赤谷誠 VS 雨男 2 その1

 こんな馬鹿なことが現実に起こるなんて思わなかった。

 先ほど羽生先生が述べたことが事実になるなんて。


 ここは英雄高校だぞ。

 チェインたちでさえ疑似ダンジョンのなかにコソコソ転移してきたっていうのに。

 この野郎は白昼堂々と徒歩できやがったっていうのか? 舐めてやがる。


 雨男との驚異の再会、その瞬間、俺の頭によぎったのは、まずこちらが圧倒的に有利な状況ということだった。


 理由は、この傲慢な崩壊論者がノコノコあらわれたおかげで、俺を監視してくれているであろうダンジョン財団の黒服たちが動いてくれるからだ。


 驚きはあったが、同時に「馬鹿め!」という気持ちにもなった。

 

「頼んだよ、笑顔スマイリー


 その時、雨男は小声でつぶやいた。

 きっとそれがきっかけだったのだろう。

 

 まるで地面が巨大な神にしたから叩かれたみたいな衝撃が襲ってきた。

 俺も心景も、東棟エントランスにいたすべての人間がボンッ! と跳ねあがり、呆気にとられてしまった。


 エントランスのガラス張りの一面から見える外の景色に異変が起こった。

 第一訓練棟、俺や志波姫やヴィルトが通いつめた建物、それが内側から破裂した。

 雨のなかで咆哮をあげる怪獣、巨影は根の絡みあったシルエット、それはどんどんおおきくなっていき、第一訓練棟を卵の殻のように崩して、這い出てくる。


「ツリーガーディアン……お前、正気なのか?」


 雨男はニヤリと口元に笑みを浮かべた。


 心臓の鼓動が速くなる。

 いまから先、1秒の価値が急速に高まる。

 すべての行動、すべての判断、それらに人の命が、それも大量の命が関係する。

 

 こんな場所で、ツリーガーディアンを召喚するなんて、イカれている。

 あれは無尽蔵におおきくなる化け物だ。被害範囲も半端ではない。

 以前は人里離れた山奥だから死傷者はでなかったが……今回は訳が違う。


「あれはなんだ……!?」

「きゃぁああ!! も、も、モンスターだ!!」

「でかすぎんだろ! こいつはなんの冗談だぁあ!?」


 パニックになる東棟。

 まずい。収拾がつかない。


「なんて規模のモンスター……一体なにが」


 心景も呆気にとられている。


 ツリーガーディアンのせいで学校中がパニックだ。

 こいつは俺のスキルツリーが欲しいはずなのに、どうしてこんなことを。

 

 いや、違う。だからこそだ。こいつは英雄祭に乗じてのりこみ、白昼堂々犯行をおこなうために、より目立つ演者を用意したのだ。


 この学校の意識すべてがそこにいくように。

 黒服たちでさえ、俺の監視ではなく、あの巨大なツリーガーディアンに意識をもっていかれてしまうだろう。


 だが、それは諸刃の剣のはずだ。

 

「おお、マジェスティック! 英雄高校は終わりだね。セキュリティが甘すぎる」

「てめえらは何がしてえんだよ、雨男!」

「世界をひっくりかえす、ということで、ひとつ納得してもらえるかな」

「ふざけるな!」

「いいのかい、そんな口を聞いて。ここには大勢の無垢な市民がいるというのに」


 こいつまさか、人質のつもりなのか?

 確かに、この人混み、むやみに戦闘を開始することもできない。

 ましてや、あいつがその気になれば、すぐ近くにいるやつの首を手でちぎることもできる。


「それとも、またハヤテくんのように、君は見捨てるのかい、赤谷誠。君が大人しくしていれば、助かったであろう命。君が殺すのかい」

「くっ……」

「それでいい」


 ダメだ、どうすることもできない。


「ん? なんだあれは?」


 窓の外、世界が白く覆われていいき、巨影が見えずらくなっていく。


 スモークの類ではない。

 なぜならどんどん”音”もうるさくなっているのだから。


 雨だ。ひたすらに激しい雨だ。

 最初は並みの降り方だったそれは、どんどん勢いを増している。

 落ちてくる雨粒の密度が高くなり、間接的に外の景色が白くなっているのだ。


「雨がくるぞお。冷たい雨が。暗い雨が。身を刺す雨が」


 エントランスの窓にピキッとヒビが走った。


 この野郎、外の雨に干渉している?

 まずい、窓が割れたらやつが”武器”を得てしまう。

 やつは水を操るスキルホルダー。雨と繋がられたら危険度は計り知れない。


 情けないことだ。

 俺はなんのために練り上げてきた。

 なんのために血のにじむような鍛錬に打ち込んできたのだ。


 こんな邪悪なやつにいいようにされるためじゃなかったはずだ。

 こんな理不尽なことを許していいわけがない。

 この悪意に屈してはならない。


「さて、では、聡明な赤谷誠くん、いまから私のいうことを──」


 俺の体が動いていた。

 俺は自分の力を信じていた。

 俺はエヴォリューションを遂げた男だ。

 俺は人混みであろうと、誰も傷つけず、精度の高い高速移動ができるはずだ。

 俺はあの崩壊論者の暴虐に対し、己が正義のつるぎで抵抗できるのだ。


 俺はやつに借りがある。

 俺はこの悪党にツケを支払わせなくてはならない。絶対にだ。

 

 『浮遊』+『超人』+『膂力強化Ⅱ』+『瞬発力』+『スーパーステップ』

 

 ── 『狩人の足捌きハンターフットワーク二式』


 『超人』+『膂力強化Ⅱ』は早い上に速い。

 パワーを足す系のスキルのなかでは、スピードとパワーのバランスが良い。

 すなわちこのスキルコンボこそ、あらゆる場面で運用できる高速の赤谷誠だ。


 空気の壁が破裂し、階段を踏み砕き、跳躍、近くの壁を経由。パニックになっている群衆の頭上を使えばイケる。

 飛んで蹴って1回の軌道変化をつけて、雨男の知覚をふりきらんとする。

 踏切につかった階段と、壁が同時に破裂し、音が聞こえてくる頃には、俺は雨男の正面の、人が誰もいない空間に着地し、固く拳を手を握りしめて振りかぶっていた。

 

 こいつをココで倒す。

 じゃなきゃ凄惨なことになる。

 この狂人が何を考えて学校に乗り込んできたのかは関係ない。

 とにかくぶっ飛ばして、やりたいことをさせなければいい。


 雨男は笑みを枯らせ、目を見開いた。

 反応が遅く感じる。スピードでは俺が勝っている。イケる。


 雨男は傘を前へ倒してきた。

 まるでシールドのように。俺と雨男の間に傘が割り込んだ。


 なんのことはない障害。だが、効果的だ。

 それだけで打撃点がわからなくなった。

 心理効果もある。回避行動なのか、カウンターを打ってくるのか、判断不可能。こいつは体術が達者だ。十分にカウンターを合わせてくる可能性はある。


 いや、いい! 構うものか、いけ! こんなの何でもない!

 俺は悪意への怒りのままに引き絞った拳を放たんとする。


 その時だった。傘がポンッと奇妙な軌道で跳ねた。

 俺と雨男の間にあった遮蔽物が消失。雨男は膝を崩され、のけぞっていた。足元の氷にツルンっと滑ったみたいな体勢。


 雨男の背後、心景が彼の髪を後ろから鷲掴みにし、膝裏を踏みつけていた。

 俺が動いたのにあわせて、雨男の意識外、背後からせまったのだ。


「ッ!」


 のけぞった姿勢、驚愕、焦り、動揺。

 雨男は見るからに状況を理解できていない。


 雨男は回避を諦めて、腕を胸前で十字に固めてガード体勢に入った。

 だったら、好都合。ぶち抜いてやる。

 連携速度を殺さず、シームレスにパワー系を追加だ。『瞬発力』は残り4つ。構わない。惜しみなく使え。絶対に当ててやる。


 『筋力増強』+『高密度化』+『超人』+『膂力強化Ⅱ』+『瞬発力』+『拳撃』+『近接攻撃』

 

 『筋力増強』は強力、しかし、リスクと人体変態の時間がかかる。

 『高密度化』により、筋肉繊維の肥大を、皮膚の下にとどめる。これにより『筋力増強』の発動までの時間を短縮し、同時に自壊のリスクを制御、筋肉の密度を高める効果に変化させ、肉体の強度も高めることに成功した。『膂力強化Ⅱ』や『超人』などの人体変態を伴わない類のパワー系スキルに比べれば、まだ遅すぎるが、心景が作ってくれたこのタイミングなら、多少、攻撃が遅れても当てれる。


 これが──『原初の解決策プライムソリューション 二式』だ。


 拳を上から打ちおろし、雨男の鎖骨あたりを打撃する。

 横殴りにして外へ逃がしたりヘマはしない。

 雨男は膝が崩れるように倒れた。俺はこの悪意を地面に押し倒すように殴りつけた。衝撃波によって、リノリウムの床材が蜘蛛の巣状に割れていき、その威力は周囲に伝播、エントランスのガラス全面が飴細工が砕けるように破裂した。

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