自販機まえで紡いだ友情
「灰星先輩? どうしてここに?」
「猫が近所で騒いでるって通報があった」
間違ってはないな。
「一匹、狐が混ざってるけど。まぁ些細な問題だね。ひとまず風紀の乱れに対処しないとだね」
灰星先輩はどこからともなく取り出した正義の金属バットで、一息のうちに4匹の獣を気絶させた。正確性、威力、速さ。これが英雄高校で数多の無法生徒を鎮圧してきた風紀委員長のちからか。
「おのれー! 聖女様にバットをふるうとは、いかに灰星牡丹であろうと許さない狼藉だぞ!」
「いまこそ聖女様をお救いするために立ち上がるのだ!」
野次馬のなかから銀の聖女を守る会の皆様が、すでに鼻血をだしながらやいやい出張ってきた。
「補導の邪魔立ては公務執行妨害にあたるよ」
「覚悟はできている! 我々はたとえ風紀委員会であろうと戦うつもりだ!」
「聖女様の珍しい御乱れ姿、貴様がとめなけばまだ見られたというのに!」
ガゴン! 2名の変態紳士がバットで仕留められた。悪は滅んだか。
ヴィルトや林道ふくめ気絶者たちが風紀委員によって連行されていく。
あっという間に多目的室に秩序がもどってきた。
「それで赤谷誠はどうして取り押さえられているの」
灰星先輩はこちらへ視線をやってくる。疑念、またお前か、そういう眼差しだ。
「いやいや、俺は今回まじで何もしてないです。俺は足を洗ったの知ってますよね? 薬膳先輩だって学校の平和のために昨日つきだしましたし」
「風紀委員長、この男には罪があります」
「志波姫さんなにを!?」
「女子生徒たちの乱闘に自ら混ざって、痴態を至近距離で観察するだけでなく、頭をナデナデしたり、蹴られにいったり、踏まれにいっていました」
灰星先輩は腕を組んで思案げにする。
俺の脳天にバットをくだすか悩んでいるようだ。
「いやぁ僕の見ていた限り、彼は被害者ですよ、風紀委員長殿」
どこからともなくダウナードな声が聞こえた。
野次馬たちのなかから出てきたのは、見覚えのある男だった。
「セキヤくんは悪いやつだが、邪悪なわけじゃないんです、どうか見逃してあげてください」
「ふむ。そうかもね。うん、じゃあ、赤谷誠は一旦いいや。現状は風紀を乱してもいないしね」
灰星先輩は正義のバットをおさめると、野次馬たちを解散させ、ぐったりしている猫と狐を、風紀委員の生徒たちとともに連行していってしまった。
「いやぁ、危なかったね、セキヤくん」
そういって俺の肩を叩く救世主、八神蒼也は気だるげな笑みを浮かべた。
「八神、まさか助けられるとは」
「自販機まえで紡いだ友情、すこしは感じてくれたかい」
八神は眠たそうな視線を俺から外して、志波姫に向けた。
怜悧な眼差しと凍える視線が交差する。
このふたりってたぶん相当、なんというか、親密な間柄というか。
八神は志波姫と志波姫の兄貴の確執や、スキル『剣聖』についても詳しい。こいつは多くを俺に教えてくれた。畢竟、八神は志波姫ともそうとう関係値が深い。俺よりもずっと。
だのになんだろう。この空気感は。
「志波姫さん」
「なにかしら、八神くん」
「にゃーんって言ってもらうこととかできたりする?」
「刃で八神くんを斬りながらでいいのなら」
「じゃあやめておこうかな。死にたくないや。ところでその可愛いお耳摘まんでいい?」
「試してみるといいわ。あなたは痛みじゃないと学ばないタイプでしょう」
「うーん、やめておこう」
八神は肩をすくめて、俺を見やる。「猫だよ、すごくない?」と共感を求めてきた。俺は「実は俺も猫だ」とかえす。「ちょっと何言ってるかわかんないや」と至極まっとうな反応をされてしまった。そりゃそうか。
「とりあえず、志波姫、俺の腕を締め上げるのやめてもらうことできるか?」
「はぁ……」
志波姫は深くため息をつきながら、ようやく解放してくれた。
「志波姫さん、ひどいよ、こんなことするなんて。セキヤくんは何も悪いことしてないのに、なんで虚偽の密告をするようなマネを? 正義のバットで顔の形を変えられるところだったよ?」
「すでにバットで殴られたような顔なのだから問題ではないようだけど」
「それは確かにそうかもしれないけどさ、志波姫さん」
「おい、ふざけるなよ? 誰が鈍器で歪んだ顔だって?」
流石に怒っていい。
一方は学校一の美少女、一方は高身長ミステリアスイケメン。
恵まれた者が持たざる者をいじめるのよくない
「八神くん、あなたどうしてここにいるの」
「だって僕も実行委員だし」
さっき1年生を見渡した限りはいなかったが……遅刻か。
「それより僕とセキヤくんが知り合いなことに驚いてると思ったけど、意外とそうでもない感じかな?」
「飛影からあなたたちが仲良いことは聞いていたわ」
「いや、別に俺と八神、別に仲良くねえけど」
「ひどいこと言うな、セキヤくん。あぁでも、そうか、あの特級無法生徒の2年生に比べたら、たしかに僕くらいじゃ友は名乗れないか」
「その特級無法生徒の2年生のひととも別に仲良くないから。親友扱いやめてね」
「あぁそうだ、最初の質問に答えてもらってなかったや」
八神は手をパンっと叩きあわせながら、ニヨリと退廃的に笑む。
「なんでセキヤくん何もしてないに、まるで犯罪者みたいにつきだしたの?」
「そんなに大事なことかしらそれ。八神くんってどうでもいいことに興味をもつわよね」
「いや、大事なことだよ。僕が思う限りでは。志波姫さんは他人にあんまり関心がない。嫌いな人間にわざわざ関わりにもいかない。だのにどうして。セキヤくんが可愛い女の子に痴漢まがいの行為に及んでいて、それが気に障ったってことかなぁ?」
「俺が痴漢まがいの行為に及んでた前提で話さないでくれるか? お前、俺の味方なの? 敵なの?」
「もちろん、超味方だよ、セキヤくん。で、志波姫さん、どうかな?」
志波姫は肘をだいて、肩にかかった黒髪をはらった。
「赤谷くんはなかなかに狡猾で、隙あらば変態行為におよんできた前科があるのよ。被害にあった女子生徒は多数。接近禁止命令がでている生徒の数だけでも片手では足りないわ」
「ないよ! だから変な前提やめろって!」
「八神くんは知らないだろうけど、そういうわけだから、わたしはこの男の暴挙を見逃すわけにはいかなかったのよ」
どっちが暴挙だよ……。
「なるほど。そっか。へえ」
八神は淡々とした声でそんなことを言いつつ、のろのろ歩いていってしまう。1年6組の空いている席に腰をおろした。
「いまので会話終わったのか。変なやつだな」
「彼は変人よ」
志波姫は涼しげに言い、流し目をおくってくる。
「あなたは変態だけれど」
「やかましいわ」
猫尻尾が俺の太もも裏を批判的に一回叩いて、志波姫も席にもどっていった。
変なやつと、嫌なやつ、崩壊論者予備軍で構成された文化祭実行委員会は、トラブルに見舞われたがちゃんと始まった。すでにろくなことになる気がしません。
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