猫しぐさですので
10月25日。朝。男子寮自室。
にゃんにゃん後遺症はなかなか治らない厄介な病気だ。
俺は洗面台に座して、鏡に映る可愛らしい姿をみやる。
耳をピクピク動かしてみたり、尻尾をピンとたててみたり。
気力も実力も充実してきたので、そろそろ樹人の剣士に挑もうと思ったのだが、よりにもよって今日に限って、俺にニャンのターンが回ってきた。
「みゃーお……(訳:やれやれ、今日は学校を休むしかないな)」
頭に猫耳が生えたくらいなら、まぁ、登校できなくない。
でも、完全にゃんこでは無理だ。流石に。
それに今の俺は人間の意識がないただの可愛い猫ちゃんだ。
林道のような自意識を保持したままの存在ではないのだ。
「みゃーお」
スキルツリーを背中から生やす。猫だとサイズの問題なのか構造の問題なのか、わりとどこからでも樹を生やせる。特に便利さがあるわけでもない変な特典だ。
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【本日のポイントミッション】
毎日コツコツ頑張ろう!
『キャットボーイは抱かれたい』
抱っこしてもらう 0/10
【継続日数】172日目
【コツコツランク】プラチナ
【ポイント倍率】4.0倍
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はぁ~やれやれ、仕方がないな。
スキルツリーくんが言うのなら仕方がない。
いまからは俺の意志ではない。ミッションが出たから仕方がなく女子に抱っこしてもらいにいくのだ。──やれやれ! 本当はそういう趣味などないのだがな!
「みゃーお(訳:本日の務めは楽勝だな)」
まぁ、日ごろハードなトレーニングに精を出しているわけだし、こんな日があってもいいだろう。大事な戦いのまえなのだ。猫ライフによって英気を養うという考え方もできる。うむ。流石は俺だ。なんだか冴えている気がするぞ。
優等生・赤谷誠は本日は無断欠席だ。でも、オズモンド先生には俺の猫の病のことは話をしてあるので、察してくれる。明日事情を説明してもいいしな。
そういうわけで午前6時10分。
俺は尻尾をピンとたてて鼻歌を歌いながら窓から飛び出した。
「みゃお~(訳:今日はいい天気だなぁ~絶好の猫びよりじゃないか)」
自然と喉も鳴っちまうぜ。
今日ばかりは人間世界のことは忘れよう。
文化祭実行委員会も課題もトレーニングも俺には関係ない。
そんなことを思っていたのだが、気づけば第一訓練棟にやってきていた。
気持ちの良い朝に自由にお散歩するつもりだったのだが、無意識のうちに通いなれた道を進んでいたらしい。
第一訓練棟の階段をのぼってくる影がある。
ちいさくて黒髪で凛とした表情をした黒袴の少女。
今日もまだ猫耳と尻尾が生えていらっしゃる。
「っ!」
志波姫は俺を見つけるなり、目を見開き、足をとめる。
周囲を見渡す。こんな朝早くに訓練している殊勝な生徒は多くない。
ささーっと近づいてきて、俺の頭をそっと撫でてくる。
「ん? ……あなた赤谷くんじゃない」
「みゃーお(訳:流石だ。俺の毛柄は覚えてるか)」
「あなたって猫になっても要領が悪いのね。どうして朝に猫化してしまうのかしら。ここまで鈍臭いのはあなたくらいよ」
猫化はコントロールできないのだ。俺のせいにされても困る。
そして鈍臭い猫は俺だけではない。もう一匹いる。
とはいえ、こんな抗議もいまの姿では届かない。
「仕方がないからオズモンド先生には言っておいてあげるわ。感謝なさい」
「みゃーお!(訳:おっ、気が利くな。さんきゅーな)」
「……って言っても、今のあなたには赤谷誠としての意識はないんだったわね」
志波姫は言いながら、俺を撫で撫でしつづけてくる。
自然と喉が鳴ってしまう。くうっ、抗えないのが悔しい。
本能には逆らえないのだ。猫しぐさですので。
「みゃーお!」
「あっ」
俺は志波姫の平らな胸へ飛び込んだ。これも猫しぐさですので。仕方がない。
可愛すぎる俺にこの猫狂い女が逆らえるわけもなく、俺を受け止めてくれた。
腕のなかで天地をひっくりかえされ、へそが空を向く姿勢で落ち着く。
「あなたって本当に意識がないのよね?」
「みゃ~お?」
肉球で志波姫の顔を押す。踏み踏みする要領でずいずい押す。
流れで平らな胸も肉球で踏み踏みしてみようとしたら、目元に冷たい影が落ちかけたので、慌てて手をひっこめる。猫しぐさでも恐いものは恐いのです。
「……」
志波姫は無言で俺のお腹に顔を近づけるとスーッと深呼吸。魂を吸い取った。
「ほら、もう行きなさい」
志波姫は俺を地面にそっとおろしてくれる。
「あまりいたずらをしてはダメよ。あなたはトラブルの天才なのだから」
彼女はそれだけ言い残し、最後に撫でてくると、訓練棟へはいっていった。
これでポイントミッションはひとまず進んだな。
すべては俺の意志ではありません。ええ。本当ですとも。
いけないのはポイントミッションと猫しぐさですので。
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