尻尾の格差社会

 文化祭実行委員会はそれ以上のトラブルはなくつつがなく進行した。

 委員長からそれぞれのクラスの出し物における制限、また可能なこと、備品の貸し出し申請の仕方、中庭ステージでの出し物申請の仕方、そのほかさまざまな連絡事項をたくされた。俺たち実行委員はこの連絡をクラスに持ち帰って、クラスの出店に役立てなければならない。


 あとは仕事決めだ。

 当日のそれぞれのクラスで食品管理などが適切に行われているかのチェック係、出店場所の管理係、一般公開日来校者の受付係、ステージで出し物をする者たちの補佐係、パンフレット作成係などなど、雑務がそれぞれに割り振られた。


 俺たち1年4組は欠員が2名ほどいたため、あまりものを回されるかとびくびくしていたが、1年生ということもあり、軽い仕事を任されるだけで済んだ。


「意外と面倒くさいな。食品関係の申請がいっちゃんだるそうだ」


 委員会が終わる頃、林道とヴィルトが帰ってきた。

 多目的室のまえで顔をあわせると、林道は気まずそうな笑みを浮かべ、耳をぺたんとしおれさせていた。ヴィルトは無表情ながら耳をぺたんしていたので、落ち込んでいることがわかった。猫耳は感情を読み取りずらいやつの感情も露わにしてくれる。


「大丈夫だったぞ、俺一人でも」

「それって私たちなんて必要なかったってこと? うぅ」

「いまのは言葉のあやだ。今回は話を聞くだけだったから、その、平気だった」

「そっか、迷惑がかかってなかったならよかったや!」

「迷惑はかかったけどな」


 ちょうど多目的室から志波姫が出てくる。

 こちらに気づくとピクッとして身構えた。


「あ、ひめりんだ!」

「林道さん、抱き着くのやめてくれる」

「まだ抱き着いてないのに!?」

「あなたの行動パターンは単調すぎて先読みが容易なのよ」

「うわーん、すごい馬鹿にされてる! ひどいよ、ひめりん!」


 結局、林道は志波姫の腕にひっついた。なるほど、確かに単調な生物だ。

 

「ところでアレはなに」

「え? あれって?」


 志波姫の不機嫌そうな視線が俺をみつめる。


「嘘だろ、もう存在しているだけで、俺って顰蹙ひんしゅくをかうようになったのか?」

「それは元からそうだったでしょう。今更すぎるわ」

「赤谷はその場にいるだけで警戒されるタイプだもんね、それが赤谷の個性!」


 林道は楽しげに俺の肩に手をおいた。

 

「そうじゃなくて、メイドカフェの話よ。4組はたしか女子のほうが1人多かったはず。民主主義にのっとればメイドカフェが可決されるとは思えないわ。策略の匂いがするわ。不正の香りともいうわ」

「お前すごいな、よそのクラスの男女人数比とは覚えてんのかよ」

「普通に生活していれば嫌でも目にはいるでしょう」


 普通の人間は眼からはいった情報をそこまで整理してない。


「どんな策略があったの、赤谷君、説明しなさい」

「なんで俺が策略をつかった前提なんだ。言いがかりも甚だしいことだ」


 これは完全なる言いがかりだ。メイドカフェ可決のロジックをこいつが突き止められるわけがない。そしてそこに俺が関わっていることも証明できない。俺は胸のまえで腕を組み、この議論におけるささやかな勝利を確信する。風呂入ってこよう。


「ん、それなら私がメイドカフェに投票したからだと思う」


 ヴィルトはボソッと言った。

 皆の視線が集中する。


「あれってヴィルトさんが投票してたの?」


 林道は意外そうにする。学園アプリからの投票は匿名だったので初めて知ったのだろう。かくゆう俺もいま初めて知ったのだが。え? そうだったの?


「あなたが? 意外ね。あなたってこういうの興味あったの」

「執事喫茶とメイドカフェで拮抗してたの」

「なおさらメイドカフェになった理由がわからないわね」

「私も最初は執事喫茶でいいと思ったけど、メイド思想に変えられてた」

「変えられてた?」

「ん、赤谷によって」


 なんで俺が出てくるんだよ。

 ヴィルトは「ふんす」っと言った得意げな表情を浮かべた。


「赤谷は言ってきたの。メイド服姿の私を見たいって。えっちな方がいいって──」

「やめろやめろやめろやめろ!」

 

 そんなこと言ってないって! 絶対にそんなこと言ってない!

 俺は思わずヴィルトの頭を抱え込むようにして、口を押えた。これ以上、デタラメを喋られると碌なことにならない。

 ヴィルトはキョトンとした顔になって見上げてくる。


「何か私した? みたいな顔してるけど、してるよ、ちょーしてるからな!」

「赤谷君、あなたよほどヴィルトのメイド服に興味があったようね」

「あ、赤谷、ヴィルトさんに、そんな恥ずかしいことよく言えたね!? キモイってば!」

「誤解だ、マジで。事実無根にもほどがある」

「でも、メイドカフェは可決されてるわ。これは事実じゃない」

「あー……まぁ、ニュアンスは全然ちがうが、多少は説得した」

「説得しているじゃない。この変態。どうせまた変なスキルを手に入れてそれでヴィルトを洗脳のち、投票結果を操作したのでしょう。民主主義の闇。浅ましい汚物」

「赤谷、さいてー! さいてーだー!」


 志波姫は目元に深い影を落として、軽蔑の眼差しをおくってくる。

 林道は頬をふくらませて、キリッとして睨みつけてきていた。


「というか、ヴィルトから離れなさい、赤谷君、くっつきすぎよ」

「あぁ……っ」


 咄嗟に口を塞いだせいで、俺らしからぬことをしてしまった。心臓がバクバク鳴ってる。急に体温があがってきた。なんてミスを。会の皆さん、違うんです!


「ん、赤谷、抱き着いてくるなんて大胆」

「あの、この尻尾は……?」


 ヴィルトの銀色の尻尾が俺の太ももに巻き付いて離さない。


「尻尾、動かせるようになった、褒めるべき」


 ヴィルトはぴこぴこっとお耳を動かす。

 

「っ、し、尻尾なら、私の方が上手に動かせるってば!」


 林道の尻尾が俺の左腕にぐるぐるっと2回転半ほど巻き付いて、先端でぺしぺし叩いてくる。

 一方、志波姫は眉根をひそめて、大変に不機嫌そうに肘を抱いた。尻尾はぺしぺしと俺のスネを叩いてダメージを確実に稼いできている。


「ん、志波姫は尻尾下手」

「ひめりんにも苦手なことあるんだ」

「……別に。必要がない技術だと思うから高めていないだけだけれど。こんなの何のアドバンテージにも繋がらないと思うけど」

 

 そういう割には、尻尾で俺を叩く威力が増している。緩く煽られただけなのに、効きすぎじゃないですか、志波姫さん。やめてください、痛いです。


 猫界隈には不思議な競争心がある。尻尾をちゃんと操作できることが、猫的にステータス扱いなのかな。猫の世界はまだまだ深い。赤谷はそう思いました。

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