人間に褒美をあたえる確変猫

「寮まで送り届けるて……ふっ、はは……」


 我ながら奇妙なテンションだった。

 なにがそんな俺を高揚させているのか。

 レアなことが立て続けに起こったせいかもしれない。


「にゃっ」


 飛び跳ねて、不敵に笑って。

 そして、ニャが差し込まれた。

 視線を向ければ窓辺に美しい毛艶の猫が座していた。

 黒い毛並みと凛とした眼差し。座る姿勢は気高く品格を宿す。

 

「志波姫!?」

「ニャア」

「お前……いまのさっきで猫になっちゃったのかよ……」

「ニャー」


 どんだけ猫適性が高いのだ。

 そんでもって猫になるなり、俺のところに来るのか。

 なんだろう。猫同士惹かれあうものがあるのか。

 意識のない猫の行動はわからないな。

 

 俺は窓にそっと近づく。

 志波姫猫が逃げないように注意しながら、手を伸ばした。

 俺の手は無事に志波姫猫の頭上にたどりつき、そのまま綺麗な毛並みを撫でることに成功した。さらには何回も撫でることまで許される。

 しまいには彼女は喉をごろごろと鳴らす。気持ちがいいらしい。


 ふむ、機嫌がいいようだ。普段ならこちらからの撫で撫ではキャンセルがかかることが多い。あくまで志波姫猫のほうから「撫でろ!」というお声がかからないと撫でさせてもらえない。この猫は安売りしないことで全俺のなかで有名だ。


 では、今度は抱っこしてみましょう。

 抱っこは高いよ。なかなか普段はさせてもらえないよ。

 ちょっとでも持ち上げる素振り見せたら、速攻で猫パンチが飛んでくるからね。


「ニャア」

「おお、抱っこもさせてくれるのか。ご機嫌だね~」

「ニャア~」


 では、お腹に鼻をつけてみましょう。

 これはまず不可能。最初の頃こそ、させてもらったことはあるは、基本的に顔を近づけすぎると、猫パンチで追い返される。高貴な性格が反映されているのだろう。叩かれる時に「変態!」という声が聞こえてくるからな。


 さてとスンスン。くんくん。猫吸いチャージ。もっと吸っちゃうぞ。すんすん。すんすん。すんすん……あれ? え? パンチが飛んでこない?


「ニャア……」

「ちょっと不穏だけど、許されている? すごい、確変か? なにしても許されるんじゃないか?」


 志波姫猫は半眼になりながらも「まったく、仕方のない人間だニャ」という風にされるがままだ。前足の脇に手をいれて、持ち上げてふりまわして遊んでも、前足を掴んで肉球を揉みこんでも、全身くまなく吸っても許される。


 ありえない。

 こんなことはありえない。

 何があったというんだ。

 

「志波姫、お前、大丈夫か……? どこか悪いんじゃ……?」


 逆に心配になってきた。怒りの感情が失われている?


「頼む、志波姫、怒ってくれ、こんな優しいのはおかしいって! いつもブチぎれてるお前を思い出せ!」


 俺は志波姫猫の尻尾を口にくわえようとする。

 流石に前足でぺしーっとおでこを押さえられた。


「ニャア!」

「あぁ、ごめんごめん、嫌だった嫌だった、ごめんよ、嘘嘘」

「ニャア~」


 限度はありつつも、果てしなく寛容な志波姫猫。

 どれだけ吸っても許される確変状態。

 このチャンスを逃すまいと、俺はたくさん遊んだ。

 確変は就寝まで途切れることなく、志波姫猫は俺の狂気の数々に、ちょっとうんざりしながらも、「やれやれ、仕方がないニャ」という空気感だしつつも付き合ってくれた。最後まで本気の猫パンチが飛んでくることはなかった。


「ふふ、ついに心を開いてくれたのか?」

「ニャア」

「よーしよし、可愛いなぁ。可愛いなぁ、どうしてそんな可愛いんだ?」

「ニャ、ニャアっ!」


 いでっ。やっぱり、これだけはぺちっ! と叩かれるな。

 確変だからと褒めすぎるのはダメだ。

 この猫は恥ずかしがり屋さんなのだから。


 俺は志波姫猫の重みを胸のうえに感じつつ眠った。踏み踏みしてマッサージまでしてくれた。温かさともふもふと、ゴロゴロと鳴り続ける喉。もうずっと猫でいてくれても良いのかもしれない。

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