文化祭は準備が一番たのしい

 猫男との衝撃の出会いから3日が経った。

 長谷川学長の部屋が爆破されたとかで学内はざわついたが、本人がケロッとした様子でそれを否定し、タンスの角に小指をぶつけ、絶叫したせいで部屋が破壊されるに至ったと説明をすると、みんなそれを信じてしまった。

 かくして俺が見た珍妙な光景は、それ以上話題にあがることはなかった。


 あれがなんだったのか。

 なぜ喧嘩していたのか俺には未だわかっていない。


 長谷川学長が「気にするな」ということは、それ以上、気にするべきことではないのだろう。なので唯一の真実を知る者として追及したい気持ちはずっと抑えた。


 ここのところは猫にならず、無事に登校できている。

 猫耳と尻尾は生えてしまっているのが、まぁ些細な問題だ。

 文化祭実行委員会を決めてから今日までちょこちょこと準備を進めてきた。


 今日と明日を使って最終準備をし、明後日はついに文化祭である。

 厳密には英雄祭と呼ばれるこの行事は、きっと多くの生徒の心に思い出を刻むのだろう。浮ついた空気だ。どこもかしこも。青春という気体が窒素よりも多い割合で空気に満ちている。ここは俺の居場所ではないのだと本能的に感じる。


「はい、ホームルーム終わりだよ! それじゃあ、みんな準備をはじめようか!」


 オズモンド先生の合図を皮切りに1年4組はぎゃあぎゃあ騒ぎだした。


「ヴィルト、離せって」

「ん」


 俺は隣の席をみやる。

 隣人は俺の顔をみたあと、俺たちの尻尾を見つめた。

 いま俺たちは互いに猫耳猫尻尾が生えた状態だ。

 

 そしてともに椅子に座している。

 俺の自慢の尻尾には、銀色の美しい毛並みをもつ尻尾が攻撃をしかけてきている。蛇2匹が激しく戦っているみたいに絡み合っているのだ。

 

 何もこれは初めてのことではない。この3日間ほどで尻尾コントロールのさらなる向上を果たしたのだろう。尻尾をまったくコントロールできない俺はこうしていいようにヴィルトに遊ばれてしまうのだ。


「尻尾がからまって立てねえって」

「赤谷の尻尾はどんくさい」

「ぐぬぬ、これが尻尾の格差社会か」


 まさか俺が最底辺だったなんて。

 わからされている。ヴィルトにわからせられている。

 

 絡みついた銀色の尻尾にたいして、俺はなすすべがない。なぜなら全く動かせないから。尻尾力の差は歴然だ。銀色の尻尾は俺の尻尾を、まるで蛇が樹をのぼるかのようにクルクル回りながらのぼってきては、俺の尻尾の付け根を、銀の筆先でこすりこすりしてくる。


 なんて器用な技なのだ! 

 尻尾力の差を見せつけているのか!


 これがここ最近、俺をからかうヴィルトの常套手段だ。彼女はこうして俺にはできないコトで、俺をオモチャにして楽しんでいらっしゃるのである。


 ヴィルトにお願いをし、敗北を認め、どうにか解放されたあと、俺は文化祭準備にとりかかった。ウチには主に2つの作業現場が存在した。


「赤谷はこっちね! 教室前の飾りつけ部隊の隊長!」


 1つ、教室前の装飾。

 メイドカフェを経営するためには、華やかな看板がなければならない。

 

「ん、ダメ、赤谷は教室内で働くべきだよ」

 

 2つ目、教室内の装飾。

 メイドカフェを経営をするためには、華やかな店内でなければならない。

 

「琴音、赤谷は料理長でもある。内側でメニュー表の作成をする必要がある」

「メニューならもう決まってるから、わざわざ赤谷が作る必要はないよ、ヴィルトさん!」


 左右から猫たちに綱引きされる。尻尾で。

 林道は俺の胴体に尻尾を巻きつけて手首を掴んでひっぱり、ヴィルトは俺の尻尾に尻尾をからませて、肘を掴んでひっぱってくる。


 裂けちゃうからやめてね。


「み、見ろ、聖女さまが御尻尾で、赤谷誠にからんでいらっしゃるぞ……!」

「ひぐぬぬぬぅ! なんて、なんというご褒美を……!」

「ほとんど交尾ではないか……!」


 よくないな。

 教室の外で会の皆様から顰蹙をかっている。


「ふたりとも落ち着け、正直、どっちの現場にも俺はいきたくない。俺の仕事は店舗でだす食品の取り扱い方法を本部にだすことだけだ。これ以上の労働をする気は──」

「まぁーお! まぁお!」

「なぁごっ! なあーご! 赤谷はこっちだからー!」


 文化祭準備は2日前から大変なものだった。


 夕焼けにより校舎内が暗くなってきた頃。

 飾りつけなどもけっこう進んできた。

 うちはメイドカフェという性質上、教室自体の装飾はほかに比べれば少ないほうだったので、すでに大部分の作業は終わっているように見えた。


 明日の作業時間があれば余裕ですべての準備は終わるだろう。

 

 でも、教室にはいまだに多くの生徒が居残りをしている。

 といってもバリバリ働いているわけではない。


 だらけきった空気感のなか、この特別な空気に酔いしれているのだ。

 男子も女子も。この時間を満喫している。

 1年4組だけではない。廊下をでて、向こうを見てみれば、どこのクラスも同じような感じだ。チルってる。こういう時間が楽しいのもわかるっちゃわかる。


 ヴィルトと林道が向こうで仲良く看板作りしている。

 後ろ髪をひかれるように、視線をきって、暗い廊下へ。


 労働意欲のない生徒たちが帰宅するのに混じって、俺は訓練棟へ。


「赤谷君」


 エントランスにはまた猫がいた。

 猫耳と猫尻尾をそなえた完璧な美少女。

 志波姫神華は俺の姿を認めるなり、自販機前の座席から腰をあげた。

 

「話があるって何かしら」

「……ついてきてくれるか。見てもらいたいものがある」

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