時空超常奇譚2其ノ壱〇. OTHERS/妖界物ノ怪戦争

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

OTHERS/妖界物ノ怪戦争

 この世界のどこかに存在するのだろう異世界に迷い込む話は、ルイス・キャロルの不思議の国のアリスを筆頭として、地球内部に入り込むジュール・ベルヌの地底旅行や絶滅した恐竜が登場するコナン・ドイルの失われた世界が有名だし、古くから伝えられる地下世界アガルタの都市伝説も知る人ぞ知るものだろう。また、ファンタジー小説やアニメでは異世界転生が花盛りだ。

 異世界。そんな世界が現実にあっても決して不思議ではない。いきなり飛ばされたら、映画や小説やアニメの中で活躍するような主人公にはなれないだろうが、悪意を持った輩さえいなければ、きっとワクワクが止まらないに違いない。

 東池袋に新設された国立新東京大学別館ビルの廊下で、事務局長の羽外田はけたと非公認サークル超々常現象研究会代表の七瀬奈那美が意味深に揉めていた。

「事務局長、いくら何でもそれはあんまりじゃないですか?」

「すまん。私には妻も子供もがいるんだ、諦めてくれ」

「無理です、私には諦められません」

 週明け早朝、突然七瀬の携帯電話に事務局長羽外田から連絡があった。暫くして、事務局から息を切らして飛んで来た羽外田は、七瀬と何やら廊下で感情的な会話を始めている。

 七瀬の目には光るものが見えた。廊下で繰り広げられるメロドラマのような会話を半開きのドアから覗きつつ、ダンボになった耳をドアに押し当てて、二人の部員の小泉亰子と前園遥香が興味津々で聞き入っている。

 会話が終わって事務局長羽外田が帰ると、部室に戻った七瀬は珍しく大きく溜息を吐いた。部屋には気不味きまずい空気が流れている。息の詰まるような重たい空気に嫌気が差した気の短い小泉は、七瀬に向かってド真ん中の直球を投げた。

「先輩、事務局長と不倫しているんですか?」

「何だそりゃ。私が何故あのハゲと不倫しなけりゃならないんだ?そんな事は、天空のベテルギウスの超新星爆発が100万回起きてもあり得ないぞ」

「でもあのハゲ、じゃない事務局長が「私には妻がいるんだ、諦めてくれ」って言ってましたよね」

「先輩は「諦められない」て言っとったな」

「聞いてたのか?」

「あっ、ゼンゼン盗み聞きじゃないですよ」

「違ゃいます」

 二人は慌てて否定した。

「そんな事はどうでもいい。お前等さ、根本的に勘違いしているぞ。さっきあのハゲ事務局長が言っていたのは「この部室を明け渡せ」って事だ」

「?」「?」

 小泉と前園は小首を傾げ、少しも、ちっとも、微塵も、寸分も納得していない。

「でも先輩、涙声だったじゃないですか?」

「そうやな」

「あぁ、あれは「事務局長、いくら何でもそれはあんまりです」って泣けば何とかなるかと思っただけだ。結局、何ともならなかった。ハゲ如きに下手に出るのは意味がないな」

「先輩、部室を明け渡すってどういう意味ですか?」

「何でやの?」

 通常は、出来たばかりの非公認サークルに限られた部室の使用許可が与えられるなどあり得ないのだが、七瀬は事務局長に直接掛け合って『特別事案』として大学の使用許可を得ていた。

「ハゲが言うには「この部室を引き続き使いなら、最近大学内で起きている『目玉の化け物事件』を解決しろ」って言うんだ。何故、私がそんな事をしなければならないのかさっぱりわからないが、事務局長も「こんな事件がマスコミにでも知られたら、事務局長としての立場が危うくなる。私には妻も子供もがいるんだ」って言ってた」

「そういう事ですか。何だか紛らわしいですね」

「そうやわ。中年ハゲが好みなのかと思いましたわ」

「何も、紛らわしい事なんかない。私が何故あのハゲと不倫なんて……うっ、ゲロ吐きそうだ」

「妊娠?」

「違うに決まってるだろ。不倫なんかしたらばぁちゃんに殺される。ベテルギウスが100万回・ん?」

 七瀬の絶対的反論の途中で、左右の指先に二つの黄金色の小さな光が留まった。

 二つの光は、更に七瀬の両手の指先から肩に動くと頭上に移動し、踊るように交わりながら螺旋を描いて全身を舐めた。それは、まるで何かを確認しているようにも見えるが、七瀬は一瞥して意図的に目を逸らした。

「先輩、その『目玉の化け物事件』って先週ラグビー部の部室に化け物が現れて6人が精神科に入院する騒ぎになったやつですよ、化け物ですよ」

「大丈夫ですか?幾ら先輩が化け物と友達でも喰われてしまいますやん」

 小泉と前園が心配そうな顔をする横で、七瀬が薄笑いを浮かべて言った。

「大丈夫。私は化け物と友達ではないし、喰われたりもしない。何故なら、私一人じゃなくてお前等も一緒だからだ。お前等二人が化け物に喰われている間に、私は確実に逃げられる」

「最低ですね」「化け物退治て、何やらイヤな予感がするやん」

 突然、三人は意図も理由も必然性も曖昧なままに、正体不明の化け物退治をする事になった。

 尤も、理由が全くない訳ではない。部室使用についての特別事案による大学の許可とは、七瀬本人曰く「偶々、物置小屋として使っていた部屋があったので、事務局に丁寧に部室の必要性を説明した上で大学側の特別な理解を得た」という事になっているのだが、その真相は「事務局長が大学に出入りする飲料メーカー営業マンから毎月ビール券やら商品券を贈られている事実を知った七瀬が、理事長羽外田を脅して無理矢理に使用許可を得ていた」のだった。従って、理事長羽毛田からの依頼を無下に出来ない事情がなくもない。

 とは言え、ラグビー部の猛者達が手に負えない訳のわからない事件を、何故七瀬が解決しなければならないのかは良くわからない。

「先輩、何でウチ等なんですかね?他に幾らでも体育会のムキムキの男子学生がいるのに」「変ですやん」

「それがさ、事件当日に事務局長が管理責任者として現場に行ったらしいんだ。そしたら、姿の見えない化け物に『ななせななみというひとをよんでこい』って言われたんだとさ」

「また、先輩の知り合いの妖怪ですか?」

「またっていうのが気になるけど、それにしてもどうしようかな。もし出来なかったら、「ここを化け物の部屋にする」ってハゲが言っているんだ。まぁ、化け物と同居でも私は構わないんだけどさ、取りあえずハゲには「任せろ」と言った」

「やるって、言っちゃったんですか?」

「「任せろ」なんて言ぅたら、ヤバいん違ぃます?」

 二人の顔に不安が募っていく。

「悪い、成り行きで言ってしまった。何せ、事務局長が『それなら、B103に行ってください』って、見えない化け物に言ったらしいんだ。だから、例え断っても多分化け物は来る」

「B103って言ったら、この部屋じゃないですか?」

「化け物が来るの確定ですやん」

 泣き言を言う小泉と前園の目が、天井を右から左に追っている。話の流れからすると、きっとそのせいなのだろう。先程から、ハエのように飛ぶ小さな光が見える。

「何かが飛んでるのが見えますね」「何や、これ?」

 今し方まで七瀬の周りをハエのように飛び回っていた小さな二つの黄金色の光は、ピンポン玉大に膨れ上がり、今度は部室の中をゆっくりと移動している。小泉と前園の目が天井を上から下へと追ったが、七瀬は無視を決め込んでいる。

「気になりますよね」「先輩、あれは何ですか?」

「いや、私には二つの黄金色の光なんか全然見えない」

 七瀬はパソコンのモニター画面を見つめたまま、黄金色の二つの光の存在を認めようとしない。

「先輩、そこに見えているじゃないですか?」「見えてますやん」

 黄金色の光は、窓ガラスを通り抜けて外へ出て行き、また部屋に戻って来ると今度は天井の辺りををグルグルと回った。

「いや、そんな黄金色のピンポン玉の光なんか見えない。出て行ってまた来たのなんか見えていないし、私には何も見えない」

 七瀬は相変わらず訳のわからない事を言い続けているのだが、二人は相手にしていない。

「先輩、あの黄金色の光って何ですか?」

「何ですか?」

 二人の詰問にも、意識的と思われる七瀬の無反応が続く。見えている事は間違いないが、それを態々否定するのは怪しい。

「知らん。訳のわからないものを見たら、見えない振りをしなさい」って、昔ばぁちゃんに言われたんだ。だから、私には何も見えない」

 小泉と前園の二人は七瀬の顔を覗き込んだ。

「先輩、本当はこれが何だか知っているんでしょ。この前の白髭の神様お化けや、カラオケ屋のお爺さんお化けも知っていたじゃないですか?」

「知っとったな」

 つい最近、蒸し暑い夏の日に、いきなり神を自称する老人がやって来た。その後、カラオケ屋にも同じような老人がいた。真偽はわからないが、それが妖怪らしかったのだった。

 動揺を隠しきれない七瀬は、精一杯に光の存在を否定した。

「この前のもその前も、化け物じゃなくて妖怪だ。まぁ、同じようなものだし、本当に妖怪なのかもわからない。どちらにしても、私には黄金色の光なんか全然見えていない」

「先輩、いい加減にしてください。先輩は、化け物、妖怪、何でも知り合いじゃないですか?」

「ん、ちょっと待て。妖怪、化け物と私を一緒にしていないか?」

「だって、先輩なら妖怪でも化け物でも幽霊でも怪物でも、皆、仲間っぽいじゃないですか?」

「そうやわ」

「何んだと、私は化け物でも妖怪でもない。仲間とは何だ、コラ」

 七瀬が噴火すると、前園がさらりと言って除けた。

「先輩は妖怪、化け物と仲間やなくて、同類やん」

「ふにゃ?にゃん、にゃん、にゃん、私は化け物じゃないにゃん」

 七瀬が猫の仕草で話題を変えようとしている。

「あっ先輩がネコにゃんになった。でも先輩、可愛くないですよ」

「嘘臭いわぁ」

 乾いた言葉が七瀬に飛ぶ。

「そりゃ、そうだ。人にはそれぞれキャラってものがあるからな。さて、この金色の物体は何だろうな?」

 キャラを自覚している七瀬の頭上を、二つの黄金色のハエが舞っている。前園は特に意味はなく、いつものルーティンで右手を翳して光の意識を読んだ。

「あっ、こいつ等意識がありますわ。そうや、エエ事思い付いたで」

 前園は、二つの金色の光を器用に指に絡めて、パソコンのキーボードに乗せた。途端に、二つの光はキーボードの上で何かを伝えるかのようにピョンピョンと跳ねた。何かを期待していた前園だったが、パソコンのモニターを見て落胆した。パソコン画面には、意味のない文字の羅列が見えるだけだ。

「あれれ、まるで文字になってないわ。アカンかぁ。絶対いけると思ぅたんやけどな」

「おい前園、何やってんだ?」

「こいつ等にパソコンのキーボードを叩かせてたら、言葉になるんやないかと思ぅたんですけど……」

「なる程。もしかして、そいつ等ローマ字入力が出来ないんじゃないのか?」

「あっ、そうや。ちょっと待っとって、プロパティ、かな入力、ホイホイっと」

 再び、前園が黄金色の光をパソコンのキーボードに乗せた。光は今までよりも一層激しくキーボードの上で必死に踊って見せた。すると、モニターに言葉が現れた。

『ななせななみさま・わたしたちはもののけむらからきました・』

 モニター画面の文字に、七瀬は不思議そうな顔をした。

「何だ、こりゃ。こいつ等、何故私の名前を知っている?それに『もののけむら』って何だか良くわからないな。やっぱり、何もなかった事にしよう。それがいい」

 キーボード上の意識を持った光は、七瀬の言葉に愕然としたように見えた。

「先輩、こいつ等の話聞ぃたりましょうよぅ」

 七瀬が邪険にする光に前園が肩入れしている。前園が「『もののけむら』って何んですか?」と打ち込むと、『もののけむらは・わたしたちのむらです・』と返った。

「もののけむらちゅう場所みたいやな」

『たいへんなことがおこっています・ななせななみさま・わたしたちをたすけてください・』

「『救けてください』って、何で私なんだ?」

『このひかりはのりものです・のってください・もののけむらまでごあんないします』

「救けてくれって言った次は、ご案内だと?おい、お前等化け物だろ、姿を見せろ」

「・・」「・・」

「舐めてんのか、姿を見せろって言ってんだよ」

 七瀬の怒声に二つの光は仰天し、一瞬で子供の姿になった。顔が強張る二人の子供が涙目で緊張気味に言った。

「はい、失礼しました。ボクは座敷童子、名前はキサラ」「ボクも座敷童子、名前はサラムです」

 二人の座敷童子が姿を現した。頭を結び着物を纏い、夏なのに半纏を着込んだ絵に描いたような妖怪の子供の格好をしている。ゆるキャラのようにも見える。

「可愛いですね」「ムッチャ、可愛いやん」

 小泉と前園の二人は、子犬のように座敷童子の頭を撫で回し捲った。

 その時、ドアをノックする音がした。二人の座敷童子との話が本題に入る中で、七瀬と同学年で同じ端田ゼミ生の安達治郎がひょいと顔を出した。

「七瀬さん、おられますか?」

「おぅ『作家先生』の安達じゃないか、何か用か?」

「勘弁してくださいよ、あの件は反省してるんですから」

 同期なのに、何故か敬語で話す安達がバツの悪そうな顔をした。

 数カ月前、安達治郎は安達ナオキの名で小説を書き、メジャーではないが文学賞に入選した。だが、登場人物の一人は明らかに行き付けの喫茶店サンジェルマンのマスターと思われ、ストーリーはその男が常連客の女性達を次々と騙していくというものだった。それを知った普段菩薩のように優しいマスターは、烈火の如く怒り「安達のクソガキを呼んでこい、ぶち殺したらぁ」と息巻いた。菩薩マスターが具体的にどの部分に腹を立てたのかは不明だったが、その怒りはかなり激しかった。更には『マスターは昔そっちの人だったらしい』とか『背中には虎の彫り物があるらしい』とか『大学に乗り込んで来るに違いない』『捕まったら山の奥に埋められるに違いない』との真しやかな噂が大学内を駆け巡った。そして、それにビビった安達は大学に来れなくなってしまった。

 そんな事件を七瀬が解決した。マスターは『七ちゃんが言うならいいよ』と矛を納め、安達はマスターに頭を下げた。実は、その小説のストーリーに最も憤慨していたのは、誰あろう七瀬自身だった。主人公に騙される女性は明らかに七瀬をモデルにしており、最後には人知れず野垂れ死ぬのだ。

 七瀬は常に平静を装いながら、事件を解決した後で安達に「おい小僧、余り舐めた真似してやがると、殺すぞ」と言った。

 安達の後日談によると、その時の七瀬は獣の目をしていたらしい。安達は震え上がり、その場で失禁した。その日から七瀬の子分、ポチが一人増えたのだった。

 安達は、強張った顔で嘘臭い愛想笑いをしながら七瀬に告げた。

「来週の大討論会の議題なんですけどね、端田教授が是非とも『輪廻』について語り合いたいって言っていて・」

 七瀬はポチの言う事など聞いていない。

「そうだ。ちょうどいい安達、今から鬼退治に行くんだ。でさ、酉役の小泉と申役の前園はいるんだけど戌がいないんだ。面白いからさ、お前がポチ、じゃなかった戌役で来い」

「私は酉、何故?」

「ウチは申?」

「いや、僕は明日から旅行に行く予定なので・」

 安達の返答など端から聞く気のない七瀬は、一方的に鬼退治ツアーを説明した。

「安達よ、聞いて驚け。この旅のツアーコンダクターは何と金黄色の化け物だぞ。しかも、三人の美女が同伴だ。どうだプレミア物だろ?」

「あっ、ちょっと考えさせて・」

 小泉が諭すように安達に言った。

「安達先輩、残念ですけど選択の余地はありませんよ。先輩は来るか?とは言っていません、来いと言っています」

 前園が繰り返した。

「来いと言ぅてるので、選択肢はおまへんな」

 そんなやり取りの中で、再びコンコン・とドアを叩く音がした。

「どなたですか?」

 前園の声に、返事がない。前園は、ドアを1センチ程開けて来客の姿を確認した。そして息を呑み、そのまま後ろ手に閉めて鍵を掛けた。

「ここだ」「見つけたのは俺だ」「俺だ」「俺だ」

 扉の向こう側から多勢の言い争う声がする。前園の唯ならぬ様子に一同が怪訝な顔をした。

「前園、何だ?」

「遥香、どうしたの?」

 七瀬達の問いに、前園は青い顔に眉を寄せながら答えた。

「見た事もない赤い色の丸いお化けみたいなのが、そこにゴチャっとおるんです」

 二人の座敷童子は慌てた様子で叫んだ。

「ヤバい、奴等」「もうここまで来たんだ、ヤバい」

「何だ?」

「早く行こう」「今直ぐに出発します」

 そう言った座敷童子が黄金色の光に戻り、空中で螺旋を描きながら一つの光になって、一気に膨張した。

そして三人の美女とポチを包み込み、空中に浮き上がった。光の中は半透明で足下が見えている。足がふわふわと落ち着かない。

「面白いな、これって飛べるのか?」

「はい、時空間を超えて飛びます」

「「黄金の光よ、飛べ」と叫んでください」

 七瀬奈那美の「黄金の光よ、飛べ」の掛け声に呼応するように飛んだ光は、あっという間に池袋の全景から東京、日本列島を映し出し、足下に玩具のような青い地球を見せた。二人の美女がはしゃぐ隣で、ヘタレのポチが半透明の足下に震えている。

「あの・僕はまだ行くとは・」

「煩い。自分が私に口答え出来る立場かどうか良く考えろ。それにもう飛んでいるんだ、ガタガタ言うんじゃない」

「はい・わん」

 ポチが元気良く答えた。足下に次第に遠ざかっていく地球を見ながら、七瀬は目を輝かせて、目の前の妖怪に容赦ない問い掛けをした。

「さて、座敷童子君達。もの村とやらに着くまで色々教えてもらおうかな」

「あの、出来れば、僕は・旅行に・」

 安達が何かを言ったが、誰も聞いていないし、最初から安達の存在などない。

「おいキサラ、サラム答えろ、ラグビー部の部屋で何をした?」

 座敷童子の二人は、七瀬の質問にちょっと拗ねて口をへの字にしながら答えた。

「何もしてないです」

「そこに行ったら棒で突つかれたので、腹が立ってこうしたんです」

 風船が破裂したような音がした途端、座敷童子が二つの巨大な目玉になった。

「なる程、棒で突つかれてムカついてやったのか、やるじゃないか」

 七瀬は、幼子を見るように優しく目を細めた。

 突然の座敷童子変身に、根性なしのポチは腰を抜かして後退りしたが、小泉と前園は目玉に組み付くと愛おしそうに頬ずりした。

「おい小泉、前園、こいつ等は妖怪だぞ、何故ポチのように驚かないんだよ?」

「だって、可愛いじゃないですか」

「可愛い目玉やん」

「やっぱり、お前等変態だな。それに引き換え、こいつはヘタレだ」

 七瀬は妙な納得をしながら、二人の座敷童子に訊いた。

「サラム、キサラ、お前等の目的は何だ?」

「七瀬奈那美さんを捜して、あっちこっち日本全国を彷徨ってやっとあの場所に辿り着いて、それで事務局長さんに七瀬奈那美さんの居場所を教えてもらったんです」

「やっぱり、先輩は同類だ」「やっぱりやね」

「何故、私なんだ?」

 座敷童子に必死に探される理由がわからない。過去に会った事もないし、思い当たるフシもない。

「ボク達は長老様から『七瀬奈那美さんを捜して物ノ怪村にお連れしなさい』と言われました」

「何故、私なのかを訊いているんだよ?」

「詳しい事はボク達にはわかりません」「知りません」

 七瀬の疑問は何一つ解けない。

「何故なんだろな。私はお前等なんか知らないし、私がお前等の村へ行かなければならない必然性が皆無だ。それに「救けてください」というのはどういう意味だ、誰かと戦争でもしているのか?」

「鋭い、さすがは『マザー』ですね」

「あっ、それは言っちゃいけないって長老様が言ってた」「あっ、そうだった」

 七瀬は悪魔のように「にっ」と笑った。

「サラム君、キサラ君、『マザー』って何かな?」

「・」「・」

 妖怪サラムとキサラが涙目で懇願した。

「ボク達に訊かないでくださいよぅ」

「そうですよ。ボク達が七瀬奈那美さんを捜しているのはアナタがボク達を救ってくださる神様だからですよぅ」

「だから、その神ってのは何だって訊いてんだよ」

「アナタは自分が何者か知らないんですか?」

「知らん。そう言えば、その昔クソ妖怪が私の事を『マザー』とか言っていたが、何の事かさっぱりわからなかった。何なんだ、それは?」

 座敷童子の二人が泣きそうな顔をした。

「ボク達には詳しい事はわからないです。知っているのはアナタが神様だという事だけです」

「だから、その神って何だよ?」

「長老様に聞いてください」「ボク達は、唯戦争を終わらせたいだけなんだから」

「戦争?お前等の世界の妖怪同士で戦争しているのか?」

「いえ、違います。物の怪同士は、長老様の下で団結しているので争う事はない・筈なんです。昔、世界中の全ての妖怪が長老様の下で団結を誓い、世界物の怪連合が成立したんです」「でも、長い平和が続いて、長老様に敵対する者達が現れたんです」

「奴等は宇宙を暴れ廻る者達と繋がりを持っているらしいんですけど、その勢力は強大となって一部の地域に集まり、何度も世界戦争が起こったんです。しかも、そいつ等の大将は・」「あっ、それも言っちゃぁ駄目なんだぞ」

「何がなんだかわからないが、団結していた中に不届き者が現れて、戦争が始まったって事か」

「この戦争は、必ず人間の世界にも波及する事になります」「何故だ、その戦争はお前達の世界の話だろ?私達に何の関係もないじゃないか?」

「人間の世界には関係ないなんてとんでもないです。今、ボク達の世界と人間の世界は相似の関係にあるって長老様が言っておられました」「第一次物ノ怪戦争の後直ぐに人間界で第一次世界大戦が起こり、第二次物ノ怪戦争の後暫くして第二次世界大戦が勃発しました。つまり、人間の世界と連動しているんです。そして、第三次物ノ怪大戦が起ころうとしています。必ず人間の世界と連動します、だからボク達が奴等に負ける訳にはいかないんです」「それに、宇宙を暴れ廻る赤い悪魔は、もう人間世界に侵攻しているかもしれません」

「宇宙を暴れ廻る赤い悪魔って誰ですか?」

「まだ良くわかっていないんですけど、『モノボラン星人』と呼ばれています」

「宇宙人がいるんですか?」

「どんな宇宙人なん?」

 益々以って訳がわからなくなっている。妖怪だ神だとB級映画に出てきそうな安直なフレーズが飛び交う中で、今度は宇宙人だと言う。次は、怪獣か戦闘ロボットでも出てきそうだ。

 目の色を変えてはしゃぐ小泉と前園を、七瀬が制止した。

「宇宙人は置いといて、取りあえず『宇宙を暴れ廻る宇宙人が存在する』という事で話を進めよう」

「先輩、という事は私達が妖怪世界の戦争を止めないと、第三次大戦か宇宙戦争が起こるって事になりますよね?」

「しかも、勝たなとヤバイかも知れへんて事ですよ」

「まぁ待て。話の流れはそうなんだけど、大学構内の化け物騒動から妖怪、神の化身から一気に宇宙戦争だからさ、どこまで信用出来る話なんだろうな?」

 座敷童子の二人が不満そうに膨れっ面で言った。

「あ、それってボク達の話を信用してないって事ですか?」「ボク達は、嘘なんか言ってないですよ」

「信用してない訳じゃないさ。こうやって宇宙を飛んでいるんだから。唯、いきなり全てを信用しろって方が無理があるだろ?」

 七瀬が座敷童子の話へ懐疑を投げている間に、黄金色の光は宇宙を跳ねるように飛び、火星や木星、土星から無数の星々をプラネタリウムのように輝かせた。

 そして、オリオンとアンドロメダ銀河を見ながら、宇宙の深淵を超えて漆黒の宇宙空間に辿り着いた。更に、その向こう側に進んで行くと、今度は再び無数の星々が輝き、何故か見覚えのあるアンドロメダ銀河、オリオン星雲が光っている。逆再生のように海王星と天王星から土星、木星、火星が見えた後、黄金色の玉はあっという間に地球、そして日本列島のどこか見知らぬ緑に包まれた海岸線に滑り込んだ。一瞬の出来事だった。

「何だ、今のは?」

 キサラとサラムが状況を説明した。

「閉じられた時空間を超えて、パラレル時空に入りました。ここは地球、日本です。但し、人間は一人もいません、物ノ怪の世界です」「でも、人間の世界と時空間が繋がっています」

「内側に閉じた時空間とパラレルワールドを体験しているのか?パラレルワールドが本当に存在するとは驚いたな」

 七瀬を狐が抓んでいる。

「物ノ怪時空間『狸の穴』を通過します」

 全てが前方に向かって動いている。狸の穴と呼ばれる大きな光る輪を通り過ぎると、光の玉は一段とスピードを上げて飛んだ。

「一つ聞きたい事がある。多分宇宙は無数にあるのだろうが、その宇宙の外側には何がある?」

 キサラが泣きそうな顔をした。

「宇宙の外に何があるのかなんて、ボク達にわかる筈ないですよぅ」「そうですよ、そんなの長老様に訊いてくださいよぅ」

「そりゃそうだな」

 戌の安達が恐る々一同に訊いた。

「あのぅ・僕明日旅行に行く予定なんですけど、今日中に帰れますかね?」

 安達の唐突な問い掛けに、小泉が優しくツッコミを入れた。

「安達先輩、ここで質問です」

「何ですか?」

「安達先輩は、誰と旅行に行くんですか、次の三択です。一人、ご両親、お友達?」

「あ、あの、友達・です・」

「安達先輩、次の問題です。これは、六択なのでとても簡単です。お友達は次のどれですか、男の人、ヘタレ女、バカ女、ブス女、クソ女、ゲス女?」

「……彼女です・」

 安達の回答後、裁判官小泉亰子は即座に、そして高らかに、判決を下した。

「はい却下、却下。お前は、唯の戌だ」

 七瀬の声がした。

「安達、残念だったな。小泉に容認されれば帰れたかも知れないが、却下されたという事はお前は永遠に戌だという事だ。もう諦めろ、このお姉様は私以上に狂っている。因みに、もう一人のお姉様は他人の精神をコントロールする事が出来る。もっと恐ろしい女だ」

 安達が小さく悲鳴を上げて涙ぐんだ。三人の美女と一匹のポチを乗せた黄金色の光は、遥かに続く海岸線を越えた。その向こうに小高い山々に囲まれた集落が見える。

「あれが、ボク達の村です。村を囲むバリアシールドを抜ける為に、ちょっと揺れますのでご注意ください」

 上空から眼下に古民家が並び、地中海風に統一された金色の屋根瓦と家壁の違和感は否めないが、それ以外には特に人間界と違う様子はない。海のある観光地のような趣がある。

 ゆったりとした揺れと耳を突く独特の機械音を伴って、黄金色の玉は更に村の中心へと滑空した。集落の中程に、屋根から壁に至るまで金色に輝く一際大きな家屋があり、その屋根に黄色い旗が風にひるがえっている。

「あっ、旗だ。長老様が呼んでおられます」

「長老様は気が短いので、早速長老様のいるあの『中集殿ちゅうしゅうでん』に向かいます。もっと揺れますので、ご注意ください」

 黄色い旗が棚引たなびく建物、中集殿の屋根の上空にブラックホールのような漆黒の円形の空間が浮いている。四人を乗せた金色の光は、躊躇する事もなくブラックホールへと突き進んだ。小刻みに揺れながら金色の光が中集殿のバリアシールドを超え、中集殿の内部へと暫く進んで止まった。

「着きました」「着きました」

「中に入るのも大変だな、ここはどこなんだ?」

「物ノ怪世界の中枢である『中集殿』です」「ここで、履物はきものを脱いでください」「長老様のお呼びがありますから、それまで座布団に座ってゆっくりとくつろいでください」

 黄金色の光の玉が消えると、キサラとサラムが座敷童子に戻った。周りには、時代劇で見たような畳敷きの大広間を金の襖、屏風が囲んでいる。

「先輩、ここは何ですか?」

「ここはどこなんやろ?」

「さあな、さっぱりわからない」

 三人は、取りあえず流れに身を任せる事にした。この状況で、あれこれ考えても仕方がない。ポチは周りの異様さに唯々惚けている。

 靴を脱いで座布団に座った三人とポチは、ほっとする間もなく驚いた。一同が座る十枚程の畳が宙に浮いたかと思うと、いきなり目前の襖が開いた。襖の向こう側に更に続く大広間の襖、その更に奥の襖も開いていく。最奥が見えない。

 次の瞬間、二人の座敷童子を置いたまま、三人とポチを乗せて浮き上がった畳はまるで空飛ぶ絨毯の如く奥へ奥へと飛び始めた。感覚としては、飛んでいくというよりも引っ張られているような感覚に近い。

 幾つかの部屋を超えた空飛ぶ畳は、それまでとは一風変わった白い畳の日本間で止まった。周り一面の壁と天井が白く輝いている。広間に座らされた四人の前に、金色の龍の蒔絵が施された他とは違う大きな襖が見え、襖の向こうで何かを制するような地に響く天の声がした。

「皆の者、座らっしゃい」

 その状況に、ワクワクの止まらない妄想の膨らんだ小泉と前園は、意味もなく嬉しそうだ。

「先輩、これTVの時代劇で見た事がありますよ。この襖が開くと家来達が両側に座っていて、一番奥に将軍が座っているんですよね」

「そうや、そうや」

 前園が言葉を被せたその時、唐突に勢い良く金蒔絵の襖が開いた。

 その向こう側には、正に小泉の予想通りに数十人の従者達が両側一例に並び、その奥には金色に輝く座椅子に座る白髪の老人の姿があった。

 老人は、金色の着衣に髪は白髪で長い顎髭を蓄えている。更に、老人の頭には角があり、目だけが異様に光って見える。

「長老様、『我尊光護崇高神がそんこうごすうこうしん様』の御来訪に御座りまする」

 御付きの者の発した言葉に、老人は全ての従者を威嚇するような大声を被せた。

「皆の者、我等の御崇高神様が来られだぞい」

 長老と称する老人が腰を上げると、両側の数十人の男達が一斉に頭を垂れた。一列に並ぶ従者達の中を重々しく一歩々と進んだ老人は、四人の前まで来ると七瀬の前で立ち止まり、下座して深々と頭を下げた。

「ワシがこの世界を束ねる妬唆之裡伽火とさのりかひですじゃ、以後御見知の程御願い申し上げまする」

 白色の長い髪から見える二本の角だけでなく、肩には更に大きな角が生えている。正に鬼だ。

「ひゃぁ・鬼・」「ここは鬼ヶ島・?」

 小泉と前園が震えながら囁いた言葉は、当然のように老人の大声に掻き消された。

「このような糞田舎に御来訪を頂戴し、誠に深き御礼を申し上げまする。是非とも御願い申し上げたき議があり、こうして来て戴いた次第。先ずはこの石を携えてくださいませ。これは、この村に伝わる『拡力かくりきの石』ですじゃ」

 七瀬の前に、てのひらに乗る程の球形の石が現れた。石は一点の曇りもなく透明で、中心部に赤い光が見える。何が始まるのか、先の成り行きなど読みようのない状況で、言われるままにその石を両手で包み込んだ。途端に、掌の上の石は弾けたような音を発し、両手から金色の光の柱が立ち上り、天井を突き破った。

「おぅ凄い」「凄い」

 連なる従者達が一斉に感嘆の声を上げた。老人は確信した。

「貴女こそ、古より我等に伝わる『我尊光護崇高神様』に間違い御座いませぬ。我等が願いの議は、別間にて申し上げまする」

「先輩は神様なんですか?」

「先輩、凄いぃ」「七瀬さんが神様?」

 一同は、いきなりの『七瀬=神』に驚いた。長老が右手を挙げ、端座の声役が妙な口調で告げた。

「本日はぁ、これにてぇ、散会」

 両側に一列に連なる者達が一斉に頭を垂れ、七瀬達四人が座る銀色の部屋が奥に下がって巨大な襖が閉まると、今度は金属製のレールが伸びて四人を乗せた畳を支えた。金属製のレールに支えられた四人の乗った畳は、一旦後方に移動してから左方向に進み、また違う趣を見せる七色に輝く広間で止まった。

 一体この建物内部にはどれ程の部屋があるのだろうか。七色の壁一面に広がる大型有機ELらしいTVが美しい山々を映し、壁や天井が色を変えている。とても、片田舎の家屋ではない。

 暫くして、下座の席に時空間から光が出現し、長老妬唆之裡伽火とさのりかひが姿を見せた。三人の美女が感嘆の声を上げた。

「へぇ、時空間移動か、相当の科学力だな」

「凄いですね」「凄い、ドラエモンみたいやわぁ」

 老人は、四人を一瞥し七瀬に頭を垂れた後で、おもむろに語り掛けた。

「遠路遥々御越しを戴き、大変恐縮で御座りまする」

 即座に、七瀬が長老と称する老人に疑問をぶつけた。

「挨拶などいらない。それよりも訊きたい事がある、先ずここはどこだ?」

「この地は、地球であり日本ですと言っても納得はされそうも御座いませぬな」

「当たり前だ。宇宙の果てを超えて、同じポイントに戻ったこの場所は、ここは一体どこだ?」

「パラレル時空間ですじゃ。『それぞれが互いに存在するべき時に現れる空間』、人間界から見れば本来は存在しないものと言えるかも知れませぬ」

「ここは地球なのか、座敷童子の二人が「人間の世界と連動している」と言っていたのはそういう事なのか?」

「そんな余計な事を言いましたか。仕置きをせねばならぬな」

「あっ長老様、ご免なさい」「ご免なさい」

 いつの間にか、下座で恐縮する二人の座敷童子の姿があった。

「まぁ良い。確かにこの世界と人間界は連動しております。即ち、この世界で起こった事は必ず人間界でも起こる事になるのです」

「この世界と人間界の位置付けが理解出来ない」

「それぞれは表裏一体の関係。本来は時間軸が異なる為に擦り合う事はないが、この世界と人間界との連動が発出するという前提が生まれる場合にのみ、表裏となる事になっておるのです」

「?」

 次々と出てくる不思議な言葉に首を捻る。

「わからない事が多過ぎる。まず私の事を呼ぶ『我尊光護崇高神がそんこうごすうこうしん』とは何だ?」

「貴女は、御自身を何も御存知ないので御座いますかな?」

「知らない」

「うむ。では神の古から語らねばなりませぬな。貴女は我等の守り神たる光護の力を持つ存在に御座います。確然として申し上げるならば、貴女は神の化身であり、この宇宙を救世くぜすべき神の遣いの一人で御座います」

「何だか全然わからないけど、その話どこかで聞いた事があるような気がする」

 小泉がその話に呟いた。会話は続いていく。

「いや残念だが、私はそんな力など持っていない」

「いやいや、貴女には大いなる光護の力が宿っておられる」

「光護の力、何だそれは?」

「うむむ。手荒じゃが目覚めていただいた方が早い。時間がない、アレを持て」

 長老の呼び付けに、御付きの者がまるで想定していたかのように二振りの日本刀を手渡した。老人は、自らが一振りを持ち一振りを七瀬に渡して、叫んだ。

「崇高神様、今より本気の勝負、殺し合いをしていただきますぞ。いざ」

 いきなりの展開に七瀬が腹を立てた。

「何故、私が爺さんと真剣で殺し合いなんぞしなけりゃならないんだ?」

 老人が七瀬を挑発した。

「殺し合いです。如何なされた、崇高神様は臆病者であったか?」

「臆病者だと、ふざけるな。お前のようなジジイが私の相手になんかなるかよ?」

「では、いきますぞ」

 聞く耳など持たない老人は、勢い良く光り輝く日本刀を振り下ろそうとして、そのままその場にうずくまった。

「腰が、腰が・」

「だから、言っただろ。ジジイのくせに無茶するからだよ」

「長老様」「長老様」

 七瀬が呆れたその時、地に響く鈍く嫌な音がした。

「何の音?」「何の音?」

 長老を気遣う座敷童子達は、地を揺らす爆裂と思しき音に耳をそばだてた。襖の向こう側から、従者達が何かの攻撃に慌ただしく怯え騒ぐ声が聞こえた。

「大変だ、奴等が来たぞ」「第1バリアが破られた」

「長老様、大変です」「長老様、奴等の奇襲攻撃です、お逃げください」

「何が起きたのじゃ?」

「奴等の攻撃です」「最終バリアが破られました、駄目です。もう終わりです」

「何が起きたんですかね?」

「ヤバそうやで」

「奴等って誰だ?」

 三人のいぶかる声に、否応なく被せる御付きの者達の叫ぶ声が広間に響き渡る。

「長老様、御逃げください」

 爆裂音に七色の空間が揺れた。

「第1連隊、第2連隊前へ。第3連隊は右から攻撃せよ」

「長老様、御逃げください」

「何を言うか。ワシは神の使い妬唆之裡伽火とさのりかひじゃ。ワシに任せんしゃい」

 七瀬達一同にはまるで正体のわからない『奴等』に、老人が敢然と挑んでいく。

「長老様、御やめください」「長老様、危険で御座います」

「皆の物、せんしゃい」と何かを知らせる老人の声が響いた瞬間、空間を切り裂く奇妙な音とともに、黒い光の矢束が七色の大広間を貫通した。

「ひゃあ」「何ですか、これは?」

 七瀬は感覚を研ぎ澄まし、黒い矢が飛んで来た方向を知覚した。長老から渡された『拡力の石』のせいなのか、今そこで何が起きているのか、何が起こるのか、全てが手に取るようにわかる。

「ヤバい、また来るぞ。皆、伏せろ」

 七瀬の声に、一同が畳に伏せた。黒い光の矢束は次々と七色の空間を串刺しにし、矢に触れた従下の者が悲鳴を上げながら姿を消していく。

 七瀬奈那美は自らの意識に向かって何かを唱えた。

「瞬時出現万防盾・時空間飛翔・」

 そして、両手を広げて一同の前面に仁王のように立ちはだかると、七瀬をかたどったオレンジ色の盾を出現させた。オレンジ色の盾の顔に、胸に、肩に、腹に、足に、次々と黒い光の矢束が刺さり、身体全体が炎に包まれた。

「先輩ぃ、大丈夫ですかぁ?」

「わぁ、アカンやん」

「もしもし、七瀬さん。生きてますかぁ?」

 黒い矢束に貫かれた七瀬の姿に、小泉と前園は涙目で叫んだ。ポチが目の前にある七瀬の人型に話し掛けたが返事はない。

「これはどういう事じゃ。崇高神様は御無事か?」

 流石の長老が想定外の成り行きに慌てたが、黒い光の矢に全身を貫かれて燃え上がったと思われた七瀬の声が一同の意識に平然と告げた。

「それは私の分身だから大丈夫。私は既にその空間にはいない」

「これはテレパシー、先輩生きてますかぁ?」

「先輩、どこにいるんですかぁ?」

 尚も、七瀬の精神波が一同の意識に響く。

「私は外にいる。誰もそのオレンジ色の人型の盾から出るな」

「瞬間移動、テレポーテーション?先輩、凄い」

「凄いやん」

「七瀬さんは超能力者だったのか?」

「いや、違う。長老の爺さんに貰った石に念じると、不思議な力が湧いて来るんだ。私のオレンジ色の光はバリアと同じ効果があるから、お前等全員をオレンジ色の光で包んでやる」

 七瀬のオレンジ色の人型は、輝きながら形を変化させて三つの光に分離し、三人それぞれを包み込んだ。

「ワタシも石が欲しい」「ウチも欲しいな」

 長老が石の効力を説明した。

「『拡力ノ石』は潜在的な力を増幅する機械石。その者の本来の持つ力を引き出し増幅するだけの事ではあるが、崇高神様の潜在の力は流石じゃ。今から、ワシもそちらへ行きましょう」

 長老は、印を組み漆黒の穴が出現させると、その穴を潜って物ノ怪村中集殿の上空へと時空間移動した。そこに、黒い光の矢を迎え撃つ七瀬の姿があった。

「何だ、爺さんか。何しに来たんだ?」

「何を仰るやら、貴女は神の化身であり我等の光護たる崇高神として存在すべき大切な御身。ワシは、命に替えても貴女を守らねばなりませぬ」

 七瀬が物ノ怪村の上空で首を傾げた。

「また、神の化身か。何を言っているのかさっぱりわからない」

「古よりの我等の神言は、『天より邪悪なる赤神であろう』と伝えておりまする。邪悪なる赤神は既に天より降り、この世界に混沌が迫っておる今、我等は尊厳であり崇高神であられる貴女に救世を願う以外にないのですじゃ」

「座敷童子が言っていた『マザー』とは何だ?」

「マザーとは、もともと一部の者達がこの世界の救世神である崇高神様を指す言葉としておりましたが、最近では村の子供は皆親しみを込めて崇高神様をそう呼んでおりますな」

「光護の力とは何だ?」

「それは神の力であり、この世の全てを邪気を弾く力に御座います」

「何を聞いても、さっぱりわからないな。で、その力を持っている私を呼んだ目的の『赤い神』というのはアレか。私にはアレが赤には見えないけどな」

「邪悪なる赤い神は、あの黒いヤツ等の背後におります」

 何が何やら、わかった事など殆どない。それでも、この世界を救う事になっているらしい神としては、例えその話が騙りであろうが唯の成り行きであろうが、侵略者である赤い神と黒い物体の群れを潰さなければならないに違いない。

 夕刻の西の空を埋め尽くす程無数の黒い物体の群れ。その背後に赤い物体が見え、中央に銀色の光が輝いている。中集殿を突き抜けた黒い光の矢束は、明らかにその無数の物体から発出されたように見える。

「爺さん、そもそもあれは一体何だ?」

「あの赤の物体は、宇宙を暴れ廻る『赤い神』、黒い物体は赤い神が造った生物兵器らしいです」

「幾ら聞いても訳のわからない事ばかりだが、要するにあの黒いのと赤いのをぶっ叩けばいいのか?」

「そうです。だが、気を付けてくだされ。奴等の攻撃は相当に強い」

「ワタシが来なかったら一人で奴等と戦う気だったのか?」

「いや、ワシだけではない。ワシには『無敵の魔神』という強い味方がいる」

「無敵の魔神?」

 長老は頷きながら左右の手で印を組み、何者かを呼んだ。

「出でよ、破壊神デイダラ」

 印から白色に輝く光の玉が出た。光の玉は鈍い音をともなって弾け、二人の背後に白銀色に輝く巨大な戦士を出現させた。どう見ても、巨大なヒト型の化け物にしか見えない。

「我が名はデイダラ・この世界を破壊する者を・決して許さぬ」

 厳格な顔に緑色に光る目が勇壮に見える、魔神が老人に告げた。

「リカヒよ・いよいよ決戦なのだな・」

「そうじゃ」

「爺さんよ、このデカいのは何だ?」

「デイダラは、この物ノ怪世界の守り神であり、破壊神でもある。この世界を破壊する者を決して許さぬ。デイダラは、破壊神として自らこの世界を破壊する為、天よりこの地に降りたのじゃ」

 またまた、理屈の通らない話が出て来た。破壊神がどうやって守り神になるのか、矛盾の塊のようなヒト型の魔神がいきなり破壊を始める事はないのか。

「何だ、そりゃ。こいつもヤバい奴だって事じゃないか?」

「まぁ、そういう事になりますな」

「どちらにしても、この宇宙は破壊されるって事なんだな。爺さん、そんな奴を味方につけて大丈夫なのか?」

「恐らくは、大丈夫ですじゃ」

「恐らくって、随分いい加減だな。理屈が良くわからないが、取りあえず味方って事でいいのか?」

 白銀の戦士は、夕焼けの赤い空を見据えながら言った。

「黒い奴等は、別宇宙からこの宇宙に侵入した赤い神モノボラン星人が宇宙の破壊の為に放った兵器だ。だが、赤い神と黒い奴等の弱点はわかっている」

「弱点があるのか?」

「崇高神様、既に仕掛けは万端出来ております故、後は奴等を止めるのみですじゃ」

 長老が悪戯小僧のように楽しそうな顔をした。

「何かわからないけど、面白そうだな」

 七瀬が興味を見せたその時、空を埋め尽くす黒い物体の中央に輝く銀色の光から声がした。

「親父よ、まだ我等に抗うのか。何故わからぬのだ、この星などという些末な話ではない、何れはこの宇宙の全てを治めるだろう赤い神が啓示されたのだ。赤い神は、俺に「この星地球は、お前が治めよ」と言われた。俺は赤い神の下僕となり、この世界は俺のものになるのだ」

 銀色の光から響いた声に、七瀬は首を傾げながら長老妬唆之裡伽火とさのりかひに問い掛けた。

「随分と勝手な話だが、『親父』とはどういう意味だ?」

「奴はワシの息子、星羽せいはです。今は奴等のマインドコントロールによって、この世界の破壊者となっておりまする」

「馬鹿息子って事か?」

 銀色の光の中から声がした。精神波が繋がっているようだ。

「何、馬鹿とは何だ?」

「バカは、馬鹿としか言いようがないだろ?」

「何だと、キ、キサマは、高々ニンゲンではないか?」

 銀色の光が一瞬の閃光の後、ヒト型となり鬼に姿を変えた。褐色の肌をした鬼の頭には黒い髪と銀色の角が、肩から腕には幾つもの銀色の角が生えている。

 長老裡伽火りかひが銀色の鬼に向かって叫んだ。

星羽せいはよ、控えろ。この方こそ、我尊光護崇高神様じゃ」

「何、キサマが伝説のマザーだと、戯言をほざくな」

「戯言ではない、真実じゃ」

「煩い、例えそうであったとしても、我等が赤い神に抗う事など出来ぬわ。何故なら、赤い神はこの星を包み込む程の数だ。キサマに勝ち目などない、とっとと尻尾を巻いて人間界へ帰るがいい」

 銀色の角の鬼は、畳み掛けるように叫び続ける。

「親父よ、降伏しろ。妖怪如きが勝つ事など万に一つもない。降伏すれば、赤い神はきっとこの星を破壊するのを中止してくださるに違いない」

 この宇宙を破壊するという赤い神が、銀色の鬼星羽せいはに地球を治めろと言っているなら、話は矛盾している。低レベルの詐欺師の手口だが、そこにマインドコントロールがあると、その矛盾は矛盾ではなくなる。

「星羽よ、言っている事が矛盾しておるぞ」

「煩い、赤い神を愚弄するな」

 納得しない銀色の鬼に、長老裡伽火はカッと目を開き、諭すように言った。

「星羽よ、いつまで世迷い言を言っておるのだ。いい加減に目を覚ませ。その者達は宇宙の侵略者に他ならぬ、お前をおとしいれようとしているのだ」

 銀色の鬼は、真面な理屈さえ聞く耳を持っていない。

「煩い、煩い。今から、赤い神の総攻撃でこの物ノ怪世界ごと地球を消滅させてやる、覚悟するがいい。その後にこの世界を支配するのは俺だ」

 銀色の鬼の言葉は明らかに理屈が通っていないが、マインドコントロールとはそんなものなのだろう。興奮気味の銀色の鬼に長老裡伽火は慌てた。

「崇高神様、我が息子星羽の光の槍は爆弾と同程度の破壊力を持っております。それだけでなく、後ろにいる黒い奴等の攻撃力は相当に強力ではあり、更に赤い神の力は完全に把握出来てはおらず未知数です」

「ヤツ等に対抗する作戦はあるのか?」

「黒い光の矢であろうが赤い神の未知数の攻撃であろうが、破壊神デイダラのバリアで防ぐ事が可能でありましょうし、星羽の光の槍もワシの力で相殺出来まする。残るは、貴女の光護の力によって全てを撃滅する事が出来るかどうかです」

 随分と簡単に言うものだが、「さぁ、やれ」と言われても、光護の力自体を理解していない七瀬には撃滅する為の方策が思い付かない。

「何をどうすればいいんだ?」

「古の伝えによれば、崇高神様は光護の力で「邪悪なる赤神を封印した」と言われております」

「封印?」

 我尊光護崇高神たる七瀬奈那美のニューロンは、「封印」というキーワードに反応した。封印、即ち囲い込んでしまえば良いのだ。そこから、長老の言う撃滅へと持ち込むストーリーは未だ描けないが、何とかなるだろう。そんな気がした。

 七瀬は、まずはこの戦いの完全勝利のイメージを膨らませた。

「私を呼んだ理由はわかったが、恐らく私の力で戦って勝利出来るのは一度切りだ。という事は、あの黒い物体だけじゃなく、その後ろにいる赤い奴等も全てこの場所に集結させてから一度に封印しなければ駄目って事だ」

「崇高神様、何か良策があるのですかな?」

「アレでいく」

「アレとは?」

「難しくはない。ヤツ等の攻撃の一段目を魔神が防御し、爺さんは銀色の馬鹿息子の光の矢を止める。同時に私が・」

 七瀬は、一度しかないだろうと思われる封印作戦を告げた。

「うむ」「了解した」

 七瀬は右手の人差し指を天空に突き上げ、銀色の鬼を煽るように挑戦的な言葉を投げた。オレンジ色の小さな光が次第に膨張しながら空に舞っている。

「おい馬鹿息子、このオレンジ色の光の玉が見えるか?私の力で、お前等全部この玉の中に封印してやるよ、覚悟しな」

 挑発的言葉に、銀色の鬼が激怒した。

「ふざけるな、ニンゲン如きが・この俺に敵うものか。ふざけるな、ふざけるな、攻撃だ」

 空を埋め尽くす黒い物体が一斉に光の矢弾となって、凄まじい轟音と爆煙の中で飛んだ。矢弾の嵐は山々を破壊し樹木を焼き、地上を火の海に変えた・筈だった。

「どうだ、オレ達の力を思い知ったか。オレの勝ちだ・」

 爆煙が消え途端、勝利を確信する銀色の鬼は目前に現れた光景に目を疑った。

「な・何だ、あれは、デイダラの仕業か?」

 村全体を包み込む破壊神デイダラの勇壮なピンク色のバリアが見える。

「崇高神様、一段目の攻撃は作戦通りデイダラが止めました。二段目の黒い光弾と同時に飛び来る星羽の光の槍はワシが止めましょう」

「爺さん、何としても止めてくれ。その後の三段目は赤い奴等が来る。本当の戦いはそこからだ」

 銀色の鬼は事の成り行きに激昂した。

「デイダラ如きが舐めた真似しやがって、オレの光の槍をぶち込んでやる。親父よ、さらばだ」

 銀色の鬼が印を組んで全身を輝かせると、見る間に数百個のプラズマが分離し銀色の光の槍となった。

「オレの光の槍は無敵だ、全て消えてしまえ」

 無数の黒い矢を従えた数百個の銀色の槍は、凡ゆる方向へと飛び散った。長老が同じタイミングで放った同じ数の金色の光は、銀色のプラズマの槍を上回るスピードで飛び、どこまでも追い続け離れる事はない。そして「滅」、長老妬唆之裡伽火とさのりかひが一喝した。

 遥かに響く声に呼応する金色の光は、当然のように銀色のプラズマの槍を包み込んだ。途端に、金と銀の対消滅が起こり、眩しい光輪と耳を劈く轟音が響いた。

「さて、これからが本番だ。爺さん、次の光の槍も頼んだぞ」

「ワシに抜かりはありませぬ」

「魔神、耐えろよ。お前がコケたら全て終わりだからな」

「ワレは魔神なり、何の問題もない。それよりも、奴等を封印した後はこれを使ってくだされ。これは神水弾、奴等を溶かしてしまう劇薬だ」

 宇宙を破壊する赤い神を溶かす薬があるとは、想像すらしていなかった。 

「何だかわからないが、了解した」

 七瀬の全身がオレンジ色の光に包まれた。西の空に黒く光るヤツ等の背後に、赤い光の群れが見えている。

「攻撃だ。ニンゲンよ、くたばれ」

 赤い光の群れと黒い物体、そして幾つもの銀色のプラズマの槍が一挙に襲い掛かった。七瀬は、無策とも言える銀色の鬼の直情的な攻撃を嘲笑った。

「馬鹿息子よ、そんな子供地味た攻撃など幾ら出しても無駄だ。そんなもの私が吹っ飛ばしてやるよ」

 巨大なオレンジ色の光に包まれた七瀬は、一気に赤い光の群れに飛び込んだ。上空に広がった巨大なオレンジ色の光は、生き物のようにユラユラと自在に形を変えながら二方向に分離し、一方で器用に黒い光弾を包み、他方で赤い光の群れを延縄のように完全に囲い込んでいく。

 金色の光が銀色のプラズマ爆弾を一本釣りにしているのだが、キリがない。

「爺さん、こりゃ駄目だな。その内私達が潰れる」

「そうですな・」

 地上から爆発音が響いた。

「何事じゃ?」と確認する長老の意識に、従者が告げた。

「長老様、奴等の地上軍です、地下壕に潜んでいたと思しき機械兵団が現れました」

 小泉と前園も、同じ事態に驚き、七瀬の意識に話し掛けた。

「先輩、大変です」

「侍の兜のカッコした変なヤツ等が沢山攻めて来ました」

「大変だ、わん」

 甲冑に身を固め真剣を振り翳す数千の機械兵軍団が、群れを成して中集殿に攻め込んで来る。

「手が回らないな。爺さん、あの石を三つ出して私のツレに渡してくれ。あいつ等の内の二人の潜在能力は、きっと私よりも高い」

「うむ。それなら、この『シャブ玉』が良い、即効性がありまする」

 長老が右手を翳して呪文を唱えた。純白の新たな三つの機械石が時空を超えて現れ、それぞれ小泉と前園とポチの手に移動した。その石は、二人の潜在的な能力を引き出す筈だ。

「小泉、前園、お前等で何とかしろ」

「了解しました」「ラジャーやわ」「わん」

 白いシャブ玉に、二人の潜在超能力者と犬が嬉しそうに飛び付き、はしゃいだ。

「超能力の石だ、石だ」「ウチも超能力者やわ」「わん、わん」

 二人の潜在超能力者は、白いな石に向かって、それぞれの野望を叫んだ。気持ちは既に勇者に成り切っている。

 小泉亰子が必然を揚々と叫んだ。

「我の手に出でよ、勇者の剣。我が燃え盛る志を刃に変え、全ての邪悪な意識を葬り去る為に・」

 小泉の大望の叫びとともに、真っ赤に燃え盛る炎を纏う剣が両手に出現し、全身が紅緋べにひ色に輝く勇者の衣に包まれた。小泉の嬉々とした声が聞こえる。

続いて、前園が摂理を高らかに叫んだ。

「我の手に出でよ、戦士の剣。我が熱き魂の叫びを聖刃に変え、全ての愚かな意識を打ち砕く為に・」

 前園の待望の雄叫びともに、真っ青に燃え上がる炎を纏う剣が両手に出現し、全身が青藍せいらん色に輝く勇者の衣に包まれた。前園の小躍りする声が聞こえる。

 勇者の衣を纏ったコスプレ娘達が、世界を滅ぼそうとする魔王を倒す勇者ゲームの主人公に成り切って、上機嫌に浮き立つ声を出している。

「先輩、この石って凄く面白いですよ。何でも出て来る」

「じゃあ僕も・出でよ、マシンガン」

 ポチが吠えた。空中から金属バットが現れ、頭に当たってコブが出来た。

 紅緋と青藍の勇者の衣に身を包む光り輝く戦士の登場に、その場に緊張が張り詰める。ゲームのクライマックスだ、勇者が高らかに告げる。

「この世界の平和の為に我等は降臨した。我等に抗う者達よ、覚悟するが良い」

 前園は、既にゲームの中の仮想世界に入り込んでいる。その横で、小泉が吠えた。

「キサマ等、往生せぇ。ポチ、行け」

 天空で黒い光を迎え撃ち続ける七瀬は呆れている。

「お前等、無茶苦茶してるな。そいつ等は皆ロボットだからな、怪我しないように気をつけろよ」

「先輩、大丈夫ですから」

「そうやで。エエ気分なんやから邪魔せんとってください」

「何だか、楽しそうだな」

 そんな事を言っている場合ではない。黒い光弾は、オレンジ色の盾を吹き飛ばす勢いで途切れる事なく、そして数を増しながら飛び爆裂した。天空から、地上で戦う三人の姿が小さく見える。機械兵の刀と二人の戦士の剣が鎬を削っている。機械兵の刀とポチの金属バットが交わり、激しい火花が飛び散った途端、ポチが悲鳴を上げて逃げ惑った。

「先輩、こいつ等ヤバい、本物の刀だぁ」

「ホンマにヤバいわ」

 舞台の芝居ではなく、ドラマの撮影でもないのだから当然と言えば当然なのだが、改めて真剣の戦いに前園は目を丸くして驚き、その隣で小泉がキレた。

「死んじゃうだろボケ、やるならやったるぞ。ぶち殺したらぁ」

 小泉は、時としてまるでヤクザの如くキレる。味方としては、頼もしい。キャン、キャンと泣き、命からがら逃げ回るポチを見て、勇者二人は「にやり」と笑った。

「遥香、アレやろうよ」

「そやな。出でよ、ダイナマイトの束」

 美女二人は、出現した幾つものダイナマイトの束をポチの首にくくり火を付けて、世界平和を高らかに謳った。ポチが再び悲鳴を上げてた。

「行くんだポチ、世界の平和の為に」

「そうや、行けやポチ。この世界の平和の為に」

「冗談はやめてくださいよ。ダイナマイトだぁぁぁ、わん」

 ポチは叫び捲りながら走り回り、機械兵の群れを引っ掻き回した。滅茶苦茶なポチの撹乱攻撃に機械兵達は狼狽したが、それでも刀を振り回す無数の機械兵達に囲まれて行き場を失ったポチが泣き出した。機械兵が一斉にポチに斬りかかったタイミングでダイナマイトが次々に破裂し、機械兵が粉々に吹き飛んだ。ポチ髪の毛がカッパのように上部だけ失くなった。

 上空の七瀬は、無茶苦茶な勇者二人に呆れている。

「お前等、容赦ないなぁ。ポチのやつ、その内に袋叩きにされるぞ」

「いいんじゃないですか、その間に逃げられるし」

「そやな」

「お前等、悪魔だな」

 そう言いながら、悪魔の美女二人は手を休める素振りもなく、叫び続ける。

「出でよ、正義のマシンガン。遥香、こいつ等全部潰してやろう」

「OKやで」

 叫びに呼応し、勇壮に現れた赤と青の二砲のマシンガンは、ボーリングのピンを倒すように数えきれない機械兵を消し去っていく。

「やるなぁ、あいつ等。でも爺さん、こりゃらちかないな」

「うむむ。やはり、難儀で御座いますな」

 止目処なく飛び来る黒い光の矢束を払い、光の槍を消し去ってはいるものの、いつ終わるとも知れない迎撃に限界を感じている。それでも、黒い光の矢は終わる事なく飛んで来ては爆裂の光を発する。

「これまでか・」

 長老妬唆之裡伽火とさのりかひの諦めを、七瀬は即座に否定した。七瀬奈那美の辞書に諦めという文字はない。

「いや、まだ諦めるのは早い。幾ら何でも、もう一つくらい方法はある筈だ」

「さて、どう致しますかな?」

「そうだ、背後だ」

 奴等が果たしてどれ程の数なのかはからない、それでも奴等の後ろに回れば勝機を見出せる可能性があるかも知れない。孫氏の言葉通り、相手を知らなければ勝機はない。

「私は移動する、爺さんは光の槍に備えてくれ。魔神よ、後を頼んだぞ。何度も言うが、お前がコケたら全て終わりだからな。小泉、前園、地上はお前等に任せた、私は奴等の後ろに回る」

『御意』

「先輩、了解しました」「任せてチョンマゲやでェ」

 七瀬奈那美は、オレンジ色の光の盾を残して一瞬で天空へと移動した。だが、黒い光の背後が見えない。更に、上空を目指して飛んだそこに、宇宙から遥かに青い水の惑星地球が見える筈だった。

「な、何だ、あれは?」

 上空成層圏付近から見える地球の姿に仰天した。目の前の青い筈の地球が黒と赤に染まっている。赤と黒の光の群れが地球を覆い尽くし、宇宙空間にまで点在しているのだ。

「こりゃ勝つなんて夢の夢だ。そもそも奴等は一体どれ程いるんだ?」

「崇高神様、どうされました?」

 七瀬は、地球を包むように蠢く無数の赤と黒の光のビジョンを長老に送信した。拡力の石によって凡ゆる能力を駆使する事が出来る。感知した長老は、その異様な光景に肝を潰した。

「な、な、な、何じゃこれは?」

「爺さん、凄いだろう?これが全てヤツ等なんだよな」

「うぅむ。これは凄い、相当数いるものとは思っておりましたが・これ程とは・」

 長老が言葉を失っているが、ここでの諦めはこの世界の終わりと同義語だ。しかも、この世界で起こった事は人間界でも起こる。それならば、当然諦める訳にはいかない。

「そう言えば、魔神が『神水弾をぶつけろ』とか言ってたが、奴等の弱点とは何だ?」

「弱点は水ですじゃ。奴等は、水に触れただけで溶けてしまうらしいのです。しかも魔神デイダラが渡したのは超光水と言う水に塩が溶け込んだもの」

「水と塩、塩水……それなら、何とかなるな」

「どうするので御座いますかな?」

「いいから、見てなって。私が伝説通りに奴等を封印してやるよ」

 そう言ったと同時に、七瀬の身体はオレンジ色の光となった。そして、赤と黒の光の群れの中へと飛び込み、あらん限りの意識で叫んだ。

「私はここだ、掛かって来い」

 唐突に飛んで来た意識に赤と黒の光は狼狽しながらも、一斉に七瀬の発するオレンジ色の光に群がった。ヤツ等が一点に集中した。

「今だ。頼むぜ、姉御」

「了解・」

 七瀬が何者かの意識に話し掛けた。オレンジ色の光は一気に膨れ上がり、更に膨張する無限の光の玉と化すと、無数に群がる黒と赤の光を地球ごと包み込んだ。物ノ怪村の空がオレンジ色と化した。

「凄い、これって先輩がやったんですか?」

「先輩のオレンジ色の光で、地球を包み込んだんやぁ。先輩、凄いわぁ」

「お、おぅこれは凄い。崇高様、御無事で御座いますか?」

「私自身を別の光で包んでいるから大丈夫。ここからがショーの始まりだ」

 七瀬はニヤリと笑い、地球上空で何かを呟いた。

「来雲・即来・即来溶解奴等」

 呪文は言魂となり、山から海から大量の水蒸気が舞い上がった。水蒸気は辺り一面を白い世界に変えながら地球を雲で包んでいく。

「なる程、そういう事で御座いまするか」

 ポッ、ポッっと雨粒が小泉と前園の頬に当たった。

「先輩、雨が降って来ましたよ」「雨だ、雨だぁ」「わん、わん」

「今から洗濯だ。魔神よ、お前のバリアを収縮して中集殿に集中しろ。爺さん、軍隊を中集殿まで退かせろ」

 物ノ怪全軍が退却し、全員がドームの中に入った。途端に、天空の白い積乱雲の中で雷が暴れ出し、俄に黒い雨雲が空を覆い尽くすと、一気に嵐が吹き荒れた。暴風と激雨で周りが見えない。

「崇高神様、これが作戦で御座いますな?」

「いや、まだまだこんなもの前菜だ。これからがメインディッシュだ」

 海から大量の海水が音を立てて巨大な津波になった。天空から、数限りない悲鳴のような奇妙な叫声が聞こえる。小泉と前園は雨の色に驚いた。

「先輩、真っ赤です」「赤い雨やん」

「何だ?」

『それは、奴等が水に溶けたのだ』

 デイダラが告げた。

「そういう事か、真っ赤な血のようだな」

 激しく叩き付ける赤い豪雨は、いつ止むとも知れず降り続いた。そして、暫くすると赤い色は流れ去り、嵐のような雨は次第に時雨に変わり、雨の上がった物ノ怪村の上空には黒も赤もない真っ青な夏空が広がっていた。

 赤黒い泥塗どろまみれのゼリー状物体と酢えた匂いが充満する地上には、雨で動かなくなった数千体の機械兵が立ったまま朽ちていた。

 その中に、ずぶ濡れの銀色の鬼が立っている。

「くそ親父め、このままでは済まさんぞ。魔神め、先ずはお前を封印してやる。次は崇高神、キサマだ。覚えておけ、ニンゲン界に攻め込んで必ず潰してやる・」

 銀色の鬼は、口惜しさに歯を軋ませながら天空に消えた。

「懲りない馬鹿息子だな」

「マインドコントロールが解けるまで、只管待つ以外にありませぬ」

 七瀬が長老とともに中集殿に戻ると、迎えた可愛い酉と申が抱き付いた。

「お前等も無事で良かった」

 ヘタレのポチは、一連の成り行きに混乱して部屋の隅で震えている。

「崇高神様、今回の事は誠に感謝の言葉も御座いませんが、必ず同じ事が人間界でも起こる筈です。それが我が息子星羽の仕業でない事を祈るばかりです」

「馬鹿な子を持つと大変だな」

「うむ。返す言葉が御座いません」

 恐縮する長老に七瀬が訊いた。

「ところで、爺さん。馬鹿息子が「ニンゲン界に攻め込んでやる」と言っていたが、この世界から人間界に行く事は簡単なのか?」

「時空間『狸の穴』があれば出来ぬ事はありませぬ」

「その穴は、誰でも使えるのか?」

「いや、色鬼族以外は使えませぬ・星羽は色鬼族に御座います」

「という事は、奴は人間界に行く事が出来るのか……」

「うむ」

 銀色の鬼は、かなりの確率で人間界に攻め込んで来るのだろう。それを阻止する事は残念ながら出来ない。

「まぁ、人間界で奴が暴れるなら、私が相手になるしかないんだろうけど」

「そうなるやも知れませぬ。但し、人間界では貴女の能力を引き出すその拡力ノ石は使えぬませし、ワシもこの物ノ怪世界を離れる事は出来ませぬ故、大事の際には必ず魔神デイダラを向かわせましょう」

 頼もしい魔神の声がした。

『私が破壊すべきこの世界が守られた。人間界で同じ事が起こる時は、必ずや駆け付ける事を約束しよう。人間界もまた我が破壊を免れぬ世界だ』

 相変わらず、世界を破壊する神が世界を救うという理屈が良くわからない。

「その時は宜しく頼む。じゃあ、私達はこれで帰るよ」

 再び金色の光が現れ、三人と一人を包み込んだ。案内役の大義を果たした二人の座敷童子が涙汲んでいる。

「崇高神様、もう帰っちゃうんですか?」「帰っちゃうんですか?」

「あぁ、またいつでも遊びにおいで」

「お元気で」「またお会いしたいです」

 物ノ怪村の上空に狸の穴が出現れ、七瀬と酉と申と戌が光に包まれ物ノ怪村を後にした。見送る二人の座敷童子が寂しそうな顔をしている。

「長老様、マザーって綺麗な人でしたね」「ずっとずっと、ボク達の事を忘れないでいてくれるといいな」

「うむ。きっと覚えていてくださるに違いない。とは言うても、このパラレル時空間を抜ける瞬間に恐らく記憶は消えてしまう筈じゃ」

 パラレルワールド物ノ怪村に平和が戻った。だが、この全てのエッセンスは人間世界と相似の関係にある。

 物ノ怪世界を脱出した七瀬達一同を包む黄金色の光は、一気に日本列島から地球、火星、木星、土星から天王星、海王星、オリオン、アンドロメダ銀河を遥かに飛び、宇宙の深淵を超えて更に宇宙の向こう側に飛び、再びアンドロメダ銀河、オリオン、海王星と天王星から土星、木星、火星が見えた後、あっという間に地球、日本列島の見慣れたサークルの部室に戻った。

 部室に戻った四人は、時間が止まったように呆然としていた。暫くして落ち着くと、微睡む小泉亰子と前園遥香、そしてポチが言葉を発した。

「あれ、私は何をしようとしてたんだっけかな?」

「あれれ、ポチ先輩は何でここにいるんですか?」

「わん。あれ、何故ここにいるんだったかな?」

 ポチは、何か独り言を呟きながら夢遊病者のように部室を出て行った。三人だけでなく、七瀬も何やら記憶が混濁している。

「何か変な感じだな、今までどこかで暴れていたような……」

「あっ、思い出した。先輩は超能力者……」

「そうや、先輩は化け物……」

 小泉と前園は、そのまま遥かな眠りの世界に旅立った。

「……そうか、思い出した。爺と魔神と座敷童子だったかな、パラレル時空間で赤い何かを潰したんだよな。まぁ、どうでもいいか、面倒臭い……」

 ぎの記憶が淡い微睡みの中に溶けていった。




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時空超常奇譚2其ノ壱〇. OTHERS/妖界物ノ怪戦争 銀河自衛隊《ヒロカワマモル》 @m195603100

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