第48話 イレナさんの告白

 僕もこうしてはいられない。

 早く風合瀬かそせさんのところに行き、何とかしないと……


 歩きだそうとして足が痛み、ぐらりと体勢を崩す。

 先ほどの権田先輩の関節技のダメージのせいだ。


「わっ、大丈夫?」


 がしっとイレナさんに支えられる。

 目の前にイレナさんの顔があった。

 東欧と日本人のミックスの、美しい顔立ち。

 西洋風の目鼻立ちを日本人的に配置した、アニメのヒロインみたいな美貌である。


「ご、ごめん」

「古林くん……」

「へ?」


 イレナさんの顔がスーッと近付き、唇と唇が触れる。


「ッッ!?」


 ちょんと触れて、すぐに離れていく。


 キスを、した……?


 気付いてから顔が燃えるように熱くなり、その熱で脳がショートする。


「キス、しちゃったね」


 イレナさんは顔を真っ赤にしてニコッと笑う。


「いや、あのっ……ごめん、僕はっ」

「だめ」


 風合瀬さんが好きなんだ。

 そう言おうとした口をキスで塞がれる。

 今度は先程より少し長めにキスだった。


「私も、チャンスが欲しいよ」


 イレナさんは悲しそうに微笑み、僕をまっすぐ見つめてくる。


「好きです、古林くん。私を彼女にしてください」


 イレナさんの真剣な気持ちをぶつけられ、息が止まる。


「いま古林くんの心の中には奈月しかいないのは分かってるよ。だからすぐに答えなくていい」

「気持ちは嬉しいけど、時間をかけても」

「もう一度キスされたいの?」


 慌てて口を押さえて首を横に振る。

 余計なことを言うとキスで黙らされるようだ。


 イレナさんはスッと僕の耳許に近付き、囁く。


「奈月は可愛いし、いい子だけど、おっぱいは私の方がおっきいよ」

「ぼ、僕は別にそんなことは」

「じゃーねー!」


 イレナさんは顔を真っ赤にして駆けていく。

 その後ろ姿を呆然と見送っていた。


 色々ありすぎて頭がパニックだった。

 風合瀬さんが泣き出して、権田先輩が死に物狂いで挑んできて、奥村さんが権田先輩にぶちギレて、イレナさんにキスをされ、そして本気の告白をされた。


 これがわずか数時間の間に繰り広げられたのだ。

 混乱しない方がおかしい。


「とにかく風合瀬さんに連絡しないと」


 メッセージだと無視されるだろうから電話をかける。

 しかし案の定応答してくれない。

 僕は迷わず風合瀬さんの家へと向かった。



『いま家の前にきてる

 少しだけでも会えないかな?』


 メッセージを送って風合瀬さんの部屋の窓を見上げる。

 カーテンが少し揺れたのを見て手を振った。


『ごめん。無理』


 風合瀬さんの短い返信が届く。


『どうしても会って話がしたい』

『明日でよくない?』

『今じゃないとダメなんだ』

『はっきり言って迷惑なんだけど?』


 予想していたけど、風合瀬さんの態度は頑なだった。

 しかも結構強い言葉で拒絶され、少し凹んでしまった。


 本気で付き合ってるなんて浮かれていたのは僕だけで、風合瀬さんは迷惑だと思っていたのだろうか……


 カーテンが閉まったままの窓を見上げてそんな弱気になる。


 いや、そんなことは関係ない。


 落ち込みそうになるのを歯を食いしばって振り払う。


 僕が風合瀬さんを好きな理由は、決闘に勝って彼女になったからではない。

 それはきっかけに過ぎない。

 負けず嫌いなところ、気取らずに大きな口を開けて笑うとこ、からかい好きなくせに照れ屋なとこ、一緒に悩んでくれるところ。

 風合瀬さんが好きな理由なんて、数えきれない。


 ちょっと冷たくされたくらいで落ち込んでどうする。

 その程度の思いじゃなかったはずだ。


『出てきてくれるまでここで待ってる』


 先ほどのようにすぐ返信が来ない。

 さすがに呆れて返信するのをやめたのだろうか?

 そう思って五分ほど経ったとき、風合瀬さんからの返信が来た。


『マジでキモい

 そういうの、一番嫌われるよ

 前から思っていたけど、古林くんってほんと陰キャ丸出しだy1n%v』


 これまで受けたどの攻撃よりも痛い攻撃を受け、膝から崩れ落ちそうになる。


「ん?」


 送られたメッセージを読み返し文末がおかしいことに気付いた。


 陰キャ丸出しだy1n%v


 どういう意味だろう?

 何かの数式だろうか?

 それとも暗号?

 ネットで検索してみたが、それらしいものは見つからない。


 一時間経っても風合瀬さんは現れず、メッセージも帰ってこなかった。

 道行く人も気のせいか、こちらをチラチラと見ている気がする。

 僕自身はなんとも思わないが、風合瀬さんの一家の迷惑になってしまう。


『今週の日曜日。うちの道場に来て欲しい

 そこで僕はおじいちゃんと戦う

 必ず勝ってイレナさんとの婚約を破棄するつもりだ』


 何度も読み直してから送信する。

 しばらくしてからカーテンが揺れた気がした。

 でも風合瀬さんは出てこず、返信もなかった。


 風合瀬さんに思いを告げるのには言葉じゃダメだ。

 行動で示さなくちゃいけない。

 いま僕がするべきことはここで風合瀬さんを待つことではない。

 おじいちゃんに勝つために鍛練を積むことだ。


 もう一度だけ窓を見上げ、風合瀬さんの家の前をあとにする。

 弱点は聞けたが、それだけでは足りない。

 チャンスは一度きり。

 絶対に負けるわけにはいかない。


 おじいちゃんに勝つために稽古をしてもらう相手。

 それは


 ────────────────────



 更新が遅れてすいません。

 商業の方のお仕事でちょっとバタバタしております。


 とんでもない展開になってきました!

 これはイレナさんの逆転勝利もあるのか!?

 そしてなぞのメッセージの意味は?


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