家の近くで喧嘩している猫

 俺のまえで林道とヴィルトがいきなり席からたちあがった。机に手をつくような前傾姿勢。1年4組の座席が2つしかなかったために、後ろに控えていた俺の位置からは、スカートの柔らかな布地の奥に潜む神秘が飛び込もうとしてきた。


 聖女のおパンツを見ることは極刑に値する。


 俺は咄嗟に視線をそらそうとする。

 しかし、俺はこの瞬間、自分をコントロールできなかった。時間の流れがゆっくりに感じられた。跳ね上がりスローモーションでめくれあがるスカートの布地。見てはいけないのにピン止めされた紙片がコルクボードから離れられないように、俺の視線はすぐそこまで迫ったおパンツの引力に捕まってしまっていたのだ。


 うーむ、またひとつ叡智が増えた。ふーん、えっちじゃん。


「はうっ!」


 林道は慌ててヴィルトのスカートを上から押さえた。

 俺は慌てて視線を逸らしてしまう。しまった。これは三流なのに。


「赤谷、ヴィルトさんの下着見てた?」

「馬鹿なこと言うんじゃない」


 余裕を崩さず、俺は怪物エナジーをひとくち。


「これは本物の猫だね!」

「又猫先輩、気軽に腰トントンするのは猫的にオーケーなんですか?」

「女の子同士なら大丈夫でしょ?」


 あっけらかんと言った。


「赤谷、私たちの腰トントンしようとしてない?」

「ん、これはいけない弱点……赤谷に知られた」


 ふたりは神妙そうに己の尻尾の付け根を守りながらこっちを見てくる。


「俺はトントンしねえって。捕まるだろ。今のはその、ほら、風紀的によくない、と思ったから聞いただけだ」

「ほかにもたくさん猫が嬉しいポイントがあるから教えてあげようかぁ?」

「えーっと、又猫先輩? 猫仲間として、門外漢にそういうのを伝えるのはよくないと思います」

「ん、本当によくない」


 ふたりは改まった様子でそう言うと、ヴィルトとうなづきあう。

 反撃の行動ははやかった。又猫先輩はヴィルトによって取り押さえられると、林道によって腰をトントンされてしまったのだ。


「みゃみゃぁあ!? そ、そこはだ、だめ、みゃぁあ~ッ」

「いきなり腰トントンした行動の責任、払ってもらいますからっ!」

「先輩猫なら責任から逃げない」


 後輩2名に完全に取り押さえられながら、又猫先輩は涙目で腰トントンに頭をナデナデされる。尻尾もご機嫌に立ってしまっているのでスカートのしたも露わだ。

 だが、流石は先輩猫、ただではやられず、暴れはじめた。近くにいた俺は誰かの尻尾が足首に絡んできて、コケさせられる。そのあとはケイオス混沌だった。


「みゃーお、みゃあー!

「まぁーお、まぁおまぁーお、マァーオッ!」

「なぁごっ! なぁーご! なぁお~ッ!」

「うわぁあ! やめ、よせ、俺は関係ねえって、巻き込むな! うああ!」


 実家にいた頃、夜な夜な、近所で猫が喧嘩していることがあった。

 すごい声をだしてやつらはやりあうのだ。うがいで、どっちがイカツイ音だせるか勝負しているみたいに、どんどんヒートアップしていく。


 獣人の性なのか、一度興奮したら手がつけらなかった。

 俺の声が届いてるのか届いてないのか。


「きゅええ! ヒバナぁぁ! やめなって!」


 気づけば九狐レミ先輩が白いもふもふの尻尾を揺らして、心配そうにしていた。又猫先輩とはたしか仲良かったはず。きっと親友の醜態に心を痛めているのだろう。


「2対1じゃ勝てないよ! 私も加勢するよっ!」


 いや、あんたもやるんかい。


 3匹の猫と1匹の狐が戦い、組み技、寝技をかけあい、互いに有利なポジションを奪っては、互いの弱点を攻撃しあう非常にセンシティブな争い。

 このすごいバトルの瞬間瞬間に目を凝らせば、スカートのなかを覗き放題であり、頭突きで顎をゴンゴン、足で踏まれたりしていたが全然嫌な気分じゃなかった。


「赤谷君、いい加減にしなさい」


 あるタイミングで俺は救出された。

 志波姫が俺の襟をつかんで乱闘からひきずりだしたのだ。


「あぁ……もったいない……じゃなくて、えっと、助かったぜ、志波姫」

「このクズ」

「え? ──いだだだ!? 志波姫さん!?」

「あなた自力で抜け出せたわよね」

「い、いや、それは意外と難しかったといいますか……!」

「あなたの実力なら容易よ。どさくさに紛れて変態行為に及ぶとは恥を知りなさい」


 犯罪者がお縄に着く時の関節の極め方をされて、俺は床に膝をつく。志波姫の尻尾の動きを見やれば、しーんと静まり返っているのがわかる。ご機嫌斜めだ。


 騒ぎはすでに文化祭実行委員会の面々の注目を浴びるようになっており、大勢が猫たちのバトルを観戦していた。


「これは何の騒ぎかな」


 静粛な声が聞こえた。灰色の髪をなびかせた美女が登場する。制服の上から黒コートを着込み、腕には蒼い蛍光帯の腕章をつけていた。風紀委員長の灰星先輩だ。

 周囲の空気がきゅっと引き締まる。野次馬たちふくめた生徒たちが自然と背筋を正す。そういう迫力が風紀委員長にはあった。

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