赤谷誠 VS 雨男 2 その2
赤谷誠が繰り出した最新の『
雨男は床にめりこんだまま動かない。
白目を剥いている。意識を失っていた。
というの志波姫心景の、拳もまた雨男の顔面に打ちおろされていたのだ。
(やった、無力化に成功した。攻撃速度を得るために『浮遊』を使ったから、打撃力が足りない危惧があった。けど、心景さんが咄嗟に追撃してくれたみたいだ。『浮遊』込みだったら、『
志波姫心景により、体勢を崩されたこと、受け身をとれなかったこと、心臓へ穿つような衝撃を直で打ち込まれたこと、様々な要因がこの勝利を生んだ。
(ん? こいつのまわり濡れてる)
赤谷誠は気づいた。
雨男はとっさに水による鎧を着込んだことを。
レインコートの内側と外側がびしょ濡れなのは、彼がスキルでガードした証だ。
(だが、俺の攻撃力が上回った。ワンテンポ遅れての攻撃だったが結果的に正解だったかな)
雨がザァザァと降っている。
エントランスでは、周囲の皆、降り注ぐガラスから頭を伏せてわが身を守り、それがおさまるやいなや、この混乱の起点へ視線を注いだ。
校内では有名人である赤谷誠がいきなりすごい力で誰かに襲い掛かった。
英雄高校の生徒にはそう認識され、来校者にはただひたすらに恐がられた。
だが、赤谷への注視は長くなかった。
この場の多くの意識は、すぐに外の怪物へ向いたからだ。
建物を飲みこむような規模のあのモンスターの脅威から一刻もはやく逃れなければならない。パニックは加速するばかりだ。
「誠くん、どうやら君はこの男と因縁があるようだけど」
志波姫心景はたずねる。血管の浮く太腕を大地に突きたてている赤谷誠へ。
「崩壊論者『
「そういえば、英雄高校で以前、崩壊論者を倒した現役生徒がいたって風の噂で聞いたことがあるけど、あれれ? もしかして、あれって誠くんのことなのかな」
「たぶん、俺です」
赤谷誠は拳をぬいて、上体を起こした。
居住まいを正し、志波姫心景へ視線をやる。
その視界内、感謝すべき男、その背後で巨大な腕をふりかぶる赤い影があった。
それは音もなくそこにあらわれていた。
身長は2mを優に越す。筋骨隆々の肉体はもはや人類の規格ではない。
頭部には牡鹿のような立派な角を備え、目元は布で覆われ、裂けていると疑うほど横に広い口元には白い歯が綺麗に並んでいる。
(人造人間……!?)
赤谷誠は思考がフリーズする。
赤鹿の人造人間は、振りかぶった巨腕で背後から志波姫心景の側頭部を殴りつけた。殴られる直前、志波姫心景は赤谷誠を見開いた目でみており、口をおおきく開けてなにかを叫ぼうとしていた。
その直後、赤谷誠の意識は奪われる。
彼もまた背後にせまっていた白鹿の人造人間によって頭部を強打されたのだ。
──そこまでのビジョンを『第六感』は伝えた。
赤谷誠は迸る雷電のごとき閃きを得ていた。
雨男へ打ち込んだ拳をひきぬき、「よっこらしょ」と腰をあげた直後に待つ未来。
赤谷誠は腰をかがめた姿勢のまま、志波姫心景へ飛びつくようにして転がった。
人造人間は約束通りに姿をあらわした。
赤鹿と白鹿。両者は至近距離に参上した。
両者、不意打ちをかわされたことに動揺することもなく、プログラムされた殺人マシーンのごとく、志波姫心景と赤谷誠への攻撃をおこなわんとする。
赤谷誠は志波姫心景を抱えたまま跳躍した。
『浮遊』はまだ解除していなかった。
彼の体はフワリと飛んで、東棟エントランスの高き天井まで移動、『くっつく』により、重力を無視した状態で天に両足でたった。
「誠くんに助けられちゃうとは」
「『第六感』がなかったら俺もヤバかったっす」
「へえ、強力そうなスキルだね」
「いまので今日の使用回数は使い切っちゃいましたけど」
「それは残念だ」
志波姫心景は腰裏を掴まれたまま、地上を見下ろす。
おののき逃げていく人々、彼らが恐れる先、赤鹿と白鹿がいる。
「彼に言わせれば、マジェスティックというやつなのだろうね。まさかオクトーバーとセプテンバーによる奇襲を回避できるなんて。英雄高校の生徒は本当にすごい」
赤鹿と白鹿の背後、褐色肌の外国人が現れた。
40代の男。無声髭と黄色い瞳。黒い帽子と外套。
彼はコートのポケットに両の手をいれたまま、天井のふたりを見上げる。
そして、足元の雨男を見下ろすと、膝をおり、その胸に手をあてた。
「……生きてるな。危ない危ない。だから、言ったのに。リスクをわざわざとる必要はないのだ。自分のちからを試そうとするなんて、君らしくないよ、雨男」
(新手がきやがった。雨男の仲間か。まぁいるよな。英雄高校襲撃なんて、やつらからしたら決死の計画だ。単身で乗り込んでくるわけがない)
赤谷誠はキリッと鋭い目つきになった。
「お前が『
「さて、どう思う、赤谷誠」
雨男がむくっと起きあがる。
痛そうに胸元を押さえながら。
赤谷誠と志波姫心景は、チラッと目をあわせた。
ふたりとも考えていることは一緒だった。
生徒も来校者もこの場から離れつつある。先ほどは人が密集しすぎていたが、人質たちが自主的に逃げているいまならは、エントランスにスペースがある。ゆえに戦える。
そして、雨男がまだ復帰できていないこと。
新手が出現したいま、わざわざ相手の体勢が整うのを待つ理由がない。
だから、赤谷誠は「お願いします、心景さん」とつぶやき、彼とともに地上へ戻った。その言葉だけで熟達の剣士には十分だった。
途端に、白鹿と赤鹿が駆けこんできた。
着地を狩らんとする速攻。そのあまりの足の速さに赤谷誠は仰天する。
(こいつら速いとは思ってたけど……! 以前の個体とは比較にならねえ!)
着地する瞬間、『浮遊』の力で、わずかに背後へ動きつつ、志波姫心景をなるべく遠くへ放る。同時にスキルを発動する。せまる白鹿と赤鹿の巨体へ手を向ける。
『超人』+『膂力強化Ⅱ』+『筋力の投射実験』+『筋力により形状に囚われない思想』
──『
『筋力により形状に囚われない思想』により、空気に硬度をもたせる。
この硬度付与は、筋力補正を受けるため、同時に発動した『超人』+『膂力強化Ⅱ』の恩恵により、さらに硬い空気へとなる。
それらは同じく筋力補正を受ける『筋力の投射実験』により発射された。
およそ1000リットルの気体が高い初速で発射、人造人間たちを吹っ飛ばした。
はずだった。
白鹿と赤鹿は一瞬怯んだ。
のちに白鹿は踏みとどまり、固い暴風に耐えた。
赤鹿のほうはより強力に床を破壊する脚力で前進し、志波姫心景へ拳を叩きつけんとした。
対する志波姫心景。
着地後、なにも持たぬ手は指先をピンと伸ばされ、一振りの刀と化していた。
放たれるは志波姫流の剣技。
高速の三段斬り。
一刀で振り下ろされる拳を弾く。
二刀で斬りおろし、怪物の面を割る。
三刀で強靭で太きのどぼとけを断つ。
志波姫心景の流麗な体捌きにより、それらは回避とあわせて行われた。
攻防一体。斬らせず、斬る。まさしく剣技であった。
(この手応え……)
志波姫心景は目を見開いた。
驚いたのは敵の硬さ。手応えがありすぎる。
刃がまるで通っていない。切断を不可能に思わせるほどに。
赤鹿は健在──否、ダメージは全くない。
「ちょっと危ない感じがある。君はこっちにいこうか」
褐色肌の男は志波姫心景へ手を向けた。
途端、彼の背後に異空間の扉が広がった。
赤谷誠も志波姫心景もそれの出現に、ポカンとする。
得体のしれない能力が発動した。それはわかる。
だが、あまりに突拍子がない。
(あの褐色肌の男のスキルか? いや、この感じ、以前にどこかで……)
赤谷誠は思いいたる。
それの正体に。
「ダンジョンホールだと……!」
1学期に体験した奇怪な珍事件。
その時、赤谷誠を飲みこんだダンジョンゲートそのものだった。
志波姫心景は吸い込み力に耐えようと踏ん張る。
事実、踏ん張れていた。
赤鹿はそれを許さなかった。
巨大な拳で志波姫心景を叩いたのだ。
バランスを崩し、剣士はダンジョンゲートのなかへ姿を消した。
ゲートすぐに閉じてしまった。
「心景さんッ!」
「まだダンジョンの残り火がある。よかった、よかった」
褐色肌の男は手をパンパンっと叩いて、不敵に笑みを深めた。
場に残されたのは、赤谷誠、赤鹿と白鹿。褐色肌の男。
そして、のそっと鎖骨あたりを押さえながらたちあがる雨男だ。
「ふう、10秒くらい気絶しちゃったか。いいパンチだったねえ、赤谷誠くん」
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