第49話 血は争えない

「おじいちゃんに勝つため、僕と特訓して下さい」


 深々と頭を下げる。


「特訓だなんて、そんな。無茶言うなよ。もう何十年もやってないんだぞ」


 父さんは目を丸くして驚いていた。

 そりゃそうだろう。

 父さんが跡継ぎを辞めたのは高校生の頃だ。


「おじいちゃんの動きを一番知ってるのはお父さんだ。そのお父さんから教わりたい」

「知ってるって大分昔の話だぞ? それにさっきも言ったけど、もうずいぶん長いこと拳術なんてしていない」

「でも体は鈍っていないはずだ」


 そう言いながらお父さんの顔を見ると、照れくさそうに視線をそらされた。


 いまに思えば父さんは昔から身のこなしが軽やかだった。

 見た目は鈍臭そうなのに僕の運動会で保護者参加の競技でぶっちぎりだったし、ボーリングやら海で泳ぐときもすごく上手かった。

 見た目で侮られる僕が、見た目でお父さんの真の力を見誤っていた。


「父さんは破門になった人間だ。古林流幽幻闘技は教えられない」

「古林流の戦い方はいい。おじいちゃんと戦うために鍛練をして欲しいんだ。おじいちゃんに勝って婚約を破棄する。そして自由の身となって風合瀬さんに思いを告げたいんだ」

「え!? 風合瀬さんと付き合ってるんじゃなかったのか?」

「いや、それは……彼女の振りをしてもらっていただけというか」


 付き合ってるといえば付き合っているけど、実際は形式だけで付き合っていないようなものだ。


 しどろもどろになる僕を見て、父さんはニヤリと笑った。


「なぁんだ。父さんのこと笑っておいて、お前も彼女じゃない女の子のために婚約解消しようとしてるんじゃないか」


 アイスクリームストーカーに言われるのも癪だが、その通りである。


「よし、分かった! そういうことなら父さんが鍛えてやる!」

「あ、ありがとう」


 先ほどまでの及び腰が嘘のようにやる気全開だ。

 ちょっと複雑な気持ちだけどありがたい。



 決戦の日曜まで時間がないので特訓はかなりのスパルタ式となった。

 長いことやってないから身体が動かないなどと言っていた父さんだが、動きはキレキレだ。

 これは僕の勝手な予想だが、もしかしたら父さんは隠れて鍛練を続けていたのかもしれない。

 恐らく叔父さんがなくなってから。

 跡継ぎがいなくなったことで最悪の場合は自分が継ぐというつもりで。


 僕も弱音は吐けない。

 なにがなんでも日曜日におじいちゃんに勝たねばならない。

 もはや婚約を解消するためだけじゃなくなった。

 おじいちゃんに勝って風合瀬さんに気持ちを伝えるという目的も加わった。


 もう二度と風合瀬さんの涙は見たくない。

 全てを賭けて対決に挑む。



 そして運命の日曜日がやってきた。

 同情に向かうと既におじいちゃんは正座をし、目を閉じて僕を待っていた。


「覚悟はできたか?」


 目を閉じたまま、重く静かな声でおじいちゃんが問い掛けてくる。


「はい。全てをぶつけて挑ませてもらいます」

「もしワシが勝てば婚約通りイレナさんと結婚してもらう。もちろんすぐに風合瀬さんとも手を切ってもらう」

「それで問題ありません」


 僕が答えるとおじいちゃんはフーッと息を吐き、ゆっくりと目を開けた。


「手加減はせぬぞ?」

「もちろんです」


 視線をぶつけ合い、互いの本気を確認する。

 これまで見てきたおじいちゃんの中でももっとも気迫が籠っていた。


 怒った時なんかよりも遥かに鬼気迫るものを感じた。

 もしかすると僕のためにわざと負けるなんてこともほんの少しだけ考えていたが、そのつもりは微塵もないようだった。


 勝てるのだろうか?


 緊張でのどが渇く。


 そのとき、廊下を歩く足音が聞こえる。

『僕の秘策』が到着したようだ。

 申し訳ないけど勝つためには手段は選ばない。


「この戦い、見届けに来たぞ」


 道場にやって来た人物を見て、おじいちゃんの表情が変わった。


「貴様は、東雲」

「久し振りだな、古林」


 東雲先生に対決の見届け人をお願いしたのはもちろん僕だ。

 当然おじいちゃんも僕が仕込んだことには気づいているのだろう。


「年老いたな、東雲」

「互いにな」


 宿敵と再会し、おじいちゃんは更に闘志を燃やしたようだ。

 逆効果だっただろうか?


 今さらちょっと不安になる。


「よ、奏介」

「アキラも来てくれたんだ」


 東雲流の後継者、アキラも来てくれた。

 ギャラリーは少しでも多い方が助かるのでありがたい。


「コイツはうちの跡取りでな。勉強のために連れてきた」

「ほう。なかなかいい面構えの男だな」

「はぁ!? アタシは女だし!」

「え? そうじゃったのか。これは失礼」

「こんな可愛い女の子に失礼すぎ!」

「本当にすまん」


 おじいちゃんはプリプリと怒るアキラに狼狽える。

 これはいい感じだ。


「間に合った! 遅くなってごめん!」


 伊坂くんがイレナさんを連れてやってくる。

 イレナさんは複雑な顔をして僕を見ていた。

 普段は明るくて良くしゃべるのに今日は静かだ。


「イレナさんも来たのか」


 おじいちゃんは嬉しそうに微笑む。


「はい。古林流幽幻闘技の極意を拝見させていただきます」

「ははは。それは身が引き締まるのぉ」

「必ず勝ってください。お願いします」


 イレナさんが深々と頭を下げるとおじいちゃんはちょっと表情が固くなった。

 緊張しているのだろう。

 いい傾向だ。


 ギャラリーは四人に増えた。

 しかしおじいちゃんにプレッシャーを与えるにはまだまだ足りない。


 風合瀬さんはまだ到着していない。

 果たして来てくれるのだろうか?




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 古林くんの卑屈な作戦、おじいちゃんにプレッシャーを与えるが発動しました。

 これはいい傾向です!

 果たして古林くんは見事おじいちゃんを倒せるのか!?

 物語はいよいよクライマックスへ!



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最強の美少女と謳われるワンパン姫を間違って倒したら、なぜか付き合うことになってしまった。彼女になったら可愛すぎて別の意味でKOされそうです 鹿ノ倉いるか @kanokura

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