借りパクされまくる男

 朝起きたらクラスで人気者の可愛い同級生女子が、裸体で布団のなかにいた。そんな誰もが一度は妄想するようなシチュエーション。もしそんな状況になったら俺は神妙な顔つきで、女の子と見つめあい、良い雰囲気になるのだろう。

 

 そんなことを思っていたが、実際のところは違っていた。


「まぁーお! まぁーお! 私は猫だよ!」

「違うお前は猫じゃない、林道、正気にもどれ!」


 帰宅するタイミングを逃し、朝猫化が解けてしまった林道は、俺のうえであられもない姿で眠りこけていた。茶色のふわふわ耳と尻尾をゆらゆら揺らしながら、己の状況に気づくと、俺から布団をふんだくり、それで籠城作戦をはじめたのだ。


 いま俺のベッドのうえには、こんもり丸く膨らんだ山ができ、その山の麓からは茶色い毛並みの猫尻尾がはみだしている。不落の要塞である。


「まぁお! 私はお布団猫っ! 英雄高校に住む妖精だよっ!」


 ダメだ。裸を見られたショックでイカれちまった。


「なんでそんなファンシーな設定なんだ」

「まぁお~、設定じゃないよ、赤谷、私は本当に猫なんだっ!」

「そうかぁ。それじゃあ、可愛い猫さんや、顔を見せてくれないか?」

「か、可愛いなんて……ふ、ふーん、そんなこと言って機嫌とっても、それはできないまぁーお、妖精は人間に姿をみられるわけにはいかないのっ!」

「ええい、いい加減にしろ、いつまでふざけてるんだ! 登校時間もせまってるての!」


 強行作戦開始。俺は布団につかみかかった。

 引きはがそうとするが、内側からの必死の抵抗が行われる。


「や、やめ、やめてえ! これ剥がしたら赤谷のこと一生変態っていう! ちょーキモ男ってみんなにバラす! それで私の死ぬっ!」

「どっちかっていうと朝起きたら裸体で布団に潜り込んでたお前のほうが変態だけどな!」

「わぁあ! 正論は聞きたくなーいっ!」


 まぁ、実際問題、この布団をマジで剥がすわけにはいかない。

 俺はため息をついて観念する。いや、なんで俺が観念させられてんだ。


「それじゃあ、お布団猫とやら、ここに体操着おいておくからな」


 下ジャージと上ジャージ。ひとまずこれでいいだろう。

 英雄高校の体操着は男女とも同じデザインだ。

 これで女子寮に戻っても不自然ではない。

 

「サイズが大きいと思うけど、デカい分には平気だろ」


 俺はジャージをお布団猫の近くにおいて「俺は洗面所にいるから、さっさと着替えろよ」と告げて、スライド式のドアを閉めた。


 ドアの向こうで物音がし始める。がさごそ。どうやら妖精が出てきたようだ。いまなら幻のお布団猫の中身を確認できるだろうが……まぁやめておこう。


「そういや一昨日、俺の服を着て帰ったけど、あれまだ返してもらってないよな?」


 志波姫もヴィルトも林道も俺の服を着て帰った。にゃんにゃんパニックが一昨日なので、昨日には、てっきり服を洗って返してくれるものと思ってたが、みんなナチュラルに借りパクするんだ。


「え? 一昨日って赤谷、猫になってなかったけ?」

「あぁ、そういえば……。そう、だから、おぼろげな記憶の話なんだけどな」

「そうだよね、てっきり意識があったのかと思ったや!」


 危ないところだった。そっか。俺は記憶ない設定なんだった。

 

「赤谷、もう着たよ」

 

 扉を開ける。

 

 林道がぶかぶかのジャージを着て、気恥ずかしそうにしていた。頬を染め、寄る辺なさそうに余っている袖を握り、こちらを伺う。サイズが合っていないので、胸元にかなりのゆとりがある。俺がこの場で垂直ジャンブをしながら、ぴょんぴょん近づいたら、3歩くらいで良い景色が見えるだろう。あまりにも不審者なのでやらんが。


「これすごい赤谷の匂いする」

「当たり前だろ。俺のジャージなんだから」


 林道は余った袖に顔をうずめたり、ゆとりのある胸元を伸ばして顔をうずめたりして、スンスンと鼻を鳴らした。尻尾はピンとたって左右にゆらゆら揺れている。

 

「そんな露骨に嗅ぐなよ。臭くて悪かったな」

「いや、別に臭いわけじゃ……ふーん、ジャージがいちばん赤谷臭いや」

「やっぱ臭いんじゃねえか」


 林道は目を細めて、唇をとがらせ「ふーん、へえ」みたいな顔しながら、玄関で靴を選ぶ。俺は履いていい靴を教えてやると、彼女はそれをとって窓辺に向かい、外に足を投げ出して腰をおろす。靴をはくと帰宅準備完了だ。


 そうしている間も林道は目を細めて、スンスンとジャージの匂いを嗅いでいた。そんなに気になるのか。少し申し訳なくなってきた。でも、同時に不思議にも思う。そんなに臭いなら、なんで借りパクするのだろうか。需要ないだろうに。


「なんか知らないけど、最近、俺の服とか靴とかどんどん減ってる気がするんだ。そのジャージはちゃんと返してくれると助かる」

「うーん、別の服とかじゃだめ? 私の服あげよっか?」

「なんで逆にいいと思ったの?」

「だってこれ限定品だし……まぁ努力するね!」


 林道は「ありがと、それじゃあ学校でね!」と元気に窓を飛び降りていった。

 借りたものを返すくらいで努力を要さないでほしい。そう思いました。まる。

 

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