二度穿ち
099号室のなかはひんやりとしていた。
緊張のせいか、あるいは室温が低いのか。
どちらもあるかもしれないと赤谷は客観的な評価をくだす。
部屋の奥には、禍々しい樹木がそびえている。
太く立派な根を張るそれ──のすぐそば、黒い袴を着込んだ剣士は、その異質な樹製の身体を、母を守る幼子のごとく、血の樹の根本で腰を落ち着けていた。
床に突き立てられたこれみよがしな剣。それにいつでも手が伸びる距離だ。
赤谷は足を踏みだす。
トコトコ、トコトコ。
扉付近で志波姫神華が足をとめても、彼は構わなかった。
志波姫の倍ほど歩みを進めると誰が指図するでもなく空気は変化した。
樹人の剣士がおもむろな動作で剣に手をのばした。
柄を握りこみ、地に突き立てられた刃先を引き抜く。
赤谷は手を横にふりぬいた
キューブ形態の鋼材、スフィア形態の異常物質。
攻撃と盾が周回軌道にのり、赤谷誠という惑星を守り始める。
その数は12+2。彼の宇宙が完成した。
樹人の剣士が腰をあげた。
二指で剣の根本から刃先をなぞる。
刃に赤い光を纏わせていく。
「『
赤谷が発動したのは慣れ親しんだスキルコンボ。
『形状に囚われない思想』+『くっつく』
周囲20mに素早くスキルが適用される。地面を軟化させ、自重で沈み込む世界をつくりだす。そのうえでその地面には粘着性が付与される。悠長にしていては足元を囚われてしまう行動阻害系のスキルコンボだ。
それに反応したのは2名。
志波姫は怪訝に眉をひそめて背後へ飛びのいた。
樹人の剣士は先に戦いの火ぶたをきった赤谷を敵とみなし──消えた。
目にもとまらぬ速さでの移動。爆薬で撃ちだされた裂槍のごとき足で地を突き、己の体を大弓で射られた矢のごとく放つ。行動阻害が付与された地面に0.1秒すら接着しないことでそれを無効化することにあった。
(『
「気を使ってくれればそれで十分」
赤谷の目的は、リソースを削ること。
ちまちましたコントロール戦術を赤谷は好んでいるのだ。
樹人の剣士は赤谷のまわりをただ3足だけ、地を蹴り、まどわすように移動、そののち角度をつけて斬りかかった。攻撃への反応、回避、反撃に有した時間は実に0.5秒ほどだ。
赤谷の目は追い付いていた。
樹人の剣士がどれほどで動くのかは織り込み済みだった。
かつてのように『第六感』をもちいた緊急回避をおこなうほどではない。
『
水平に振りぬかれる斬撃。
『もうひとつの思考』により金属盾がそれを防がんと展開する。
赤谷は回避に専念し、余計なリソースをさかない。
斬鉄。貫鉄。かの剣士の実力を赤谷は知っている。
この攻撃力を前に赤谷は心折れた。「え? なんでダメなの? こっちちゃんとガードしてるよ?」そういう感想を漏らすほど、この樹人の剣士との戦いは、赤谷にとって理不尽なものだったのだ。
火花が散り、金属片が砕け、飛び散った。
赤谷が誇る自動金属盾を、輝く刀はいともたやすく斬鉄する。
オートガードを発動しつつ回避行動をとっていたため、赤谷には当たらない。
至近距離にとらえた赤谷は、いつの間にか手元にひきよせていた周回軌道の浮遊物アノマリースフィアを射出した。
『筋力の投射実験』+『膂力強化Ⅱ』+『筋力増強』×2+『高密度化』
『
だが、貫通にはいたらず。
剣士は金属膜ごしに放たれた危険な攻撃を、金属膜を蹴って飛びのくことで回避。
放たれたアノマリースフィアは訓練場の壁の高い位置に着弾し、壁を一部崩落させるだけにその効果をとどめた。
間髪いれず赤谷は2発目のアノマリースフィアを手元にひきよせる。
飛びのいて宙で「ふわっと」しているところを狙う。
発射。硬質な悲鳴とともに鉄球が空を斬る。
刃による一閃。
樹人の剣士は刀でアノマリースフィアをたたいて弾道をそらした。
──と思われた。
アノマリースフィアは止まっていた。
樹人の剣士がふりぬいた刀は空を斬っていた。
一流のバッターだとしても、静止する変化球は打てない。
そもそも刃の間合いにいないのだから。
ピタッという擬音すら聞こえるそれは、通常の道理なら到達するであろう空間座標には存在しておらず、相手の意表を突く効果がある。
雑技をおさめるがごとく豊かなスキルを有する赤谷誠がもっとも注力した、あえての原点回帰。自分の技術の根底へむきあう姿勢、そこに進化は潜んでいた。
鉄球の操作を見直し、余地を見つけ、融合スキル『筋力の投射実験』にふくまれる『とどめる』の残滓を顕現させる。鉄球が放たれたあと時間差でソレを適用する技術その名は、
「『
なお『とどめる』には運動能力をとどめる効果があることを記述する。
すなわち完全静止後の金属球体は、再び動きはじめるだけにではなく、止まる前より、2倍近いエネルギーを蓄えた状態で再始動をはじめるということだ。
刀一本とちょっとの距離。
そこから放たれるのは未曾有の未知。
完全静止した鉄球は震えだす。もう限界だ。これ以上は我慢できない。忍耐強い人間が、不義への怒りに震えるがごとく、いまかいまかと一瞬という極小時間のなかで振動をくりかえし──刹那ののち、抑え込まれていた果てしない力が決壊した。
樹木で構成された肉体は、無慈悲な鉄球に穿たれた。
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