2 溺れる

 次の授業は理科室で実験だったので、小奈津は亜季と共に教室から移動していた。

 階段を上っていたその時だった。


「!」


 近くで耳を裂く悲鳴が聞こえた。明らかに尋常じゃない悲鳴だった。小奈津は亜季と顔を見合わせ、とりあえず階段を上がり終える。

 階段を上がったその先の廊下に人だかりができていた。小奈津は背伸びをして様子を伺う。

 人だかりの中心に男子生徒が倒れていた。男子生徒は全身ずぶぬれで苦悶の表情を浮かべていた。

 生きているのか分からないが、重篤なのは見て分かる。

 だが、小奈津は倒れている人よりすぐそばに立っていた生徒に驚いた。

 冬木だ。

 冬木は呆然とした表情で倒れている人を見つめている。彼のズボンや手は濡れていた。

 誰かが呼んだのか、図体の大きい体育教師がやってくる。

 

「おい! 大丈夫か!」

 

 体育教師が倒れている男子生徒を抱き上げると、彼はうめき声をあげた。生きてはいる。誰もが安堵した時だった。


「お前がやったのか?」


 小奈津含め、その場にいた生徒らに混乱が広がった。

 体育教師に指摘された冬木は唇をかんで黙り込む。体育教師の目に怒りがこもり、冬木を掴みかからんとする勢いで立ち上がった時、小奈津は人だかりをかき分けて叫んだ。


「冬木じゃない!」


 一同の視線が小奈津に向けられる。それにひるまず、小奈津は続けた。


「もし、この人を死なすのが目的だったら、人工呼吸なんてしない!」


 冬木が人工呼吸をしていた。そのことに気づいたのは彼の制服の濡れ具合だった。

 もし、彼が何らかの方法でその男子生徒を溺れさせ、階段を上ってここまで来たとするならば、冬木は男子生徒と同じく全身ずぶぬれのはずだ。

 だが、彼の制服はズボンの膝部分と袖だけ濡れていた。これが意味するのは、彼が男子生徒を助けるために膝をつき、抱き上げて人工呼吸を行ったことだ。

 助けようとした、そう考えるのが妥当だ。


「冬木はやってない」


 小奈津が何度もそう強調すると、体育教師は黙り込み、辺りを見渡した。


「プールは冬で水を抜いている。それに洗面台でこんなにずぶ濡れになるほどの水を流していたら誰か気づくだろう。だが、誰も知らせる者はいなかった」


 確かに、洗面台で大量の水を浴びていたら目立って仕方ないだろう。話題になっているはずだ。しかし、ここで男子生徒が倒れているのが見つかるまで、学校は平穏そのものだった。


「一体、何が起きたんだ?」


 一番真相を知っている男子生徒は固く目を閉じたまま、うめき声をあげるのみだった。


                 続く

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