四
「……なよ」
声が聞こえる。
視界には何も映らないが、声だけは聞こえる。
何故だ? 僕は確かに死んだはず……。
もしかして死ねなかったのか。
そんな疑問をよそに、僕は身体を揺さぶられ、声をかけられる。
「起きなよ」
覚醒を促す言葉。
僕は生きているらしい。
「おかしいなぁ。なんで起きないのかな……」
言葉は聞きとれている。
だけど、身体はまったく反応しない。
少しの意識で動いていた僕の身体は、いま全く反応がない
動け、動けと念じているのに、意識しているのに、全く動かない。
「う~ん。よし! 一回落とそうかな」
ん? 落とす?
落とすって何?
もしかして、昔のテレビみたいに叩けば治ると思われている?
というか、どれくらいの高さから落とすつもりなの……。
やめてくれ、と思っているのに、声は出ない。
そして。
「えい」
軽い掛け声と共に、浮遊感が発生する。
そして、数秒の後、衝撃。
グシャっという音と共に、強い衝撃と痺れるように痛みを感じた。
じわじわと溢れてくる痛みに、意識が飛んでしまった。
「起きなよ」
飛んでいた意識がいつの間にか戻っていたようで、声をかけられていることに気付いた。
どうやら聴覚は生きているらしい。
次は視覚だが、どうやら正常になったようで、しっかりと見える。
最後に身体が動くかどうかだ。
と考えていると。
「う~ん。もう一回落とした方がいいのかな……?」
不穏な言葉に、僕は飛び起きた。
ついさっきのように思い出せる衝撃、痺れ、痛み。
意識が飛ぶほどの痛みを何回も味わいたいとは思えない。
それにしてもここはどこなんだろう。
不思議に思い、僕はあたりを見渡す。
「ここは……?」
自然と口から漏れる言葉。
その答えは、すぐ近くから聞こえてきた。
「学校だよ。九鳴高校の屋上さ」
その答えに、そんなまさかと思い、再度見渡す。
確かに、ここは学校のような建物だった。
でも、ここが学校の屋上なのだとしたら、明らかに足りないものがある。
学校のグラウンドの外に広がるはずの景色が見えてこないのだ。
だから、僕はここがどこか分からなかったんだ。
「アキト君。ここが九鳴高校だっていうのは分かったかな?」
「どうして、僕の名前を……。というか、僕に話しかけているのは誰なんだ?! 何処にいるんだ!!」
僕は響いてくる声に誰何する。
姿が見えないのに声だけが聞こえてくる状況に、僕はひどく混乱していた。
そんな僕に、軽い調子の声が聞こえてくる。
「あ、そうか。まだ、僕の姿を見せていなかったね。見えるようにしよう」
言葉が聞こえた瞬間、僕の目の前に男が現れる。
その男は学生服らしき服装をした、僕と背の近い病的な見た目をしていた。
男の姿をじっくりと見ていると、あることに気付く。
男の姿が、僕の見ていた幽霊に似ているのだ。
「やあ、アキト君。僕の姿をはっきりと見るのは初めてじゃないかな? 僕は君のことをよく知っているけどね」
「まさか、あのときの幽霊? 僕に頻繁に話しかけていた」
「お、しっかり覚えているんだね。記憶が飛んでいなくてよかったよ」
やっぱりだ。
僕が見ていた幽霊は目の前にいる不健康そうな男だったようだ。
知り合いだと分かり安心した僕は、独り言をこぼしてしまう。
「僕、死んだはずじゃ……」
「ん? アキト君は死んだよ?」
目の前の幽霊だった男は、きょとんとした表情で言う。
「じゃあ、僕はどうして意識があるの?」
「あぁ、意識があることに疑問があったのか……」
そう言った男は、少し考えるような仕草をしたあと、再度話し始めた。
「ここはね、死者だけが存在する世界なんだ」
「死者だけ?」
「そう、死者だけがね。そして、ここは地獄のような場所だと考えてほしいかな」
「え? ここが地獄なの? 何か創作物に出てくるようなおどろおどろしい感じはしないけど?」
「ああ、違う違う。ここは地獄じゃないよ。地獄のような場所なんだ」
「それってどういう……?」
僕の不思議そうな雰囲気が面白いのか、くすくすと笑うように、男は言う。
「屋上の端を見てごらん。そろそろ始まるはずだから」
男の言葉につられ、屋上の端を見てしまう。
そこには、僕と似たような年齢の制服を着た学生らしき男が立っていた。
僕が屋上の端を見ていると、幽霊だった男は命令するように、鋭い声を発した。
「いけ」
言葉に込められた感情は分からない。
怒りなのか、それとも恨みなのか。
どちらにしろ、無関心と表現するには程遠い言葉だった。
発せられた言葉に反応したのか、学生らしき男は屋上から落ちていった。
「なっ?!」
僕は急いで屋上端へ行くと、地面を見下ろした。
地面は見えず、真っ暗な闇が広がるだけだった。
それでも、接触する地面はあったのか、グシャッという音が聞こえた。
「アキト君。ちょっとそこから離れて」
人が一人飛び降り自殺をしたというのに、男は冷静にそう言った。
そんな男の様子に、僕は恐怖を覚えていると、男は言葉を続けた。
「ここは死者の世界だからね。死という概念自体が通じないんだ。だから、さっきの彼だって、実は死んでいない。そこからどいてみればわかるよ」
言われるまま、僕は一歩二歩と下がった。
そして、僕の目の前には手足がひしゃげ、首が異常な方向に折れた人間らしきものが現れた。
「うわぁぁぁぁ!!」
あまりのことに自然と叫び声が出てしまう。
何処からともかく急に現れたことにも驚きながらも、現れた人物のあまりにもグロテスクな姿に、叫び声を抑えることができなかった。
「はは。アキト君、いい反応だね。そこまで反応してくれると、僕としては嬉しいものだね」
幽霊だった男の平然とした様子に、僕は何とも言えない恐怖を感じる。
僕の様子もお構いなしに、男は説明を続ける。
「ここはね、僕という幽霊の恨みつらみ、憎しみ、苛立ちなんかの負の感情から生成された空間なんだ。つまり、僕は学校に縛られている地縛霊という名の悪霊だね」
何がおかしいのか、男は笑みを浮かべながら話す。
僕はそんな男の幽霊の様子が理解できなかった。
何が面白いのか、負の感情から生まれた空間に閉じ込められているというのに、何故そんなに笑っていられるのか……。
「なんで……」
僕の口から自然と言葉が漏れる。
特に答えを求めてという訳ではない疑問の言葉。
そんな僕に帰ってくる言葉は感情を出さない、淡々とした無機質なものだった。
「なんで、か……。理由は簡単だよ。僕は君と同じく、生前にそこそこのいじめを受けていたんだ。だから、復讐したい。そう思っても不思議じゃないだろう?」
あまりにも当たり前のように、発せられる言葉。
続く言葉には悦びが宿っていた。
「ここはね。僕が回収した魂を延々と、この屋上から地面へと叩きつける場所なんだ。もちろん、落とされる魂には感情も痛みもあるんだ。そして、その魂から発せられる負の感情を集めると、あら不思議。僕の幽霊としての力が強くなるんだ」
楽しくて仕方ないと言わんばかりに発せられる言葉。
もし、仮に男が言っていることが本当だとして、どうして。
「どうして、僕の自殺を促したんだ……」
僕の言葉を聞いた男は、不思議そうに言った。
「促した……。確かに僕は自殺を促したね。有効活用? というのか。それともリサイクル? かな」
「有効活用? リサイクル?」
予想外の言葉だった。
人の命に、何の興味も感情もないのが分かる言葉だった。
「そう、リサイクルさ。君はいつか自殺するだろうと思ってね。アキト君自身もおかしいと感じていたようだけど、君は精神を病んでいたからね。病名が何かとかは分からないけど、君の精神は明らかに狂っていたのは、アリアリと分かっていたから。教室で大声を出したときなんかは最たるものだよね」
幽霊の男の言葉に、僕は納得してしまう。
理解を拒みたくなるような今の状況に、確かに僕は混乱しているというのに。
それでも、僕は納得してしまったんだ。
僕が精神を病んでいたことに。
「僕には分からないけど、君にとって君の人生は確かに悲惨だったのだろうね。そこは同情するよ。けどね、どうせいつかは自殺するような精神状況の君が命を散らすというなら、僕が僕のために回収してもいいと思わないかい?」
「だから、リサイクル?」
「そう、リサイクルさ。命を無駄にしないように、僕が有効活用してあげるよ。君の命を」
男の言葉を聞いた僕は駆け出した。
少しでも、男から逃げられるように。
でも、
「そう逃げないでくれよ、アキト君。逃げることに意味なんかないんだから」
男の言葉が聞こえたと思うと、僕の身体が引っ張られ出した。
屋上の端へと、ズルズル、ズルズルと。
確かに、走って逃げているというのに、僕の身体は屋上端へと引っ張られていく。
「いやだ!! やめてくれ!!」
僕は必死に叫ぶ。
でも、そんなことに意味はなくて……。
「助けて!! 助けてくれよ!!!! なんで僕なんだ!! どうして僕だけが!! なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだ!!!!」
僕は必死に助けを求める。
僕の様子の何がおかしいのか、男は楽しそうに笑う。
「ははははっ。そんなに怖がるなよ、アキト君。君が選んだことじゃないか」
「僕が選んだこと?」
「そう、君が選んだことさ。自殺なんて手段を選んでしまった君が悪いんだ」
おかしそうに笑う男。
男の言葉を聞いた僕は、怒りに満ちていた。
「なんで……。なんで!! 僕は死にたくて死んだんじゃない!! 死ぬしかなかったんだ!! 死ぬしかなかったんだよ!!!!
「それも君が選んだことさ」
僕の怒りの叫びに、男は淡々と返す。
僕の身体はいつの間にか、屋上端へと到着していた。
「さぁ、アキト君。僕の力になってくれ。大丈夫、孤独じゃないよ。他にもここに囚われている魂も同じことをするんだから」
男の言葉を最後に、男は姿を消した。
男が姿を消したと同時に、僕の両隣から絶望の表情を浮かべた人たちが出現し、並んでいく。
彼らは言葉を発することなく、屋上から飛び降りていく。
グシャ……、グシャ……
人という肉が地面に叩きつけられる音が続く。
そんな音の中には、気づいたら僕の音が混じっていて……。
グシャ……、グシャ……
延々と叩きつけられる肉の音。
止まることのない音。
そうして、肉が叩きつけられていくと、いつの間にか音も変わっていて。
ドチャ……、ドチャ……
ただ、肉の塊が地面へと叩きつけられていく。
僕もそんな音の中の一つで。
ドチャ……、ドチャ……
いつまでも続く音。
そんな音の中の一つになった僕は思う。
誰か、解放してくれと……。
解放を願った。その先は…… ソラゴリ @sho20170319
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