林道琴音は撫でられたい

 3匹の猫により尻尾でずいぶんいじめられてしまった。

 悪いことばかりじゃない。どさくさに紛れてヴィルトの頭を撫でることができた確信はあった。

 もちろんわざとじゃない。会の報復も恐ろしい。でも、今はポイントミッションの進行を喜んだっていいだろう。


「あとは林道か」


 俺の心は林道を頭を撫でるところにフォーカスがあっていた。

 俺たち4名は多目的室から剣聖クラブへと足を運んだ。

 俺と志波姫はヴィルトが木刀をふり、林道は向こうで何やら魔術の練習に精をだす。そんな放課後。1時間の部活動ノルマが終われば解散していいだけの関係。

 文化祭実行委員会のあとということもあり、1時間も経つ頃には、外は暗くなっていた。


「うわ、外暗! 最近は陽が短くなってきたね」

「もう10月も中旬だしな」


 マフラーを首に巻きながら言う林道に俺は荷物をまとめつつ答える。

 さてどうしたものか。結局、剣聖クラブ中も林道にこちらから話しかけることができなかった。


 彼女が木刀をふっていれば、どさくさに紛れてワンチャン撫でることもできたかもしれないが、群馬女子は魔術修練に集中していたのでそのチャンスもなかった。


 俺はまだ撫でられていない。

 ゆえに焦りは最大値に到達していた。


 別にまとめる荷物もないのに、カバンをがさごそやっているのは時間稼ぎだ。これは一流陰キャならだれでも備えている技術である。この時間を使って思案する。

 中学の頃、好きな女子がまだ教室にいて、ワンチャン声をかけられる可能性があるからと、特に理由もないのに下校までの遅延をはかることは男子ならよくあるだろう。いつだって受け身で、自分からはいかない。そんな硬派な男であるほど、この技術は高まる。


 現代においてはスマホという便利なものがあるので、この画面を適当にフリックして、画面に見つめていれば「なんかしてるんだな」感は容易に演出可能である。

 まさか同級生の女子の頭を撫でることを計画する変質者が、その計画を練っているとは思われまいて。


「それじゃあ、また明日」


 志波姫がそういって、ちいさく手を振って部室をでていく。


「ひめりん、待ってよ!」

「志波姫は待たない。ついてく」


 林道とヴィルトはそそくさと部室を出ていく。

 皆さん、一緒におかえりだ。こりゃ参ったな。いや想定内ではあるけどさ。


 そして、俺はこれについていけない、とな。

 トホホ……陰キャの鑑よ。場のノリに便乗すればいいのに、それができん。

 何の理由もないのにスマホの画面をフリックし続ける不毛な生物。だって恥ずかしいだろう。女子たちが一緒に帰ろうっていうノリに俺も便乗して「え、赤谷もくんの?」みたいな空気をだされたら死んじゃうよ。キツイって。


 すべての行動・言動は自然じゃないとダメなんだ。

 陰キャは人間関係にオーガニックを求めるものなのだ。


「もう、赤谷、なにしてるの? ひめりん行っちゃうよ!」

「あっ、あぁ」


 林道はムッとして俺の手をひいて引っ張った。

 そんなこんなで女子3名と一緒に帰る。

 途中、ヴィルトはトレーニングルームに、志波姫は疑似ダンジョン深層にいくとのことで離脱していった。よって訓練棟の1階に着く頃には、俺と林道だけになっていた。


「赤谷って猫大好きだよね、ひめりんもヴィルトさんも猫になっちゃって嬉しい?」

「まぁ人間を越えた感はあるな」

「どういう意味ー?」

「だから、愛嬌が、人間の限界を超えてるんだ」

「あぁなるほど! たしかに! ヴィルトさんのファンクラブも灰になってたもんね。昼間からすっごい人来てたし。大人気だよね、本当」


 林道の声はちょっと弱々しい。そう感じたので、横目にうかがう。ブラウンの瞳がチラッとこちらを見上げてくる。俺は視線をナチュラルに逸らす。


「あっ、自販機の飲み物新しくなってる!」

 

 会話が途切れた一瞬を埋めるように林道はそう言った。

 見やれば寒い時期限定のココアにコーンスープ、おしるこもある。

 

「赤谷、ココアでいいよ!」

「何がいいよ、だ。図々しい猫め」

「赤谷めっちゃお金もってるって聞いたよ! アルバイトの鬼だって!」

「アルバイトの鬼はお前もだろう。そして驚くがいい、林道、俺には1000万の借金があってだな、俺のアルバイト代はすべてその返済にあてられているのだ」


 夏休み前に志波姫と派手にやりすぎたのがいまだに鈍痛として残っている。

 これはおそらく在学中ずっと俺を苦しめる。それがわかってるのが辛い。

 

「可哀想……」

「だろう」

「それじゃあコーンスープ」

「その猫耳って音聞こえないのか?」


 ホクホクしてコーンスープを連打する林道。

 やめなさい壊れるでしょ。

 仕方ない猫だ。人間は猫には逆らえない。

 俺はスマホを自販機にかざす。ピッと音が鳴り、コーンスープが排出された。


「ありがとー! やっぱり、赤谷って優しいねー!」

「夫をATM扱いする嫌な女には育つなよ」

「それって赤谷が夫になってくれるってこと!?」

「そうはならねえだろ」


 こいつは何を言っているのだ、とまじまじ眺めていると「え? 私なに言ってるんだろう……?」と、彼女はかぁーっと染めた。マフラーをもちあげ口元を隠した。


「やっぱり変だなぁ、猫になると、精神が不安定になるみたいだや!」

「心と体は同じだっていうしな。そういうこともあるかもな。実行委員会の時だって、あんな人前で乱闘をはじめるし」

「あの時はもうカァーってなって『この猫卑しか!』って気持ちになって、絶対に負けられないって気持ちになって、止められなかったの!」

「ふーん、それも猫しぐさなのかもな」


 俺もコーンスープを購入し、回転させながらすする。

 

「なにしてるの?」

「知らんのか。素人め」

「なんかムカつくっ!」

「こうすることでコーンスープの具材が底に残らずに食べれるんだよ」


 林道も同じように缶に遠心力をあたえて飲みはじめた。


「赤谷、猫撫でるの好きだよね?」

「ん? あぁ、まぁ。嫌いな人類いるか?」

「ふふん。それじゃあ、コンポタのお礼に撫でてもいいよ」


 俺はきっとキョトンとしていたのだろう。

 林道は俺の顔を見ておかしそうにはにかんでいた。


「コンポタ分くらいの価値あるよね? いまの私、にゃんだし!」

「別に猫じゃなくても……」

「えへへ、ふーん、まぁそうだよね! 私けっこう可愛いし!」


 眩しい笑顔に思わず目を細めた。太陽みたいだ。

 気づけば、林道は目を丸くして、こちらを見ていた。


「どうしたの? あんまり、かな?」

「……いや、遠慮なく。俺は猫好きだからな」

 

 俺は林道の頭に手を添えて、ぐるぐるとまわすように撫でた。


「遠心力あたえてない?」

「知らんのか。素人め。こうすることで猫耳が倒れては再び起き上がるさまを観察することができるんだ」

「なんかすごい変態っぽい!」


 林道は言いつつ、朗らかに笑んだ。

 

「琴音じゃん!」

「偶然偶然、こんなところで会うなんて──」


 女子の声が聞こえた。

 見やれば林道の友人、芥真紀と江戸川彩夏がいた。

 彼女たちは口元をおさえ「あっ……」と、眉根をひそめていた。

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