3  水魚の竜宮

 その後、男子生徒は病院に連れて行かれ、一命を取り留めた。目が覚めて真相が明らかになると思ったが、その男子生徒は自分がどこで、どうして溺れたのか、全く覚えていなかった。

 それからというものの、水のない陸で溺れる事件は学校内のあちこちで起きた。

 共通しているのは、


 近くに水がないのにずぶ濡れになって溺れた状態で倒れていること。

 溺れた時の記憶がないこと。

 倒れていたのを発見されるまで目撃者がいないこと。


 こんな訳分からない事件に学校が恐怖一色に染まった。

 その恐怖をぬぐうためか、クラスメイトらは冬木に陰湿な八つ当たりをした。

 小奈津が冬木の無実を証明したが、冬木が口下手で自分の無実を表明しないが故だった。

 冬木は八つ当たりを無感情でスルーしているが、小奈津はそんな冬木を見るのが辛かった。

 だから小奈津は、この事件の謎を解こうと思った。



 帰り道、小奈津は事件が起きた現場を転々と移動していた。そして最後に、本当にプールの水が抜かれているのか、確かめるために外に出た。

 確かに、学校のプールは冬の気温で凍結しないよう、水が抜かれていた。それだけではなく、頑丈に閉鎖されているため、外部から侵入するのは不可能だった。しかし、男子生徒は全身がずぶ濡れになって溺れている。事件を起こす程の大量の水は一体どこから来たのか。

 小奈津が悩んでいると、ふと耳元で音がした。


 ピチョン


 それはまるで、水の中に何か落ちたようだった。

 辺りを見渡すが、水なんてないし、何も落ちた形跡がない。

 小奈津が首を傾げていると、また耳元で水音がした。


 ピチョンピチョンピチョンピチョン


 音は連続し、だんだん近づいてくる。

 小奈津は得体のしれない恐怖を覚え、その場から逃げ出そうとした。


 ずぶ


 足が陸に取られ、小奈津の体が陸に沈む。


「!」


 息ができない。

 小奈津は息をするために浮上しようとするが、浮こうにも水が絡みつくし、そもそもどこに浮上したらよいのか分からない。

 息が苦しく、もう死ぬしかないと思ったその時、ふと雑貨屋で買った髪飾りが小奈津の目の前にふわりとやってきた。

 沈んでいる最中に髪からとれたのだろう。小奈津はとっさにそれを手にした。

 すると、髪飾りが眩い光を発する。あまりの眩しさに小奈津は目を閉じた。

 目を開けた次の瞬間、手にしていたはずの髪飾りはステッキに変わっていた。

 形が棒状になっているが、繊細な彫刻と彫られた面にパステルカラーが流し込まれた様はあの髪飾りと変わらない。

 そして小奈津は自分が息できていることに気づいた。

 見上げると、小奈津を中心に球体の別空間ができている。この別空間のおかげで息ができていることに気づいた。


「……」


 小奈津は自分が手にしているステッキを上から下へ振ってみる。すると、球体から水をかき分けるようにして道ができた。小奈津がステッキを降ろすと、その道は消え、球体だけが残る。不思議に思って小奈津は何度もステッキを上下して道を作った。


(すごい……まるで!)


 魔法みたいだ。

 呼吸ができるようになったこともあり、気持ちに余裕ができた小奈津はあたりを見渡す。

 そこは青い池のような異空間だった。そう思ったのは、陸が沈んだ後にこの景色になったのと、たくさんの鮮やかな色の鯉が泳いでいたからだ。

 その中で、一匹だけ異色な鯉がいた。

 白と金で彩られたその鯉は泳がずにその場に留まっていた。尾が動いているから死んでいるわけではない。だが、魚らしくないその様子に小奈津は目を奪われた。

 あそこに行きたい、そう思った小奈津はステッキを振り、あの魚に至るまでの道を作った。

 小奈津はおそるおそる踏み出す。引き続き、呼吸ができていることを確認した今、小奈津はあの鯉めがけて歩き出した。

 そして小奈津は、あの鯉と対峙する。


「!」


 鯉の背びれ、尻びれ、胸びれ、腹びれは朽ちていた。かろうじて無事なのか尾びれだけだ。

 目は片目だけ白く濁っていたが、もう片方の目は黒真珠のようだった。

 その目がぎろりと動き、小奈津と目があった瞬間、ステッキから出た眩い光が小奈津と鯉を包み込んだ。                                      


                    続く



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