4 陸の王子様
*
病気を持っているから捨てようね。
そう言われて私は捨てられた。
水がない陸に放置され、私は息苦しさのあまり暴れた。そのせいで、朽ちかけていた背びれや尻びれはもっと破損したが、それでも誰かに助けを求めるために動き続けた。
「かわいそうに」
そう言って少年は近くにあったバケツに私を入れた。
「良かった。生きている」
こうして私は一命を取り留めた。
それから私は、恩人である少年の水槽で飼われた。
少年は私を献身的に世話してくれた。私の背びれや尻びれ等がボロボロになっても、彼は私を捨てなかった。
彼は外から帰ると、真っ先に自室のテレビで映画を見るのが日課だった。
テレビの傍に水槽を置かれていた私は何が楽しいのだろうと思っていたが、彼はとても目をキラキラさせながら映画を見ていた。
特に、彼は人と人が口づけをする場面に魅了されていた。
私には何が良いのか分からないが、どうやら好きになった相手にするものだということは理解した。
彼の献身的な世話のおかげで私は大きく育った。そのせいで、水槽が狭くなり、彼は私を手放すことにした。
彼は大きな建物――学校のすぐそばにある用水路に私を放流した。
「もっと大きい水槽が買えたら良かったのに……ごめんね」
彼――最初に学校で倒れていたあの男子生徒――は涙を流していた。私は抗うことができず、用水路の中に流された。
それから私は、用水路で悠々と過ごした。
だが、もし願いが叶うなら、もう一度会えるのなら……
私は……
*
この鯉、否、
「キス、したかったんだね……」
溺れるのは肺に水が入るからだ。最初に倒れたあの男子生徒が他の生徒より重篤な状態で発見されたのはこの妖魚にキスされたが故だった。
妖魚は好きな人にする行為を、ただしたかっただけなのだ。
突然、ステッキから声がする。
会いたい
その声が妖魚のものだと小奈津は瞬時に分かった。
声は続く。
会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい
彼は、どこにいったの?
おそらくこの妖魚が学校内のあちこちで事件を起こしたのは、あの男子生徒の居場所を訊くためだ。だが、訊く前に皆溺れたことで、訊き出すことができなかった。
ステッキから伝わる声が激しさを増している。
「苦しめるつもりはなかったんだね」
ただ会いたかった。
キスしたかった。
それだけなのだ。
「だけどその感情は、あなたを苦しめているよ……」
苦しさを帯びている妖魚の声に、小奈津は涙した。
小奈津にはこの妖魚の気持ちが痛いほど分かる、 小奈津も、同じ気持ちだった時があったから。
だから、
「お願い、落ち着いて」
そう言った途端、ステッキから柔らかな光が発せられた。
その光は小奈津と妖魚を包み込む。その瞬間、ステッキに反響していた妖魚からの声は途絶えた。
その光はとても心地よかった。それは妖魚も同じなのか、光に身を委ねている。
ありがとう
ステッキから穏やかな妖魚の声がした途端、妖魚の体は鰭から朽ちた。
「! 待って!」
その瞬間、道の中に水が侵食する。
小奈津は恐怖のあまり、目を閉じた。
続く
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