成長の秘訣とは

 

 彼に挑んだのはもう1カ月半も前のことになるだろうか。

 あれは偶然の出会いだった。


 俺たちはかつての剣聖クラブが遺した秘宝を手にいれた。

 厳密にいえばまだ手に入ってはないけど、俺たちの管理下にあるので、すでに現剣聖クラブのもとにあるといっていい。


 スーパーダークエンペラーと暗黒の魔導士と白亜の疾風と呼ばれる者たちが魔術をもちいて作り出したとされる、怪物は手の込んだ封印を施すだけの代物だった。

 

 俺では手に負えないような。

 ヴィルトでも歯が立たず、ましてや志波姫さえ軽くあしらうような。

 

「にゃんにゃんしてて最近はずいぶん忙しなかったよな」

「忙しないのはあなただけよ。猫の時のあなた、ひどいものよ。目についた女子みんなに飛びついて。節操のないオス猫。猫だから刑罰を受けていないだけ」

「そんなことが? いやはや、まったく身に覚えがないなぁ」


 志波姫は不機嫌そうに口をへの字に曲げ、侮蔑の視線をおくってきた。

 黒くしなやかな猫尻尾はぺしぺしと俺のことを鞭打ちしてくる。


「あの、これから強者に挑ませていただくので尻尾でダメージ稼がないでください、志波姫さん?」

「この発情猫」

「だ、だから、それは当社とは無関係ですので。あぁ、おやめください、お客様」


 やられてばかりではいられない。もちろん抵抗する。尻尾で。

 そっちがぺしぺししてくるなら、俺だってぺしぺしする。

 尻尾コントロールの下手な俺でも、意図的に左右に振ることはできるのだ。


 喰らえ、我が尻尾、天駆ける竜のひらめきよ。

 俺の一撃は志波姫の腰あたりに「どん」という感じであたる。


 志波姫は怪訝に眉をひそめた。

 そして次の瞬間には尻尾によるぺしぺし攻撃が三乗になってかえってきた。


「くっ、なんていう連打……!?」

「あなたとは尻尾力が違うのよ、もっと速くもできるわ」

「うわぁああ、おやめください、おやめください、お客様、あぁあ!」

「ふん、勝負を挑んだのが間違いだったわね、赤谷君のくせに生意気なのよ」


 互いに尻尾でぺしぺししあっていると、尻尾が絡まってしまう。俺と志波姫は猫界隈でもワースト1位と2位を争う尻尾力の低さを誇っている。そのため、一度絡まると尻尾力だけでは解決できない。


 でも、手をつかってほどきたくはない。

 この奇妙なプライドはきっと猫しぐさなのだろう。

 尻尾力への執着もあわせて、まこと厄介な衝動だ。


 そんなことをしつつ、ともにやってきた訓練棟地下の訓練場。

 099号室の前で、俺と志波姫はそろって歩みをとめた。尻尾は絡まったままだ。

 

「わたしが樹人の剣士に挑むのは、わたしの自由でしょう」

「ああ。だから、俺がアレに挑むのも俺の自由だ。あれは剣聖クラブという組織に帰属する財産だからな」

「どうしてアレにこだわるのよ」

「お前だってアレにこだわってるだろ?」

「子どもじみた問答はいらないのよ、赤谷君」

「わからないな。どこが子どもじみてる?」

「……あなたはこの1カ月半、おそらくもっとも急激な成長を迎えたわ」

 

 志波姫は099号室を見つめながらつぶやく。


「技術レベルの進化は著しい。何があなたをそうさせるの」

「著しさでいえば、お前のほうこそって感じだけどな。乾燥したナマコが水を吸ってふくらむみたいな著しさだ」

「話を逸らさないでくれるかしら。わざわざ変な言い回ししないで」

「いいや、逸らしてない。お前は明らかに兄を模した人形に執着している。俺は1カ月半、アレに触れてすらいない。でも、お前はぺたぺた触ってる。曇ったガラスに手のあとをつけて楽しむ子どもみたいに」

「新しい言葉遊びに目覚めていたようね。それやめたほうがいいわ」


 志波姫はおでこを押さえて、やれやれ、と言わんばかりに小さく首を横にふる。

 

「……剣聖がひとりしかなれない。それはわかった。でも、そんなに執着する理由は話してないだろ。お前はまずずっと壁を開けては閉じつづけた優秀なドアマンに感謝をして、その行動に関する一切合切を教えるべきだ」


 知ってはいるつもりだ。八神との会話から推測はたっている。

 推測は、猫谷誠が志波姫の口から得た情報などから行われている。

 でも、実際のところすべては推測だ。そう、推測に過ぎないのだ。


 ほぼそうだと思っているが──志波姫はかつて兄・心景と本気で戦わなかったことを悔いている──、それを本人の口から確認したわけではない。


 勝手に推測し、勝手に察し、勝手に励んだ。

 過酷な鍛錬に明け暮れたのも俺の勝手な行動だ。


 でも、言葉にしていないのは、なにも俺だけじゃないはずだ。


「どうしてあなたはそんなに執着するのよ。わたしがアレにどれだけ挑もうと勝手といったはずじゃない。あなたはアレを倒すために急激な成長曲線を描いたと見えるわ。どうしてそんなに頑張ったのかしら。あなたこそ不自然だわ。わたしのほうは剣術の修練として挑むことに不自然さはないけれど、あなたは違う。あなたはユニークすぎて剣術を真面目に修める意味合いが薄いもの」

「手段はいくらでもあったほうがいいだろう。多すぎて困ることはない」

「選択肢はただあるだけで選んでしまうものよ。それは濁りを生む」


 志波姫はそこまで言ってから「って、こんな話をしたい訳ではないのよ」と、しきり直すように息をついた。


「どうしてそんなに励んだの。どうして今更、兄の贋作に挑もうとするの」

「だから、言った通り、俺の勝手だろう?」

「じゃあ、聞き方を変えるわ。あなたはなんでわたしを立ち会わせたいの」

「それは……お前、暇そうだったから」

「死にたいわけ?」


 志波姫は深くため息をついた。


 言葉にしてないのは俺だけじゃないはずだ。

 察しのよいお前のことだ。わかるだろう、言わなくたって。

 そして、察しの良い俺である。ゆえに察したさ。


 お前が俺にわざわざ言葉にさせたいのかどうか知らないが、確かにお前の推測は正しい。俺は樹人の剣士に勝つために、おそらくは大きな成長をした。この赤谷誠がエヴォリューション宣言をするほどにな!


 では、なぜ樹人の剣士にそんなに勝ちたいのか。

 それを言葉にさせたいのだろう。

 まぁそうはしないんだけどさ。死んでもしないと思うんだけど。


「……はぁ、尻尾、そろそろほどくか」


 俺は背後を見やる。尻尾はまだ絡まったままだった。

 志波姫は諦めたように「そうね」と言う。

 手を使えば、絡まった尻尾も簡単にほどけた。


 しばらくの沈黙。

 口を開いたのは俺からだった。


「最後に挑んだのはいつだ」

「あなたも知ってのとおり、3日前よ」

「負けたのか」

「そうね。負けたわ」

「それはよかった。合否発表日に受験番号を見つけたみたいに安心した」

「これからその言い回しを聞かされることになるかと思うと気が滅入るわね」


 仕方がないだろう。茶化したくなる。真面目なものほど、真面目に話すのは難しい。そういう生き方をしてきた。誇りをもってそういう道を選んできてしまった。


 俺は言葉が苦手なのだ。

 だから、行動で示すほかあるまい。

 

 俺は099号室の扉に手をかけた。


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