8つ目の種子:憂う黒猫

 俺は夏休み終わりの花火大会から、今日までにおこった印象的な出来事を語った。この子は楽しそうにして、ピンッとたった耳を傾けてくれていた。


「それで俺は樹人の剣士と呼ばれるその強敵を見事に打ち破ったのさ」

「にゃーん(訳:すごいにゃ、赤谷くんは立派に成長していたにゃ)」

「ふふ、まぁそういうことだな」

「にゃん(訳:それでその099号室の血の樹はけっきょくなんだったのにゃん?)」

「え? ……あぁ確かに。あれはなんだったんだろうな」


 室内に生えている。それだけでオブジェクトとしては異質なそれ。気になってはいたが厳密に調査をしてはいない。だから、俺もなんであそこに生えているのかはわかっていない。


 部屋のことをは剣聖クラブの遺産ということで、学校側には秘密の方向でいっているため、血の樹について大人たちを頼ることもできていない。


「にゃーん(訳:ふむ、調べてみるのがよさそうにゃ)」


 そんなことを真面目腐った顔でつぶやく黒猫。


「あのさ、ツリーキャット。大事な話をしなきゃならないんだけど」

「にゃん?」


 俺は毛並みをなでながら、つい先ほど収容員と話をしたことを語った。

 一番、重い話題だ。なにせ秘密にしていたスキルツリーの正体がほぼバレてしまったようなものなのだから。

 俺の話に、ツリーキャットは見るからに焦った様子だった。


「にゃーん、にゃん(訳:ダンジョン財団は神樹についてより詳しい情報を知ってしまったようだにゃ。恐れていたことが起きたのにゃ)」

「ツリーキャット、安心してくれ、俺がスキルツリーをもっているとは言ってないからさ」

「にゃん?(訳:赤谷くんはその状況でも、自白しなかったにゃん?)」

「どうにか煙に巻いたんだよ」


 俺がそう言うと、ツリーキャットは表情を明るくし「にゃごろ~ん」と甘えたような声で俺にスリスリしてきた。


「にゃん(訳:ありがとう、赤谷くん、私との約束を守ってくれたにゃん)」

「当たり前だろう? 俺が裏切るわけがない。でも、正直言うと、ちょっと迷った。いや、かなり迷ってたんだ。悪党たちのことを考えると、どうするのが正解なのかなって」

「にゃん(訳:どうやらすでに時は満ちているようだにゃん)」

「へ? ツリーキャット?」

「にゃんごーん(訳:赤谷くんは賢明な判断をしたにゃ。ダンジョン財団もまた神樹の力を手に入れるべきなどではないのにゃ。あれは人には過ぎた力なのにゃ)」


 以前にもこのようなことを言っていたっけ。


「にゃん(訳:おかしな話なのにゃ。特殊な方法でしかいたれない場所であるならば、聖地はすでに安全に隠匿されているというのに。ダンジョン財団はわざわざそこへ土足で踏み入って、利益を得ようとしているにゃ。悪い大人がいろいろと理由をつけて、結局は神樹のことを手中におさめて私利私欲を満たすつもりだにゃ。傲慢さゆえに、神の力を手にいれなければ気が済まないのにゃん)」

「言われてみれば、そんな気がしてきた……?」

「にゃーん、にゃん!(訳:赤谷くん、私は守りたいのにゃ。人間たちを、そして神樹を、それぞれ守りたいのにゃ。それには適切な距離が必要にゃん)」


 ツリーキャットは真摯な声でつぶやいた。

 この子の主張は一貫している。

 やはり、信用するに値する。


「にゃん(訳:赤谷くんと離れている間、私は『蒼い笑顔ペイルドスマイル』たちのことを調べてまわっていたのにゃ。奴らの元に大事な大事な『血に枯れた種子アダムズシード』があるのはわかっていたからにゃ)」


 ツリーキャットはお腹のあたりをまさぐりだす。カンガルーがお腹の袋をいじくってるみたいな可愛らしい所作で。


「にゃん(訳:スキルツリーが発芽し、成長し、ツリーガーディアンまでもが疑似的な覚醒を経たにゃ。そのうえで種子に改めて触れることで、私はいろいろな記憶を取り戻すことができたのにゃ。──赤谷くん、これを)」


 ツリーキャットはモフモフのお腹毛のあたりから、両の肉球で大事にはさんで胎動するクルミをとりだした。


「おまえ! それ『血に枯れた種子アダムズシード』じゃねえか!」

「にゃごろん(訳:どうにかひとつだけ自力で奪い返してきたのにゃ)」

「いやいや、無茶しやがって」

「にゃーん(訳:赤谷くん、慌てないで聞いてほしいにゃ。これから大事なことを話すにゃ。事態は急を要するのにゃ。崩壊論者、ダンジョン財団、どちらも聖地へいたる道に気づきつつあるにゃ。すべてのカギは赤谷くんにあるにゃ)」


 俺はキモイクルミを受け取りつつ……困惑してしまう。


「どうして俺なんだ?」

「にゃんごーん、にゃん(訳:それは赤谷くんが選ばれし者だからにゃ)

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