血の樹の専攻者

「異常科学の天才、ですか。『ダークエンペラー』は099号室をつくったり、血の樹を作り出す技術力をもってたってことになるんですかね。だとしたら、かなりすごいような気がするんですけど」

「実際、すごいことだと思うよ。まぁ、099号室に関しては模倣に過ぎないのだろうけど」

「学校側が設置した訓練場のコピーってことですもんね」

「カラオケボックス程度の部屋を、巨大に拡張する異空間の科学。その原理は3年生で触り程度には習う。興味をもって深めていけば、そこにたどり着くかもしれない。だからといって、作り出せるのはすごいことなんだけどね。僕が思うに、本当にすごいのは血の樹だよ。こっちの分野は動線がないのに」


 だよな。一体どんな技術があれば、血の樹を生やすことができるのか。

 

「血の樹の作り方って、英雄高校で教えてもらえるんですか?」

「いや、そんな話は聞いたことがないかな。アサガオを育てたり、ミニトマトを栽培するのとは訳が違うはずだ。選択授業で選ばなかったほうで、もしかしたら触れたりしたのかもしれないけど、可能性は低いと思うよ」

「だとしたら殊更、不思議ですね。その『ダークエンペラー』はどんな理由があって血の樹なんて専攻してたのか……それになんで099号室に生やしたのか……」

「そこまでは僕も知らないかな。『スーパーダークエンペラー』とは友達だったけど、『ダークエンペラー』には会ったことすらない。友達の兄貴にすぎないんだよ」


 近いようで遠い関係性だ。


「僕にわかるのは、『スーパーダークエンペラー』から聞いた話だけだよ。彼の兄は、英雄高校の卒業生で、とても勤勉だったこと。賢く、優しい兄貴だったこと。血の樹について熱心に研究していたこと。そして卒業制作として099号室を作りだし、弟にひっそりと部屋を継承したこと」


 聞けば聞くほど、興味が湧く話題だ。

 血の樹が成長するというのは、何を意味するのだろうか。

 もしかしたら、『血に枯れた種子アダムズシード』を所有していたのではないか。もしそうなら、『ダークエンペラー』とは何者なのだろうか。


 訓練場を見に行ったほうがいいだろうか。心景を疑っているわけではないが、血の樹がなくなった、という言葉の意味を、自分の目で確かめたい欲求がある。

 でも、いま俺は監視されている身か。いま099号室に向かうのは、子供たちの秘密基地に大人を連れ込むがごとき所業だ。あそこへ近づかないほうがいいかも。


 湧いた疑問はいったん放置するほかない。

 すっきりしない気持ちのままに、俺は息をつき、漠然と空を見上げる。

 晴天の空には灰色の雲がかかり始めていた。


 すぐにポツポツと雨が降り始めた。

 心景は「屋内に入ろうか」と表情を変えずに動きだした。


「元々、血の樹の研究をしていて、血の樹を0から作り出すことが『ダークエンペラー』の目的だった……てことなんですかね」


 最も近い建物、東棟に向かう道すがら俺はたずねた。


「さてね。本人にしかわからないことだろう。あるいは逆なのかもしれない。『ダークエンペラー』は血の樹の研究のために、099号室を作り出したのかも」

「秘密の研究室をこしらえたと?」

「ありえることだろう。僕も在学中、なんであんな部屋が必要とされ、血の樹が植えられているのか、疑問に思ったものだよ。卒業制作というのはひとつの有力な説に過ぎない。もしかしたら、在学中、『ダークエンペラー』は学校側にバレてはいけないような怪しげな実験でも、あの部屋で行っていたのかもしれない」


 心景は不敵な笑みを浮かべ、声を低くして言った。

 あの部屋の謎は、心景でさえ確かに知るところではないようだ。

 

 謎が深まるほど気が引かれる。

 暗星の引力から逃れられない小惑星のように。

 

「急に降り出したね。さっきまで天気よかったのに」

「っすね。秋の天気は変わりやすいってやつですかね」


 東棟のエントランスにはちらほらと来校者や生徒が集まってきていた。

 突然の雨に皆、避難してきたようだ。


「東棟か。装備製造コースの拠点なら、英雄祭のために面白い展示をおこなってるかもしれないね」


 心景は2階へ続く階段を指差しながら言った。

 彼はまだ俺といっしょにお散歩をしてくれるつもりみたいだ。

 初対面の人とここまで長く話せるのは珍しい。

 ひとえにこの心景という人間が気の利くコミュ強ゆえだろう。それと俺という人間になぜかとても好意的に接してくれるおかげだ。

 

 俺は「いいですね」と、いましばらく心景と時間を過ごすことを決意した。

 

 コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ。


 その足音は俺の耳にいやの大きく響いた。

 雨から逃げてきた者たちでガヤガヤしているエントランスだというのに、どういうわけか、それだけは俺の耳にはっきりと入ってきたのだ。


 あるいは足音だけではなかったのかもしれない。

 それは『第六感』の発動だったのだろう。


 無数の気配が混じるなかで、俺はスキルの力で、嫌な空気を理屈を超えて感じとったのだ。ゆえにエントランスの入り口から堂々と入場する傘を差した男を見やった。


 人混みのなかで、そいつは傘を閉じることなく、屋内に入ってきた。

 レインコートを着込んだ長身の男だ。血色の悪い顔に、インテリな丸メガネ、レンズから射貫くような眼差しは、こちらを確かに見つめていた。


 弛緩していた空気が張り詰めた。

 産毛が逆立ち、肌が泡立った。

 骨で大地を掴み、重心が自然と落ち、スイッチが切り替わる。


「『雨男レインマン』、だと……!?」

「やあ、赤谷君、ツリーを預かりにきたよ」

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