第47話 復讐の権田
僕に勝つため特訓をしている。
権田先輩はかつてそう言っていた。
その言葉に嘘はなかったのだろう。
以前道場で戦ったときよりも確実に筋力が上がっていた。
一撃、一撃が重く、そして動きも速い。
掴み技中心の柔道も分が悪いと思ったのだろう。
掴みに来るだけじゃなくキックや頭突きなども織り混ぜてきた。
「ぐはっ!」
権田先輩の攻撃をいなし、脇腹に手刀を打ち込む。
確かに動きが違う。
しかし冷静さを失った権田先輩の攻撃は見切りやすい。
柔道以外の攻撃は喧嘩の域を出ておらず、素人そのものだ。
「もうやめましょう」
「まだまだぁあ!」
先輩は熊のように両腕を振り上げて胸ぐらと襟首を掴んでくる。
投げようとしてきたので逆に投げ返して権田先輩を草むらに転がした。
可哀想だけど気絶でもさせないと戦いをやめてくれそうにない。
「すいませんっ!」
頭を蹴ろうと脚を振り抜く──
「甘いっ!」
「うわっ!?」
狙っていたのか、先輩が僕の足を掴んだ。
まずいっ……
このままでは関節技を極められる……っ
慌てて足を抜き、素早く間合いを取る。
「甘いな、古林。俺の頭を蹴るのを躊躇しただろ」
「ッッ……」
先輩の言う通りだ。
気絶させようとしたが、力加減を間違って怪我させないか不安になった。
その迷いが動きに出てしまっていた。
「舐めるなよ、古林ぃッッ! 敵に情けをかけるなんて、どれだけ俺を甘く見てるんだッッ!」
ビリビリっと辺りの空気が震えるほどの怒声だった。
口の中が切れたのか、血を流しながら歯を食い縛る形相がまるで鬼のようだった。
「お前にとって、俺は取るに足らない雑魚なのかもしれない。だがな、古林。草食動物だって死ぬ気になったらライオンを蹴り殺せるんだ」
権田先輩は口許の血を腕で雑に拭う。
「そしていま、俺は死ぬ気だ」
ぞくりと震えた。
圧倒的に有利に戦っているのに、なぜか追い詰められた気がした。
「男、権田健治の本気を舐めるな!」
なんの策もなく、権田先輩が突っ込んでくる。
避けるか、迎撃か、組み合うのか?
頭が混乱し、動けない。
「うぐっ!」
がっしり掴まれ、そのまま押し倒される。
「俺は勝つ。お前に、必ず」
「負けるかぁあ!」
先輩が拳を振り下ろしてくる。
それをキャッチしてグギッと捻った。
「ぐあぁああ!」
嫌な感触が伝わってくる。
しかし手首を離さず、締め上げながら起き上がり、逆に先輩を組み敷いた。
「降参してください! でなければこのまま腕を折ります」
「降参なんてするかっ! 腕を折れ! それでも俺はお前を殺す! 噛みついてでもな!」
「いい加減にしろよ!」
キーンと響く声を上げながら柔道部のマネージャーであるギャル、奥村さんが駆け寄ってきた。
その後ろにイレナさんがいる。
戦いを止めるために連れてきてくれたのだろう。
「なにやってんだよ、権田。見苦しい」
「お前には関係ない。これは俺の戦いだ」
「関係ねーけど、どうせ怪我の手当てをうちにさせるんだろ? めんどくセェんだよ」
奥村さんは嫌そうに顔を歪めて吐き捨てた。
二人のやり取りを見て油断した隙に権田先輩は僕の拘束から逃れていた。
「安心しろ。今日はお前の治療はいらない。病院にいかなきゃいけないだろうからな」
そう言いながら権田先輩が殴りかかってくる。
腕を痛めたのでヘロヘロのパンチだった。
なんなくふわりと避けるが、更に蹴りやパンチをでたらめに放ってくる。
ブンブンと空を切りながら、足元はふらついている。
奥村さんの前で手荒な真似はしたくなかったけど、仕方ないので突き飛ばして地面に転がした。
「ふざけてんのか! 真面目に戦え!」
「もう負けてんだよ! さっさと諦めろ!」
奥村さんは苛ついた様子で権田先輩のお尻を蹴り飛ばした。
「諦めるかよ……こんなとこで、諦めるかよ」
「無駄なんだって! 気付けよ、バカ!」
奥村さんはバシバシと先輩のお尻を蹴り飛ばし続ける。
大して痛くはなさそうだが、さすがに気の毒なので止めようとする。
しかしイレナさんが僕の手を掴んで首を振ってそれを制した。
「まだわからない。勝てるかもしれないだろ」
「違うから。たとえ勝ったところで風合瀬はお前なんかと付き合わないんだよ! 見ればわかるだろ! バカなんじゃねぇの!」
「それでも戦うんだよ。そうするしか、風合瀬に思いを伝えられないから」
「キモいんだよ! マジで。本気で無理!」
奥村さんが権田さんの頭を踏みつけ、そのまま走り去ってしまった。
「悪かったな、古林。邪魔ものはいなくなった。さあ続きを──」
「謝ってきて」
イレナさんが鋭く細めた目で権田先輩を睨む。
「奥村さんに謝ってきて。じゃないと許さない」
「それはまた今度」
「いますぐ! はやく!」
イレナさんは巨漢の権田さんをぐいっと無理矢理立たせてドンッと背中を押す。
柔道家なだけあり、少し触れられただけでイレナさんの強さに気付いたようで驚いている。
「おまえ……いったい」
「いいからさっさと行って!」
「お、おう……」
権田先輩はよろけて脚を引き摺りながら奥村さんのあとを追っていった。
「ありがとう、イレナさん」
「ほんと、ヤバすぎでしょ、あの人」
イレナさんがため息をつく。
僕もそれには同意見だった。
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執念の先輩をなんとか凌いだ古林くん。
しかしまだ戦いの本番はこれから!
おじいちゃんに勝ち、風合瀬さんを悲しみから救えるのでしょうか?
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