23話 「情報の欠片」 ……無茶苦茶だな

 遅くなりました。

―――――――――


 その唇は確かに笑っていたが、碧く澄んだその目は笑っていなかった。

 なにかを決めたような冷徹な表情だ。今の彼女を見て、戦いたいと思う奴がいるのだろうか……。



「箱潰しのことはロミから聞いたよ。つまり、シルヴィアの事務所とこの事務所が潰し合うのか?」


「少し違うわ。8区にあるいくつかの事務所に私が話を持ち掛けたのよ。言った通り、彼らは恨まれていたからほんの少しの説得と金額で承諾したわ」


「こうなる前に動けなかったのか」


「評判や負傷などのリスク、後ろ盾……、箱潰しは不安要素しかないのよ」


「そういうもんなんだな」



 そういえば言ってたよな、2人が危険に晒されるから避けろって。この場合はどうすりゃいいんだ……。まさか救出対象が箱潰しを考えてるなんて思いもしなかった。



「ただ……」



 言いかけると、シルヴィアが少しはにかみながらこちらを見た。



「貴方が先に来るのは予想外だったけれどね」


「応援が来るって分かってたら、もう少し余裕があったんだけどなぁ」



 自分を納得させるために報酬という理由を作ったが、数少ない知り合いを心配しなかった訳ではない。ただ遅かれ早かれシルヴィアの応援とやらが来たのだから、あんまり心配する意味もなかったのかもしれない。と、少し思ってしまった。



「応援がちゃんと来るか分からない上に、私は自力で抜け出すしかなかったのよ。来てくれたことに感謝しているわ、例えロミの指示であってもね」


「まぁ指示というより依頼だけどな」


「ふふっ、報酬額は幾らお望み?」


「あー……、考えておくよ」



 承認を下す本人が払ってくれるって言うなら安心か。それを元手に次の隠れ家の引っ越し先を検討する。依頼を受けた時は皮算用だったが後は無事に連れ戻すだけだ。とんとん拍子にことが進むことを願おう。



「本当に箱潰しをするのか?」


「向こうがもっとちゃんと話し合う気が合ったら中止することも考えたわ。結局、穏便には進まなかったからこのまま予定通り進めるだけよ」


「じゃあ、後はそいつらに任せればいいってことだな!」



 シルヴィアの救出は手堅い、もう終わったようなものだ。このまま勝手に奴らが潰れればティナの問題も片付くだろうからわざわざ止める意味もない。



「そうとも言えないわね」


「え?」


「私も立ち会わなければいけないの、応援は私の後ろ盾があってこそだから。姿くらいは見せて協力する必要があるのよ」


「んなこと言ったって戦える状態じゃないだろ、もし戦えるならこんなことなってないだろうし。日を改めよう」



 さっきのは無し、やっぱり止めるべきだ。能力の反動なのだろうか、副作用といって口から出血しているうえ両手は未だ縛られたままだ。シルヴィアがここ数日で疲れ切っているのはロミから聞いていた。残ってどうなる?



「えぇ、でも丁度いい護衛がいるじゃない」



 急に第三者が現れた訳じゃない、俺に自分を守れと言っていることぐらい分かる。


 隣に立つシルヴィアが再度こちらを見た。仮面越しの俺の目をジッと見ている。

 拒否させまいとする期待と威圧の籠った目だ。ティナが顔にでるなら、さながらシルヴィアは目に現れるといったところか。当然、彼女の場合は意図的だろうが。


 だがそれはできない。



「……それは無理だ」



 その目に応えるつもりはない。少し冷たいだろうか?



「あら、断るなんて意外ね」



 俺の返答を聞いて飄々と返してきた。だがその目は以前としてこちらを見据えている。指輪のやり取りの時もこんな目をしていたな。



「ロミからの依頼は救出でお前を連れて帰るだけだ。俺にも事情があるのは分かるだろ、バレる訳にはいかない。以前は意図しない小規模な戦闘だったが、大っぴらにやる気はないんだ。ただでさえ今回のことで色々と問題が山積みだからな」


 

『異名持ち』から何かを奪うと決めた時、当然バレることは考えた。だが今ではない。それに俺に起こった問題の責任は誰にある?突き詰めればティナを見捨てなかった俺だろう、だが関わってしまった。これ以上リスクは犯せない。


 シルヴィアは俺から目を離すと、居ない誰かに話すように喋り始めた。

 


「『今は安全』の意味を教えてあげるわ。……貴方の首に掛かった賞金は5年前に消えたの」


「なっ!?賞金……?」



 世間知らずの意味がようやく分かった。そしてなぜ昔あそこまで追い立てられたのかも。自分は『厄災』だからだと思った、だがそれ以上に人々を動かしたものは何か……?




 金だった。





「貴方が厄災と言われた日、都は5歳の男の子1人に莫大な賞金を懸けたのよ。それこそ考えられないくらいの額をね」


「……」



『貧者の冠』はおろか、ばあちゃんでさえ俺にそんなことは言ってなかった。賞金のことはなにも。


 1つが解決すると1つ増える疑問。俺はなにも知らなかった。



「提供された情報にさえ多額の賞金があったのよ。冒険者は当然として、一般市民もこぞって貴方を探しまわった。それと同時に人の欲が都を大混乱に陥れたわ」



 俺は何も言わずただ聞いていた。



「偽情報の売買が横行し箱潰しは増加の一方、異形を取り扱う事務所は人探し専門へとなり、都にそれらがでても誰も引き受けなかった。挙句の果てに自分の息子や攫った子供の右手に、貴方と同じマークを彫ってから突き出したりね」


「……無茶苦茶だな」


「掲示板には各ギルドから貴方に関連する依頼ばっかり、でも依頼を他人へ渡さないために掲示板ごと引っこ抜いて持っていく事務所が現れたの。知ってたかしら?以前は依頼を掲示板に貼ってたのよ、でもその騒動以降は誰も張らなくなったわ。結局、有力な手掛かりや情報も見つからず、混乱を収めるため都が貴方に課した賞金は10年でなくなった」


「だから今は安全って言ったのか」


「えぇ、賞金も無い貴方を正義感で見つけようとする者は少ない。それに見つけたところで意味がないのよ、都が身柄を引き取るかさえ怪しいわ」


「……なんで『厄災』って言われてるんだ」


「知らないわ、都はその情報について開示していないの。だから貴方を診た鑑定士もそれが『厄災』って言われていることは知っているけれど、なぜかは知らないはずよ。恐らく知っているのは『統制者』だけでしょうね。実際懸賞金を懸けたのは彼らだから」



『統制者』……、あまり関わりたくないやつらだ。都の管理を管轄している彼らはこのバカでかい都を文字通り統制しているが、その実態はよく知られていない。

 知っているのは建物が中央区にあるってことだけだ。



「ティナは大手を振って通りは歩けないっていってたが……」


「未だに危険だって思われてるからよ、謂れのない非難を浴びるだけ。それに、もしかしたら正義感を燃やす誰かが貴方を捕まえるかもね?」


「正義感ね……、なんでお前やティナ、ロミはそうしないんだ」


「ティナは賞金が無いことを知っているからでしょうね。私は貴方が危険そうには見えなかったのよ。実際に能力を見るまで『厄災』だとは思わなかったわ」


「……」



 シルヴィアは数歩歩いた。

 その背中を、俺はもう一度信頼すべきだろうか。



「私は欲に駆られた人間の方がよっぽど危険だと実感しているの。それに、皆が石を投げたからといって一緒になって投げるつもりはないわ」


「捕まったり殺されたりするんじゃないかってずっと思ってたのにな……」



 仰ぎ見た空の色は、跳んだ時と違い微かに暮れを感じさせる。



「まだ都が本気なら『統制者』がもう貴方を捕まえているはずよ。彼らは至る所で私達を見ているから。でもそれがないってことは興味を失ったか、或いは何らか事情があるはずよ」



 ……疑問はある。そこまでして俺を捕まえたかった理由、なぜばあちゃんが匿ったのか。なぜバレなかったのか。スラムはなぜ手出ししなかったのか。まだまだあるが、やることリストにでも書いておくことにしよう。



 ティナみたく、俺も命を懸けて誰かを信じる時がきたのか……



「で……、一曲付き合ってもらえるかしら?」



 振り返る彼女は首を傾げそっと手を差し出してきた。その目に威圧はなく、ただただ優しく感じた。



「1等級を守るんだ、高いぞ」


「貴方の働き次第よ」



 差し出された手を握るのか、拳で返すのか。

 俺が差し出した手には後者しか経験がない。だからこそ、そいつらと同じようには振舞えない。多分、俺も一緒になって石を投げることができない側なのだろう。



「……じゃぁ、そうだな。踊ろうか」



 俺もまた歩き、差し出されたその手を力強く握った。

 通りの奥から武装した集団が近づいてくる、恐らく『応援』だろう。



 箱潰しはもうすぐだ。

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転生したら厄災と呼ばれました。 ~転生後のスキルは『奪取』!?せっかくなので他人の能力を奪いまくってやります~ バカの天才 @tensai123

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