証明完了

 鉄球の一射目は外れた。極至近距離での発射をものの見事に避けられた。俺が用意していた作戦のうち、有効と考えられていた物のひとつだったのだが。


 オートガード発動後、俺と敵対者とのあいだには金属膜が展開される。

 向こう側とこちら側が一時的に隔たれた状態。公然とおこなわれる完全な死角からの攻撃。策は破れた。なるほど、流石は剣聖候補。志波姫の兄。


 しかし、この赤谷誠は準備をしてきている。

 策をひとつ使ったくらいでへこたれない。


 元よりコントロール戦術をしかける予定だ。

 鉄球は破壊力に優れるが、それだけで決め切れるとは思ってない。当たればラッキーという攻撃だ。状況をつくり、命中率を高め、試行回数を稼ぐ。何度もやってればいつかは当たる。そういう戦いにするつもりで来ている。


 だから、秘策だって、いくつも考えてきた。


 そのうちのひとつが『二度穿ちダブルアップ』だ。

  『二度穿ちダブルアップ』はどのタイミングで放っても有効な技だ。初手で打ってももちろん最高の効果が期待できるし、通常の鉄球投射を何度も見せたあとで使っても効果は高いだろう。さらに使ったあとも効果がある。『二度穿ちダブルアップ』があると匂わせるだけで、相手に窮屈さを感じさせることができる。


 今回は見事に命中してくれた。

 剣士相手に有効だと思ったが、案の定だ。相手が斬りはらうタイミングにあわせて鉄球を制止させるのは、コントロールが難しいが、上手く決まった。綺麗に寸止めできたおかげだ。『領域接着術グラウンドアドベーション』と同じく、止めるタイミングはいつでも100点とはいかない。点数は俺の感覚と、相手の反応速度に依存してる。寸止めが甘いと相手に悟られるし、逆に寸止めが遅いと、相手に普通に斬り払われる。


「いまのうちに──」


 俺は第一球を手元にひきよせる。

 同時にヒダリを召喚した。

 ヒダリは蛸みたいな形態の触手生命体から四足歩行の獣へ変身する。


 ヒダリには俺から切り離したいくつかのスキルを渡してある。

 完全独立した戦力として高い効果が期待できる。


 さらに俺は鋼材のキューブ12コのうち8つを周囲に適当にばら撒いておく。


 鋼材は攻撃力の面でアノマリースフィアに遠くおよばない。ゆえに平時は防御装置として運用しているのだが……それでも手数を増やす目的なら頼れる装備だ。相手が剣士であれば、俺本体の守りは鋼材4つで事足りる。ビビッて近場にはべらせておくより、こうしてばら撒き、利用可能なオブジェクトを増やしておくのが効果的な使い方だ。


 ついにで『放水』で水を生成して周囲に放つ。

 これも俺にとって利用できるオブジェクトだ。


 そこまで手際よくおこなってから、アノマリースフィア第一球を回収しおえた。


 ずいぶんと準備時間をくれる。やたらと復帰が遅いからいろいろとアドバンテージを稼がせてもらったが……おや?


 俺は訓練場の奥、いまだ粉塵がまきあがっている場所へ意識を集中させた。


「……」


 俺は警戒心を保ったまま、ゆっくりと歩みを進める。

 粉塵が晴れた。壁には大きなクレーターがあった。

 深く陥没し、蜘蛛の巣状の亀裂を周囲にひろげる中心点。

 樹人の剣士は胸部をへこませて、樹木の身をめりこませていた。

 手にしていた刀からはすでに赤光のエンチャントが失われ、地に力なく突き刺さっていた。合戦場に無数に打ち捨てられた刃のように、主を失い、どこか悲しげだ。


「きゅるるる」


 ヒダリがトコトコ歩みよってきて、俺の手に頭をこすりつけてくる。

 俺はヌルッとした頭を撫でて「お戻り」と言い、腕のなかにヒダリを収納した。

 

 サクサクと鳴る足音が近づいてくる。

 破砕した訓練場の床材の散らばる地面を踏みしめる音。

 首をかたむければ、志波姫がすぐ隣にきていた。

 

 彼女は口を半開きに、耳はややしなびさせていた。


「驚いたわ……兄さんを本当に倒せるとは」

「俺は強くなりすぎていたみたいだ」

「そうかもしれないわね」


 くすりという薄い笑い声。 

 俺は彼女の反応に意外性を感じる。

 

「いやに素直に認めてくれるな」

「事実は受け止める必要があるわ」


 志波姫はそういいながら、埋まった樹人の剣士のそばにいき、その遺骸をあらためる。十分に確認したあと、突きたてられた刀を手にとった。


「議論の余地はあるけれど、あなたは間違いなく樹人の剣士に優ったわ」

「あぁ、そうだな……まぁ議論の余地はたしかにあるかもだが」


 勝つための戦い。実力で優ることを証明する戦い。

 俺が今回仕掛けたのは勝つための戦いの要素が強い。

 結果として想像以上に綺麗に一撃がはいったせいで、事故みたいな形で勝利してしまったが……それでも勝利は勝利だ。


「だから言っただろう。樹人の剣士よりおまえのほうが強いって」

「……。わたしが赤谷君に優り、赤谷君が樹人の剣士に優る。ゆえにわたしは樹人の剣士より優っているはず──と」


 俺が示したかったごく単純な力関係。

 以前までは困難な証明だった。

 証明するためには俺が樹人に剣士に勝つ必要があった。

 俺は鍛錬し、己の戦力を磨いた。

 研ぎ澄ました刃は届き、いま証明は果たされた。


 志波姫は腕を組んで、うーんとうなりだす。

 お耳がピンとたち、尻尾が上向きになり、ゆらゆら揺れる。

 彼女は俺に背を向けたまま、次の言葉をなかなか続けず沈思黙考の構えをとる。

 じれったく感じる頃、志波姫は口を開いた。


「……ここまでできるのね、赤谷君って」

「……まぁ、そうだな。できたみたいだ」


 言ったあとに、どんな言葉をかけるべきか思案する。

 思案していると沈黙が重なっていく。

 志波姫は背を向けたまま、尻尾をゆらゆらさせるばかり。

 十分に彼女を待たせたあと、気まずいほどの静謐を破って告げた。


「お前は兄貴より強かった、みたいだな」


 それだけは明確に言う必要があると思った。

 俺の目的はそこにあったのだから。

 スキル『剣聖』をめぐる兄妹のひと悶着。

 俺が示した証明を通じて、力関係は克明に示された。

 もう志波姫を捕らえる過去の亡霊はいない。


 俺は言うべきことを言って、訓練場をあとにする。

 アノマリースフィアも鋼材も回収し、扉へとむかう。


「赤谷君」


 呼び止められ、ふりかえる。

 志波姫は先ほどと変わらず、遺骸を見つめたまま、尾を揺らす。


「……ありがとう」

「……俺が倒したかっただけだが?」

「ええ、そうね。でも、わたしは言うべきだわ。あなたに感謝を」

「そうか。なら、受け取っておこう、志波姫神華の謝意は稀少だしな」


 俺はそういい歩みだす。

 まぁこんなものか。

 ふむ、良い着地点だろう。

 目的は達成した。

 八神から聞いた志波姫のなかのわだかまりは解決された。

 これで彼女がまとっていたほの暗さはきっと消失する。


「赤谷君」

「ん? どうしたんだ? まだなにか?」

「なにって……待ちなさいよ」


 志波姫はトボトボと歩いてくる。

 俺が足を止めているので、彼女はすぐに俺に追い付く。

 そして、追い越し、出口へと向かっていく。


「?」

「なにしてるの、もう帰るのでしょう。ここには何も残っていないのだし」

「え、あぁ、まぁそうだけど……なんで呼び止めたのだ」

「……別に、おかしなことではないでしょう」


 志波姫は耳をピコピコっとさせ、黒髪を指でつまみ、枝毛をさがしだす。視線は俺を向かず、艶やかな髪へと注がれる。


「帰るのでしょう。一緒に部屋にはいったのだから、一緒に部屋をでる。これってなにか変かしら」

「……いや、なにも」

「そうよね? ほら、行きましょう」

 

 俺は数歩のうちに彼女に追い付くと、彼女もまた歩みをはじめた。

 隣を歩くと案の定、大きく揺れている彼女の尻尾と、同じく揺れていた俺の尻尾が定期的にぺちぺちぶつかった。

 ただの猫しぐさだ。わざわざそれに言及することはない。俺も志波姫も。

 俺たちは尻尾をぶつけあわせながら、そろって訓練場099号室をでた。

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