寝る前のダンジョン探索

 血のシミは光の粒になって霧散していく。

 

 やはり、強いな。

 30階のポメラニアンを一撃で倒せるか。

 それもいまのは空気を押し出しただけだ。

 鉄球を撃ちだすより威力はずっと低い。

 

 俺は拳を握りしめて、力をしみじみと噛みしめる。


 いましがた使ったスキルコンボは空気を押し出す牽制技『固い暴風リキッドウィンドバースト』を強化したものだ。


 今では名残りもない『かたくなる』の性質を、『筋力により形状に囚われない思想』で空気に付与することで、空気に仮想の硬度をもたせ、それを押し出して相手にぶつける。空気の質量が極端に低いため、攻撃力は低めだ。


 なので衝撃により相手をふっとばすような使い方がメインになるわけだが……今では『形状に囚われない思想』のスキルコントロールの向上により、空気の形状に干渉することで、ある程度、空気の圧縮をできるようになった。


 手元の空気、1㎥分の体積に硬度をもたせて押し出すよりも、さらに周辺の空気、2㎥分の体積の空気を圧縮することで押し出す投射物に重みをもたせる。これにより放たれる威力が乗算的にあがる。


 『形状に囚われない思想』が『筋力により形状に囚われない思想』になったことにより、筋力ステータスと各種強化系スキルのバフを受けることができるようになった。先ほど『膂力強化Ⅱ』を同時発動して、一時的に筋力ステータスの数字が疑似的に上昇した状態で放った空気は、30㎥ほどの空気を圧縮したものに相当する。

 

 まぁ、どうしたって鉄球を撃ったほうが威力は高いので、ここら辺の技術はわざわざ意識して磨いてはいない。あくまで可能だからやってる程度の話だ。


「今ので火ポメは一撃で粉砕できるか」


 『筋力の投射実験』MP300

 『筋力により形状に囚われない思想』MP1000

 『瞬発力』なし リミット3

 『膂力強化Ⅱ』MP200


 それぞれ消費MAXで撃ったのでこれだけでMP1500。『膂力強化Ⅱ』のところを『筋力増強』×2に差し替えると、ちょうどMP消費が同じになる。


 強化系のスキルもバリエーションが増えてきている。

 訓練場での検証で、どの組み合わせが効率良いのかはある程度わかっているつもりだが、敵によって効き方が変わることもまたわかっている。発動速度の微妙な差もある。『筋力増強』は筋肉繊維の生成がともなうので、ほかの強化系よりちょっと遅いのだ。こうした差異があるところは、スキル収集家としては楽しいところだ。


 疑似ダンジョン30階を進んでいく。

 出現するポメラニアンのなかにちらほら属性持ちがあらわれる。

 火からはじまり、氷、風、そして泥。


「泥ポメえ~」


 白くてふわふわの毛並みが泥沼で遊んできたみたいに汚れた個体だ。

 

「どんな能力をもってるんだい、君は」

「ぽめえ!」


 泥ポメが鳴き声をあげると、周囲の環境に変化があらわれた。ぶくぶくと地面が泡立ち、泥が溢れ出てきて、あっという間に周囲が泥沼に変化したのだ。


「ぽーめぽめぽめ♪」

「いい技持ってるじゃないか」


 得意げなポメは俺を地面に沈めて、上半身にかじりつこうとしてきたので、鉄球を撃ちだして粉砕して光に還した。鉄球を使えば『筋力の投射実験』+『膂力強化Ⅱ』だけでも十分に倒すことができた。


「ポメラニアンに能力を持たせることで、生徒の対応力の向上を目指しているのかな?」


 学校の意図が薄っすらわかるぜ。これが学年順位12位の知力です。

 

 様々な技を試しつつ、2時間後、そろそろ寮が閉まるし帰ろうかと思っていた時、曲がり角の先に霧のかかった扉を発見した。


「あっ……」


 まじか。まさかこんなに早く見つけちゃうなんて。

 疑似ダンジョン30階のダンジョンボスの部屋だ。

 

 次の階層に挑むための条件はいろいろ設定されている。

 学期が進んだり、学年があがれば、より深い階層が解放される。ほかには一定回数、一定時間、その階層でのダンジョン探索をおこなうことでも解放される。

 あるいは一定数のポメラニアンを倒すことでもいける。


 どんな方法でも、要は「私はもうこの階層を攻略する能力があります」ということを証明できればいいわけだ。


 条件のひとつには「その階層のダンジョンボスを攻略する」がある。

 いま見つけたあのボスを倒せば31階にいけるようになるわけだが。


「寝る前の軽い運動のつもりだったがぁ……」


 ステータスを開く。

 HPとMPのリソース的にはいけなくない。

 すこし悩んでから、俺は扉へ向けて歩みはじめた。

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