごめんね、などと謝っていた。

  

 意味が分からなかった。


 私に謝ってどうするのだ、自分で反省をしろ、と、私は躾けられた通りのことを言った。


 父は単身赴任中なので、家には私と母しかいない。

 

 母を閉じ込めて一週間が過ぎた。


 完全に声が返ってこなくなった。


 やっと反省したんだね、とそう言って鍵を開けると、母は死んでいた。


 私は警察を呼んだ。


 母が倉庫で死んでいますと告げた。


 私の躾で死ぬはずがない。


 一体誰が、母を殺したのか。


 警察の捜査を待つばかりである。


 なぜなら。

 

 同じことをされた私は、生きているのだから。



(了)

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しつけ 小狸 @segen_gen

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