099号室の謎
「それって血の樹のことですよね」
「あれが血の樹だと気づいていたのかい。英雄高校の生徒にとって、血の樹とは中庭に生えている樹の固有名詞にすぎない。ほかの場所にある赤黒い樹が同様に血の樹だとは考えないと思うけれど」
「雰囲気ですよ。血の樹にはなにかとゆかりがあるもので」
「代表者競技に選ばれたとも言っていたけど。うん、誠くんには運命的なものがあるのかもしれないね」
心景はこれまでの材料から納得したようだ。
実際はもっと違う意味ではあるのだが。
「血の樹が099号室からなくなったって、ことですか?」
「その様子だと知らないようだ。神華と手合わせしたあと、話をしたんだ。誠くんがガーディアンを倒したという話も聞いた。だから、剣聖クラブの隠し部屋を見に行ったわけなんだけど、そこにはもう血の樹はなかった。てっきり、誠くんか、神華がどこかへやったものだとばかり思っていた」
おかしな話だ。
俺は血の樹をどこへもやっていない。
あの樹は、つい先日まで確かにあの訓練場にあったはずだ。
「神華が樹をどこかへやるとは思えない。となると、ほかの誰かかな?」
俺は想像する。
ツリーキャットが帰還した際、俺はあいつに099号室のことや、樹人の剣士のことなど、多くのことを語り聞かせてあげた。その際、あの子は血の樹について興味をもっていたように思う。
ツリーキャットの言を信じるならば、血の樹とは、聖地にある祝福の樹に関係している特殊な樹木ということになる。ツリーガーディアンも血の樹の巨体を有していたし、俺のスキルツリーそのものも、見た目は血の樹にとてもよく似ている。
だから、あの子が興味を持つのは不思議ではない。もしかしたら、あの子のなんらかの能力で訓練場にあった木を回収したのかもしれない。
そう思うと、ミステリーは途端に解決へ向かった。
「心景さん、血の樹ってどうやって訓練場に植えたんですか?」
俺の興味は、樹がなくなったことより、樹がなぜあったのかに向いた。
最初、099号室に足を踏み入れてから、漠然と疑問に思いつつあったが、決して誰からも回答を得られなかった疑問だ。
剣聖クラブの創始者である心景ならば、あの部屋について詳しいはずだ。
「あの樹は、元からあそこにあったんだ」
「え?」
「剣聖クラブと魔導士クラブが卒業制作の計画を練るよりも以前からね。ちなみに099号室という秘密の部屋も、僕たちより前から存在していたよ」
「それって、どういうことです……?」
「同じなんじゃないかな。僕たちと。かつての卒業生が考えたことは」
言っている意味がわからず、俺は目で続きをうながす。
「つまるところ、卒業制作だよ。英雄高校で祝福者として成長し、よく学び、よく鍛えた。スキル、魔術、異常物質、ダンジョン、異常科学、学び培ったものを発揮し、母校に証を刻もうとしたんだ。そうやって、先輩たちは099号室と血の樹を、先生たちも知らない場所にひっそりと残していったんだよ」
「なるほど、たしかにその意味だと心景さんと同じですね」
英雄高校の伝統なのだろうか。
「と、まぁ、推測のように語ったけど、実際のところ、僕は099号室と血の樹を残したやつを一応、知ってるんだよ。すこしだけだけど」
「教えてもらうことはできますか?」
「なんの問題もないよ。機密情報というわけでもないのだしね。──誠くんは、僕たちが残した箱は見つけてくれたってことでいいのかな」
「剣聖クラブの床下に隠されていたやつですよね。魔術で施錠されてた」
「そう、それ。いや、しかし、まさか1年生にあの魔術が破られるとは思わなかった、卒業してから1年経たずしてすべてのギミックが解かれるなんて……」
「俺たちの代にも、魔術の才能をもつやつがいるんですよ」
林道って意外とすごいやつなのかもしれないな。
「後輩が優秀で嬉しいかぎりだ。未来は明るいな。で、手紙の内容、覚えてるかい」
「……うーん。もうひとつの箱を探して、地図と鍵をそろえろ、みたいなことが書かれてたような」
「その通り。僕も文面までは覚えてないんだけど、最後にこう記したのは覚えてる。──『スーパーダークエンペラー&暗黒の魔導士&白亜の疾風より』」
「あぁ、そういえば、かなり痛々しい連中が残した手紙だなぁって思った記憶が」
ん? 待てよ、でも、一連の宝探しは心景さんによって計画されたもののはず。
つまり、あの手紙も心景さんが残したもの……?
心景さんの表情は気まずそうになっていく変化を見届ける。
「それは身分を隠すためであり、遠い未来の剣聖クラブ員に奥深いミステリーを与えるためだったわけだけど」
「すみません、かっこいいと、思います……あれですよね、二つ名ですよね。探索者だと二つ名をもつのが伝統みたいなもんですもんね。心景さんほど才能あふれる探索者見習いなら、学生時代からいろいろ名づけられてたでしょう。それにいまの時代、セルフプロデュースで自分で二つ名つけたりもしますもんね」
「誠くんは良い奴だな。でも、そんなに全力でフォローされると逆に恥ずかしくなってしまうからやめてくれるかい?」
心景は苦笑いしながら口元を隠した。けっこう辛そうだ。
「当時は『剣聖』の二つ名で呼ばれていたけれど、誠くんも知っての通り、僕はホンモノじゃない。だから、その名に後ろめたさを感じてた。『白亜の疾風』はそんな時に自分で名乗りだした二つ名だよ」
本当に自分で名乗りだしてるよ……。
「『白亜の疾風』が心景さんなら、ほかの2名は?」
「あとは魔導士クラブの連中だよ。僕の友達だったふたりと一緒に卒業制作はしたんだ」
魔導士クラブ。当時から痛い部活だったのか。いまは福島凛と鳳凰院ツバサという厨二病たちの隔離病棟になっているわけだが、案外、昔と変わっていないのかもしれないな。変なクラブは、変なやつに、正当に継承されたのだ。
「ところで、誠くん、おかしなことに気づかないかな。『スーパーダークエンペラー』『暗黒の魔導士』『白亜の疾風』──卒業制作に関わった僕たち3名の名前のなかに、おかしい部分が紛れているんだよ」
やべえって、ボケて言われてるのかわからねえ。ツッコみ待ちなのか?
徹頭徹尾、全部おかしいって言うのが正解なのか?
「答えは『スーパーダークエンペラー』だ。普通に考えたら『スーパー』はいらない。『ダークエンペラー』だけでいい。そうだろう?」
「………なるほど、たしかに」
ボケてなかった。真面目だった。危ない危ない。
「この秘密の答えは簡単だ。『ダークエンペラー』はすでに存在していたからだ」
「それって……心景さんの友人の『スーパーダークエンペラー』には先代がいたってことっすかね」
「物分かりがいいね、誠くんは。そう、その初代『ダークエンペラー』こそ、『スーパーダークエンペラー』の兄貴であり、僕たちが英雄高校に入学した時にはすでに卒業していた者であり、099号室と血の樹を卒業制作した……異常科学の天才なんだよ」
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