斜陽の仲良し
「はわわわ、聖女様が赤谷にあんなに密着して……!」
「いったいどうされたというの!?」
「ヴィルト様、すごい鳴いてる、可愛い……」
「にゃんにゃんなんだねえ」
女子たちにすごく注目されてしまっている。不幸中の幸いはこの家庭科室に男子生徒がいないことだろうか。いや、どのみちこんなに見られては恥ずかしいのだが。
「マーオ、マーオ!」
林道は喉を鳴らしながらヴィルトを俺から引きはがそうとしてくる。余計なことをするんじゃあないと叫びたいがそういうわけにもいかない。
「琴音、落ち着いて、完全に猫になってるよ!」
「これは落ち着いていられないまぁーお!」
「まぁーおになってるから! とにかく冷静になって!」
芥は友を人間に戻すために、必死になっておさえる。
当の林道はヴィルトを引きはがすことを諦め、俺の腕に力一杯に引っ張りはじめた。「赤谷、なにデレデレしてるの! この変態! キモナマズ! むっつりすけべ!」言われなない罵倒を浴びせてくるではないか。なんてやつだ。
「ごろにゃーご、赤谷、これはごろにゃーごだよ」
「まぁーお!」
「誰か聖女様をとめないと!」
「琴音まで赤谷にそんなくっついて! あぁ! こらこら、もう尻尾もっとさげないと! スカートがめくれちゃってるから!」
第三次にゃんにゃんパニックにより家庭科室は大混乱に陥るのだった。
しばらくのち。
夕焼けのなか俺は家庭科室でひとり包丁を動かしていた。
午前は騒動のせいでもはや料理どころではなかった。
猫林道と猫ヴィルトによりにゃんにゃんパニックが発生したためだ。
その原因が俺であるとされた結果、俺は家庭科室を追放されてしまった。
料理長の選考からは外れた。
でも、副料理長には就任できた。
俺はリーダーというより、実力派のNO2みたいなポジションがあってる。影の立役者、あるいは参謀とでもいうのかな。そっちのほうがかっこいい。ので、なにも不満はない。
俺の実力が評価されたのは、置き土産のおかげだ。
一品だけどうにか完成させたオムレツを家庭科室を追放されるまえに置いてきたのだ。それを試食した女子たちは、その美味しさに細胞たちが色めき立つのを感じたという。ゆえに一応、実力を認められたというわけだ。
「より、これでメイドカフェのメニューは網羅したかな」
最後のメニュー『にゃんにゃんナポリタン』を完成させてフィニッシュだ。
これで居残り料理人の課題はすべて完了である。
「どうぞ召しあがれ」
机にナポリタンを配膳する。
祝福飯としてのクオリティとしては熟練度の関係上『普通のナポリタン』にとどまるが、美味しさとしては十分なものを出せている自負がある。
「んふふ~!」
林道は尻尾をフリフリしながら美味しそうに腕をふりまわす。
「満足していただいたようでよかったよ」
料理をつくったのなら、それを食べてもらう者がいなければならない。
林道は俺のつくった者ならなんでも「美味しい!」と言ってくれるので、料理をする側としては嬉しいお客さんだ。
俺は気分よく調理器具を片付けはじめる。
「んふふ、赤谷は本当にお料理が上手だよね~!」
「スキルのおかげだ。たいていの技能はスキルでまかなえる」
「自分の能力じゃないってこと?」
「まぁそういうこった。スキルの力だよ」
「スキルも自分の能力でしょ? それに練習しているんでしょ? 努力して手に入れたものならさ、やっぱり赤谷のモノとして数えていいんじゃないの?」
スキル。人ならざる者が人に与えた祝福。俺の感覚ではそれは流動的なものだ。先天的な才能ではない。まるでワッペンのようにつけたり剥がしたりすることができる。それが本物の力だろうか。その威力をよく知っているからこそ、俺の料理を美味しいといってくれる者たちが過大評価をしてくれていることも弁えている。
「こほん、赤谷さ、2日目ってけっこう暇だよね?」
「2日目?」
「そうそう。英雄祭の2日目、生徒しかいない日のほう」
1日目は一般公開、2日目は学内限定だったっけ。
「料理当番を外れれば暇になるだろうな。シフト入れって芥に言われるかもしれないけど」
「真紀はそんな意地悪しないと思うよ?」
「どうだか。俺のことを目の敵にしているようだったが」
俺は洗剤のついた包丁で林道を指し示し「お前を盗られたと思ってるみたいだ」とおちゃらけてつぶやいた。
「まったくトンチンカンなやつだよな、芥も」
ジャー……水道水が絶え間なく流れ、フライパンの脂を界面活性剤とともに排水溝に導いていく。そんな環境音ばかりが、静かな家庭科室に響いている。
なぜだか気まずい空気だ。どうしてだ。わからない。なんか喋ってくれ、林道。
「こほん、そのさ、赤谷は、どう思う?」
「なにがだ」
「その……私のこと盗っちゃったとして、どう思う?」
俺は首をかしげる。わからない。なんて不自由な日本語を使うのだ、こいつは。
「盗ってない以上、その前提はおかしいって思うな」
「むぅぅ、まぁーお……」
「猫になってるぞ、林道」
「いけない。内なるニャンが。こほん。盗ったとして、だよ! 赤谷は私を奪ったとしたらどうするの?」
「奪ったものは元あった場所に帰すかな。てかなんだよ、この質問。どこからおかしくなった? 英雄祭2日目がなんとかって話をしてなかったか?」
「あぁ、そうだった! で、赤谷はさ2日目暇でしょ? どうせひとり寂しいんだろうからさ、クラスでも人気者の私がいっしょに出店をまわってあげようと思ったんだ!」
「優しい心遣いに涙がでてくる」
調理器具を洗い終わって、俺は白いタオルでそれらをぬぐう。
林道はささーっと俺の隣にくると「貸して!」と言ってきた。
「この仕事をお前に任せるのは危険すぎる」
「大丈夫だってば! 食べさせてもらったならすこしくらい働きたいの!」
濡れた皿とタオルを奪い取る林道。
俺が手渡し、彼女が拭く。
そんなことを斜陽のさしこむ家庭科室で黙々と繰り返した。
「で、その、どうかな?」
赤々とした夕焼けのなか林道は再び口を開いた。
「それってわざわざ言うことか?」
「そりゃあだって……ほら、当日、赤谷も暇じゃなくなるかもしれないし……」
「俺は暇だろ。どう考えたって。それに林道とはいつもペペロンチーノしたりしてるだろ。クラブだって同じだし。クラスだって同じだ。声かけてくれれば、よほど嫌な案件じゃない限り、断ることもないさ」
「えへへ、そっか、うん、そうだよね。あたしたち仲良しだもんね!」
「……」
「なんで黙るの!?」
「いや。別に。……確かにそうかもってちょっと思ってただけだよ」
なんだか恥ずかしい気分だった。まるで仲良しという部分への同意を強制されているような。それを認めれば、鬼の首をとったかのように「へへーん! 赤谷って私のこと仲良しだって思ってたんだ! ふーん! へえ!」と吊るし上げられ、あまつさえクラスの人気者を一方的に仲良しだと思い込んでいた憐れな淡水魚としてみなの前にひきずりだされる──そういうリスクに思えたのだ。
友には定義がある。
俺がかつて記した教典の条件を参照するならば、いまの林道琴音という女子は……その、不思議なことだが、友達と呼んでもさしつかえないように思った。
だから、俺は一泊の沈思黙考の末に、林道の言葉を肯定することにしたのだ。向こうがそう思ってくれているのならば、これは双方の認識が、お互いに一定の関係値を認めていることにほからないからな。であるならば、一方的な勘違いにはなりえない。
「ん?」
林道が黙っているのに気づき、俺は視線をやった。
彼女はこちらを驚いたような顔で見つめてきていた。キョトンッと目を丸くし、口をちいさく開けたまま。視線を交差させたあと、林道は口元に手をあてて、気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「そっか、そうだよね、あたしたち仲良しだよね。仲良し。えへへ」
にへら~っと緩い笑顔を浮かべる林道。
猫尻尾が器用に動いて俺の太ももに巻き付いて、尻尾にまで絡みついてきた。
先の発言を確認するかのような言い回しではないか。
俺は顔がだんだんと熱くなってくるのを感じた。あぁもう、だから嫌なのだ。
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